求愛のダンスか、骨肉の争いか。
どちらにしても、彼らに妥協や打算と言った概念は無い。
衝動とさえいえないような、動機という存在もないのかもしれない。
あるがまま に自然(じねん)のままに、生まれ動き滅び行く。
人の本能は彼らとは違う。
健康的な人間は、本能と呼べるようなもののみによって動くことは、生後初期以降には、ほとんどみられなくなる。
すべての行動は、意志と呼べるようなものでコントロールされる。
強い意志が存在するほど、精神的に参ったり、虚栄を張ったり、無謀なことをしたりするのはこのためだ。
本能のままに生きているような人はいない。
そういうことだから、幾重にも思考は重なり、これがこの人だ、という境目も無い。
ありはありであるが、人はこれが人だと言うレベルにとどまらず進化する。
私は実際どのような本能を備えているのかさえ定かではない。
ある種の障害を受けた人間は、自己と他人の区別がつかず、相手に思いやりをみせることすらないという。
蟻は自他という区別はついているだろうか。
本能が表に出ることを、私たちはもしかしたら必死で押さえつける方向に進化してきたのかもしれない。
求愛のダンスか、骨肉のあらそいか。
強い衝動や動機や意志をコントロールし、何が起こっても、そのまんまあるがままで幸せに生きるということに挑戦する能力を有しているのは、たぶん人間だけであろう。
蟻にヒントは、ありやなしや。