自分史 物怖じしない国際人を育てるヒント集

近現代史に触れつつ自分の生涯を追体験的に語ることによって環境、体験、教育がいかに一個人の自己形成に影響したか跡付ける。

下山事件/暗殺者の夏

2015-07-05 | 体験>知識

われわれ末端の学生同盟員は街頭活動ばかりしていたわけではない。
大学の勉強はしなかったが戦後の政治経済史なかでも労働運動史は共有すべき学習課題だった。
必要に応じての学習会だったので乾いた大地が慈雨を吸い込むように知識を深めた。
なかでも2.1ストと民同の誕生、総評への変身、マッカーサー司令部と政権による人員整理攻勢、労働運動の弾圧の歴史は現在進行形のように身近に感じられた。
その中の一齣下山事件はミステリーに満ちた政治的未解決事件として今なお生の事件である。

66年前1949年の7月5日下山国鉄総裁が暗殺された。

国鉄労組と共産勢力を潰すためにGHQ諜報部と吉田内閣の裏組織が仕掛けた三大
謀略事件の一つ下山事件の真相解明は10年前柴田哲孝が「最後の証言」を発表したことによってヤマを越えた。
不起訴にした警視庁の正義と自殺説の信頼が地に墜ちた。
柴田氏は反共陰謀の梁山泊ともいうべきライカビルの亜細亜産業に集う政財界人、政商、利権右翼、日米諜報員、元特務・憲兵・特高、殺し屋をあぶり出し、渦中の「私の祖父は、実行犯なのか?」という疑問を糸口に事件を追究した。
そしてついに祖父宏の上司である亜細亜産業=矢板機関の総帥玄に面会して「君、米ソ対立の大局をみなさい」という証言を引き出した。
この両者の対峙シーン、真剣勝負は圧巻である。
「暗殺者の夏」は推測で証拠の空白を埋めて実行の動機、一部始終を描いた待望の続編である。

わたしは本書を読んで以下の諸点に興味をそそられた。

司法解剖の世界で張り合ってきた二大法医学教室の権威、東大対慶大。
かたや東大鑑定人古畑Drは死後轢断、と鑑定し、朝日新聞が展開する他殺説の根拠となった。
東大の解剖執刀医桑島Drは急所を蹴り上げたことによるショック死を死因にあげている。
慶大の論者は中館Drだ。ただしかれは遺体を実見していない。
推測で古畑鑑定を批判し、生体轢断の論陣を張った。
毎日新聞が展開する自殺説の根拠となった。

現場に血がすくないことから血をぬかれた失血死が死因と考えられるが3000人の生体実験をおこなった満洲の731部隊の元隊員の関わりは?
血液といえば731だ。かれらは戦後血液銀行緑十字を立ち上げた。

GHQ民生部GSと参謀諜報部G2の確執。
G2のキャノン機関がサポートの役割で加担し矢板機関が首謀した事件として小説風に全体像をまとめているが、下山事件は、三鷹事件、松川事件とは異質の独立峰なのか?
ひと夏に相次いでおきた事件は一連の山脈の三つのピークであると考えられる。
それぞれのデザイナー(参謀)の上にグランド・デザイナーがいるにちがいない。
CIA(アレン・ダレス長官)とG2(ウイロビー部長)の関与の研究がまたれる。

吉田首相、白州次郎は真相を知っていたが、どこまで陰謀に関わったか?
吉田首相は2年近くのちに次期国務長官ジョン・ダレスとの会見で「日本政府は1949年夏に発生した国鉄総裁暗殺事件は、一人の朝鮮人による犯行と断定した」(493)と語っている。

電力再編成と国鉄電化計画が暗殺事件の動機としてあげられている。
電力再編成には、吉田茂の側近白州次郎が根回しし、世界を股にかけた自立思索者、フィクサーにしてかつ利権屋田中清玄、政財界の大物フィクサーゆえに稀代のキングメーカーと称された利権屋三浦義一が深く絡んでいる。
下山総裁が推した国鉄電化計画が電力再編成の障碍になるほどに進捗していたとは思えない。
戦後復興の裏面史研究によって証拠立てられないと弱い気がする。

ライカビルは満洲、上海に関わった魑魅魍魎が集う人脈と情報のサロンであり、上海から持ち帰った金銀財宝の保管所であり、戦後復興利権の取引所であった。
そして何よりも反共同志のセンターだった。
そして魑魅魍魎を泣く子も黙るGHQの闇組織が保護していた。
暗殺者の動機はカネと反共であろう。
反共を軸に舞台をまわすと同じ役者でも別のシナリオになると思った。
総帥矢崎玄の「米ソ対立の大局を見よ」なることばにそって著者が何時の日か別の小説を書いてくれないかなあ。