黒潮と鉛色の冬空のはざま、はるか北の地平線に黒い陸地の帯が長々と見えた。
日本列島らしい。
人々は冷たいデッキの欄干にもたれて黙々と眺めていた。
あれはどこかと指さす人もなくこどもの私には人々の感情を読み取ることはできな
かった。
船は香港から横浜に直行したらしい。
途中日中で雲がかかっていなかったら日本のシンボル富士山が見えたはずだ。
この時ばかりは歓声が上がってしかるべきだ。
記憶にないということは夜だったのか? 曇天だったのか?
それとも大人の心の闇が情動を包み込んでしまったのか?
終着港横浜!
真っ先に目に入ったのは警備に立つ米兵がかぶった白いヘルメットの黒いMPの
文字だった。
一見は百聞に勝る。
「やっぱり」
これが祖国帰還者の発した唯一記憶に残る声だった。
歓迎もざわめきもない、戦後もっとも寂しい帰国船だった。