風のささやき 俳句のblog

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溺死

2019年02月03日 | 
「溺死」

夜の暗がりを不審者のように
深夜の列車が通り過ぎていく
寝静まっていたレールが悲鳴を上げ
踏み切りの警笛が早鐘のように高鳴る

ところどころに点る街の灯りは
深海魚の目のような青白い光
海草のような薄っぺらい人影が
その下を通り抜けて行く

蜂の巣のような小さな集合住宅には
鼾をかきながら背骨をくの字に眠る人の群れ
ごぼごぼ泡を吹くような
魚くさい吐息が夜に立ち上る

さっきは鰯の群れのような車の明かりが
鋭い頬をした女の横顔を照らしていった
その横顔には確かに大きく羽根を広げた
茶色い蛾のような痣が浮かんでいた

腕時計を眺めたら
歪んだ針の向こう側で
誰かが叫んでいる
まるで溺れているかのように
手足をジタバタと苦しみながら
僕に助けを求めているのだろうか

僕はおかしくもないのに嗤ってみる
時空がゆがんだように自然と口元がねじれるから
あるいは泣いているようにさえ見えるのかも知れないが
僕の心には青白い月よりも冷たい塊が
ひっそりと息づいているだけで
生きている実感なんて露ほどにもないから

道を歩いていくと標識は
僕に謂れの無い行為を強要してくる
ここは止まれ
この先は行くな
ここは右に曲がれと
僕の手足は一体誰のものなのか疑わしくなり

本を読んではおかしな思想に充満される
テレビの上には僕を欺くばかりの映像
音楽は鼓膜を破るだけの破壊道具だ
そのうちこじ開けられた小さな穴めがけて
僕の脳を破壊するための錐のような
超音波が放たれるはずだ

僕は夜の闇にひっそりと息を殺している
僕がここにいることを知られたら
誰かが僕を不意に襲撃に来るはずだ
僕の頚動脈を好物にする奴が

僕はめまいを感じながら
弱々しく翡翠のように点滅をしている
ぐるぐると目を動かして
三百六十度を警戒している

僕はここでは呼吸ができない
海の奥底にいるようで
肺は藻の類で満たされてしまう
僕は地上にいながらに
もっとも苦しく溺れ死んでしまう
自分が死んでいることさえ気がつかないままに

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