雨宮日記 3月11日(土) 6年目の3/11です
今の時刻は午後2時24分、あと少しであの時刻です。6年目の感想は、いろいろです。まず「自主避難者」への公的支援、つまりは住宅費補助の停止。
それから原子炉内の恐るべき放射能値、1時間あたり数百シーベルト(2号炉)のこと、1,3号炉はもっとひどい?
6年前の今日のボクのブログを再録します。このあと読んでいくと、あの頃、毎日、情報を解析し、未来を考えていたことがわかります。
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「雨宮日記 3月11日(金) 東日本の東北沖でかってない超巨大地震
午後の早めに目が覚めて、里山へ車を走らせました。
前日に、上島の「小西商店」で3000円で買った気温・水温両用の「温度計」で
池の水温を測っていたら、携帯電話が鳴りました。
うわ、則子さんだ。
出ないわけに、いかないので、出ると
「智彦くん!地震よ!目が覚めた?」と言うので
「え!いま里山の谷だけど、揺れてるの気づかなかった」
則子さんのいうには、ちょうど浜松市役所の1階のATMのところにいて
なんだか視界がフラフラ揺れて、あれ、めまいかなと、思ったのだそうです。
7階の、則子さんの職場に戻ったら、Oさんが、机の下で携帯電話をしているので
「あれ、どうしたんですか?」と則子さんが言ったら
「地震よ!」と
夜、家に帰ってから、テレビにかじりつきました。
映像がすごいですね。
こわくなりました。
いろいろ感じたことがありますので、言いたいこと、続きます。」