毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「この際ボブ=ディランBob Dylanの歌を聞こう」 No.1771

2016-10-14 20:16:13 | 人間

ノーベル賞にはあまり関心がないのですが、

ボブ=ディランの名前を聞いたら胸の奥がビミョーにひくひくします。

実は、彼は私がアメリカに中年留学に行く動機の一つにもなった人であります。

一年弱滞在したシアトルで幸運にもライブ=ショーがあり、

当時家に泊めてもらっていた旧友のチエコさんと一緒に出掛けて、

口では言えない面白い体験をしました。いや、ホント( ´艸`)

 

シアトル=セントラル=カレッジというところで地元の学生たちと机を並べ、

「アメリカン=ポピュラーミュージック=ヒストリー」なるクラスも取りました。

あるとき、「プロテスト=ソング」について30分プレゼンテーションをしたのですが、

ボブ=ディランの[Rainy Day Women]をかけたとき、

クラスが急に湧いたというか、特に男の子たちが大喜びしたので

心中(なんや、なんや??)と焦ったのです。

その曲は録音するときにボブがマリワナを吸っていたので

ろれつが回らない部分があるという曰くつきのものだったんですねえ。

私としては、ウッディ=ガスリーやピート=シーガーの団結ソングから

ボブ=ディランの個の位置に立つ姿勢への変化、もはや

♪THIS LAND IS FOR YOU AND ME♪とは決して歌えない立ち位置は

アメリカ社会のどのような変化に起因しているのかというようなことを

プレゼンしたのです。

時は確か2002年でしたが、

すでにアメリカの大学生にとってボブ=ディランは「リアルじゃない」存在だったようで、

私のプレゼンの後で、ある地元の学生から

「ボブ=ディランという名前だけは知っていたけど、

どんなシンガーかあなたの話でよく分かったわ。」

と感想を言われ、ガクッとなったのでした(笑)。

 

ボブが受賞したのはノーベル文学賞で、平和賞ではありませんが、

下の曲は、口先の正義や平和は、

実はすぐ裏に戦争がセットでくっついていることに無自覚なまま、

表面だけは立派そうにしている政治家たちにだまくらかされている日本国民に

聞いてもらいたい曲です。

でも、そういう人は聞かないんだろうなあ・・・(;^_^A

 

"With God On Our Side" 

(私はMTVunpluggedのが好きですが、途中歌詞が端折られているところがあります)

作詞:Bob Dylan

Oh my name it is nothin'
My age it means less
The country I come from
Is called the Midwest
I was taught and brought up there
The laws to abide
And that land that I live in 
Has God on its side.

Oh the history books tell it
They tell it so well
The cavalries charged
The Indians fell
The cavelries charged
The Indians died
Oh the country was young
With God on its side.

Oh the Spanish-American
War had its day
And the Civil War too
Was soon laid away
And the names of the heroes
I was made to memorize
With guns in their hands
And God on their side.

Oh the First World War, boys
It closed out its fate
The reason for fighting
I never got straight
But I learned to accept it
Accept it with pride
For you don't count the dead
When God's on your side.

When the Second World War
Came to an end
We forgave the Germans
And we were friends
Though they murdered six million
In the ovens they fried
The Germans now too
Have God on their side

I've learned to hate Russians
All through my whole life
If another war starts
It's them we must fight
To hate them and fear them
To run and to hide
And accept it all bravely
With God on my side

But now we got weapons
Of the chemical dust
If fire them we're foreced to
Then fire them we must
One push of the button
And a shot the world wide
And you never ask questions
When God's on your side.

In a many dark hour
I've been thinkin' about this
That Jesus Christ
Was betrayed by a kiss
But I can't think for you
You'll have to decide
Whether Judas Iscariot
Had God on his side.

So now as I'm leavin'
I'm weary as Hell
The cofusion I'm feelin'
Ain't no tongue can tell
The words fill my head
And fall to the floor
If God's on our side 
He'll stop the next war.
訳:不詳

ああ、僕の名前なんて何でもない
僕の年齢なんてなおさら
僕の出身は中西部と呼ばれる
僕はそこで教育を受けて育った
法律も守って
それは僕の住む土地には
神が付いている

ああ、歴史の本が語っている
とてもよく語っている
騎兵隊が突撃し
インディアンが倒れた
騎兵隊が襲撃し
インディアンが死んだ
ああ、国は若くて
神が味方だった

ああ、スペイン-アメリカ戦争
そういうのもあった
市民戦争も
すぐに終わった
英雄たちの名前を
覚えさせられた
銃を持つ彼らに
神も味方だった

ああ、君たち、第一次大戦があった
その運命を終えた
戦う理由など
まともに聞いたこと無い
しかし受け入れることを学び
誇りを持って受け入れた
死体の数なぞ数えないものだから
神があなたの味方の時は

第二次大戦が
終わりを告げたとき
私達はドイツ人を許した
そして友人になった
彼らが六百万人を殺したにもかかわらず
オーブンの中で拷問したのに
今はドイツ人にも神が味方だ

僕はロシア人を憎むように学んだ
一生を通して
もし次に戦争が起こるとしたら
相手は彼らだから
彼らを憎み、恐れさせ
走り回って隠れるように
これを勇敢に受け入れる
神を自分の味方に付けて

しかし今や僕らは持った
化学的なチリを使った(原爆)
彼らを撃てと強制されたら
彼らを撃たなければならない
ボタンの一押しで
世界に衝撃与える
質問したりはしないものだ
神が味方に付いている時には

暗くて長い時間の中で
これについて考え続けてきた
イエス・キリストは
キッスによって裏切られた
でも僕は君たちのために考えてあげられない
君自身が結論を出すのだ
ユダ・イスカリオットが
神を味方に付けていたかどうか

もう僕はこの場を去るけど
僕はとてもとても疲れている
僕が感じている混乱は
言葉では言い表せない
言葉が頭を埋め尽くし
床に落ちていく
もし神が僕らの味方ならば
次の戦争を止めるだろう

BOB DYLAN(SHORT)
<iframe src="http://www.youtube.com/embed/BfHLYIms97A" frameborder="0" width="420" height="315"></iframe> 


JOAN BAEZ LIVE
<iframe src="http://www.youtube.com/embed/xUZGGFOV6FM" frameborder="0" width="480" height="360"></iframe> 

http://protestsongs.michikusa.jp/english/dylan/withgodonourside.htm                     

 

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「菏澤はすでに秋深し」No.1770

2016-10-12 22:11:53 | 中国事情

   

    

↑以前、バッサリと切られつつも踏ん張って芽吹いた樹木の写真を載せましたが、

夏にかなり葉をつけていたそれらも今は冬支度です。

なんだか、怪しい雰囲気を醸し出しているじゃないですか。

見るたびに痛ましい心地がします。

 

↑旧グラウンドの落ち葉は半端じゃありません。

夕方撮ったのでちょっとボケてしまいましたが、

土と草に覆われた自然派グラウンドで、毎日ここを通って教室に行っています。

 私の好きな場所の一つです。

 

 ↑「お父さんが家の棗(なつめ)を郵送してくれたので、先生どうぞ」

と、4年生の李さんが袋一杯の棗を持ってきてくれました。

今学期、4年生の授業はないのでちょっと寂しかったのですが、

そんな気持ちが一気に吹っ飛びました。

李さんの家には棗の樹が二本あるそうです。

寮のルームメイトともお腹を壊すほど食べたそうですが、

二本の棗からそんなにも実が採れるとは、いったいどんな木なのか見たくなりました。

棗はサクサクした歯触りで、あっさりした甘みのある食べやすい果物です。

どうして日本では売られていないんでしょうね。

 

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「和田政宗のツイートへの感想補足」No.1769

2016-10-12 09:14:56 | 人間

和田政宗とは誰が選んだ議員なのかもちろん具体的には分かりませんが、

宮城県選出の参議院議員だそうです。

前回、彼に投票した人は次の選挙の際には、

下の発言を考えてからにしてほしいと願います。

①「道路用地にテントを張り」…キャンプシュワブゲート前では、実際は歩道もきちんと確保されていて、誰でも歩いて通れます。車道はもちろんです。テントは歩道と米軍基地の間の斜面に張ってあり、そのため座るのがちょっと大変なほどなんです。「道路用地」は事実ではありません。あんな斜面、道路にできるはずないでしょ。

②「不法占拠する」…国民には憲法21条で保障された集会・結社・表現の自由があります。政府の政策に反対することをもって「不法だ」と決めつけるのは、一般国民の権利が著しく制限された昔の時代への先祖返りです。「占拠」と言ったって、ず~~~っと頑張って反対を続けているということなんですよ。事実は。

③「活動家たち」…平和と基地反対のために心を砕き生活を投げうっている沖縄県民をこう呼ぶ和田政宗は、犠牲を強いられてきた沖縄県民の心が分からない厚顔無恥、且つ沖縄の歴史と現実に無知な者としか言いようがない。国会議員のくせに、沖縄も日本の国の一部なのに、そんなに無知でいいのか…。

④「憲法で保障された政治活動や表現の自由」…自分の政治活動や表現の自由が、他人の尊厳、並びに政治活動や表現の自由、及び肖像権を踏みにじることは許されていない。ヘイトクライムを表現の自由と主張するのと同レベルのこれまた愚かな考えです。国会議員でいいのか、このような人が。当然だめでしょう。

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「87歳の文子おばあを暴行で訴えた大の男たち」No.1768

2016-10-10 20:18:16 | 人間

 去年2015年3月末の島袋文子さん(キャンプシュワブゲート前で)。

その時、「文子おばあ」(敬愛の気持ちを込めて皆そう呼んでいます)は

85歳で、立ち上がるときや歩くときはいつも誰かが付き添っていました。

「辺野古のマドンナ」(山城博治さん命名)です。

文子おばあの身体には戦争の時の火炎放射器で焼かれた痕が

あちこちにあります(映画「戦ばぬ止みい」の映像で知りました)。


今年2016年2月に行ったときには、座り込みの中に入れず、介助の女性とともに

道路向かいにしばらく座っていましたが、ゆっくり車椅子で帰っていったのが見えました。

そんな文子おばあが体力もりもりの太目男性に暴力を加えたかどで告訴されたと聞き、

やりきれない気持ちで一杯です。

 

先ほど告訴側が証拠としている動画を見たら、

今年5月9日、キャンプシュワブゲート前で、

文子おばあに異常接近してビデオカメラを回していた男を

おばあが怒って手で払いのけていました。

それから後、しつこく撮影しているのでその装置を強く引っ張っていました。

(でも、杖をつきながらの87歳女性の「強く」引っ張る力です)。

それが私が見た「暴行場面」です。

私は告訴する資格があるのは文子おばあの方だと思います。

まず、許可なしに勝手に人を撮影するのは法律違反です。

(公務員は公務を具体的に妨害しない範囲で撮ってもいいけど

文子おばあは公務員じゃないです)。

どう見ても文子おばあの手払いは肖像権の侵害に対する正当防衛です。

告訴側は初めから告訴するネタを探しに現場に行ったのでしょう。

グングンと至近距離までおばあに接近しているので、意図的であることが

自ら発表した動画でも丸分かりなほどです。

しかし、私が腹が立って仕方がないのは、

なんと国会議員(参議院議員)和田政宗がそのグループと一緒にいたという事です。

和田政宗は「日本の心を大切にする党」(前「次世代の党」)所属で、

5月9日、告訴グループ(党スタッフ)と一緒にキャンプシュワブ前に行って、

「座り込みは不法だからやめなさい」と発言していました。

全て告訴したグループの証拠?動画で分かります。

https://www.youtube.com/watch?v=ILpC1O937tQ

この動画を見て、皆さんは、どう判断されますか。

動画へのtwitterのコメントで、

文子おばあの怒りの手払いを、「暴力ばばあ」だの、

「100歳でも10歳でも暴力はダメだよね」だのという、

無責任で悪意に満ちた言辞を見ると全身の血が凍りそうになります。

「人間は考える葦である」と何百年も前の聡明な人が定義した時代から、

人間は(少なくとも日本の人間の一部は)、ずいぶんと後退してしまいました。


下は、「次世代の党」改め「日本の心を大切にする党」の和田政宗のツイッターと

それへのコメントの一部です。

―――――――――――――――

 
 
辺野古や高江の座りこみに対し、挑発的な街宣をしかけるオスプレイファンクラブや幸福系団体。それに便乗する保守系議員。彼らによって、87歳の女性が暴行で訴え…
TOGETTER.COM
 
 

これで、暴行を受けたと87歳の女性に出頭要請とな⁉️
この写真が真実を伝えてる。
どっちが暴行を受けたかを!!

Kouya Itouさんのコメントより。

画像に含まれている可能性があるもの:4人、屋外
<form id="u_jsonp_6_17" class="commentable_item" action="https://www.facebook.com/ajax/ufi/modify.php" method="post" data-ft="{">
 
被害届を出されたのは、87歳で座り込みを続ける島袋文子さん。
沖縄戦での経験から、基地反対を強く訴えている。

iwill @amehuriusagi2016-10-09 18:34:02
島袋文子さんインタビュー
「戦わないために闘っている」沖縄戦、最後の証言者
daysjapan.net/2016/08/20/%E3… pic.twitter.com/ozMqZRnxcO

misuzu sakurai @misuzusakurai1 2016-10-09 16:10:15
「私ができることは、基地建設を止めることぐらい。それができたら、今すぐにでも天国に行ってもいいです。思い残すことはありません。でも、この海を埋めるなら、海に入ってでも止めるよ」 島袋文子。彼女の身体には火炎放射器による火傷の痕や手榴弾によるケガの痕が今も頭から足まで全身に残る。

やんばるぐらし @yanbarugurashi 2016-10-08 10:53:40
街宣右翼に対する暴行の疑いで、島袋文子さんに出頭命令が出ているとのこと!87歳のおばあですよ…。10月21日、14時からの取調べに先立ち13時から名護署にて抗議行動。


闇のあらまー。 @aramasan 2016-10-08 12:57:52
87歳のお婆ちゃんに暴行されたと被害届けを出せる右翼の神経が想像できない。恥ずかしくないのかね。今後、その業界で生きていけるの?

twitter.com/yanbarugurashi

미 현(みひょん 猫の勢力) @miyomi34 2016-10-08 12:54:45
はぁぁぁぁぁ?
車椅子に乗ってる87歳に右翼が暴行されたって被害届け出したってか。

ささやん @sasayan3121 2016-10-08 12:32:49
87歳のお婆さんが暴行って、街宣右翼がお年寄りにボコられて警察に泣きついたの?笑 twitter.com/yanbarugurashi

sunちゃん @gabugabu03 2016-10-08 20:01:14
街宣右翼というより・・宮城県の議員、和田政宗とテドコンの仲間達です・・twitter.com/yanbarugurashi

やんばるぐらし @yanbarugurashi 2016-10-08 20:35:51
ご指摘ありがとうございます。山城さんのスピーチをそのまま文字起こしで「街宣右翼」と記述いたしました。より正確な情報は、ご指摘の通り「日本の心を大切にする党」並びに「日本会議国会議員懇談会」所属、参議院議員和田政宗氏の告訴により島袋文子さんが事情聴取を受けるということです。twitter.com/gabugabu03/sta

sunちゃん @gabugabu03 2016-10-08 15:26:47
辺野古の文子おばぁを訴えました! pic.twitter.com/zQh6pxcFTi

sunちゃん @gabugabu03 2016-10-08 20:58:39
辺野古の文子おばぁが傷害の疑いで訴えられている件。45分頃の映像の事ですが・・これを訴える日本のこころの和田政宗とテドコンの仲間たち。映像の中にはハッピーもいますね・・youtube.com/watch?v=LAycRwpic.twitter.com/rHE88ERObY

sunちゃん @gabugabu03 2016-10-08 23:39:48
@gabugabu03 文子おばあが『撮るな』と言ってるのに、しつこくカメラを向け、手でカメラを払おうとして顔に手が当たった。それを被害届けだなんて!

きな @akubikinako 2016-10-09 00:40:51
顔に手が当たったかも撮影側から確認できないような動画です。87歳の女性が杖をついて付き添いに支えられながら撮るのやめなさいと片手でカメラを振り払うだけの力ですよ。
挑発して痛い痛いと叫んで暴力だと言う、転び公妨の卑怯さとメンタリティは同じ。やがてエスカレートしますよ。 twitter.com/gabugabu03/sta

nos @unspiritualized 2016-10-08 23:59:12
沖縄戦体験者の87歳の島袋文子さんが訴えられた件、一線を超えた。これは5月に「日本のこころ」和田政宗が「オスプレイファンクラブ」の連中を引き連れ辺野古テント前で挑発的な街宣を行った際、至近距離で執拗に顔を撮影してくる連中に対し、島袋さんが撮影をやめさせようと手でふりはらった行為。

nos @unspiritualized 2016-10-09 00:03:14
新基地推進派かつ #沖縄ヘイトデマ の「オスプレイファンクラブ」のネトウヨの発言。彼らが和田政宗議員を辺野古に連れて行き、わざわざ挑発して映像を撮っていることがよく分かる。 pic.twitter.com/Q5ZqZOTrVv

野間易通 @kdxn 2016-10-09 00:08:06
#和田政宗を至近距離で動画撮影する会 結成。

野間易通 @kdxn 2016-10-09 00:11:09
顔、よう覚えとこ。 #和田政宗を至近距離で動画撮影する会pic.twitter.com/d59PZkxB9K

nos @unspiritualized 2016-10-09 00:09:50
「オスプレイファンクラブ」というグロテスクなヘイト集団が、国会議員と一緒になって集団で挑発して必然的に起らざるをえないコンフリクトを起こし、嫌がらせの撮影行為をやめさせようとした87歳の沖縄戦体験者を訴えるということ。これを許す沖縄県民がいるのかね。

マブイグミ @soulspirit330 2016-10-09 00:24:56
今回の島袋おばあの件はウチナーンチュの心を踏みにじるに等しい。twitter.com/Meg_Ryunosuke/

RJTBU @RJTBU 2016-10-09 00:13:33
あ、87歳の車椅子の老婆を街宣右翼が警察に訴えたけど、それが和田政宗参議のスタッフだっていうの、本人が既に明かしてた話なのか。驚いたな。twitter.com/gabugabu03/sta

―――――――――――――――――
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「The Band『The Weight』:荷物を降ろして自由をめざそう」No.1767

2016-10-09 18:06:13 | 

レヴォン=ヘルム

♪ 要らん荷物背負うのやめようぜ、自由のための荷物だけ背負って ♪

てな感じでしょうかね。

Take a load off Fanny, take a load for free ♪

The Bandの『The Weight』で

このサビ部分は今まで数知れず聞き、口ずさんできたと言うか、

盛り上がって咆えていた部分ですが、

実は完璧に大間違いで、何十年も

Take a road off と思って歌っていたんですよ。アハハ。

意味も自分勝手に「道草食おうぜ」とか(笑)。

勝手な想像力は基礎知識の無さから派生すると再再度確認しました……。

 

今日、久しぶりにVPNが数時間とぎれとぎれであるにしても繋がったのを幸いに

YOU TUBEで自分だけのためにThe Band特集して、部屋で一人歌っていたんですが、

次第に気分が高揚してレヴォン=ヘルムのボーカルに涙し、(よし、全部一緒に歌おう)と

歌詞を探したところ、和訳付きのサイトに行きついたのです。

そして、そこで初めて

今まで自分が唯一一緒に歌えたサビの部分は全く意味が違っていたのを発見したのでした。

いや~、生きているうちに発見できてよかったわ。

アブナイ、アブナイ。

下の動画ではステイプル=シンガーズのゾクゾクする歌声と

レヴォン=ヘルム、リック=ダンコの魂が混ざり合ったみたいで

この動画配信してくれた人に感謝感激です。

私の遅い青春期に深く付き添ってくれたThe Band、今でも大好きです。

↓    ↓    ↓    ↓    ↓

https://www.youtube.com/watch?v=TCSzL5-SPHM

 

―――The Weight

I pulled into Nazareth, was feeling 'bout half past dead 
ナザレにたどり着いたとき、俺は死人のように疲れ切っていて

I just need some place where I can lay my head 
ちょっとばかり休む場所が欲しかった

Hey, mister, can you tell me, where a man might find a bed? 
「なあ、どこか横になれる場所はないかな」と、聞いてみると

He just grinned and shook my hand, "No" was all he said. 
彼は笑顔で俺の手を握りながら「そんなものねえよ」と言い放ったのさ

Take a load off Fanny, take a load for free 
気楽に行こうぜ、ファニー。自由を手に入れるんだ

Take a load off Fanny, and you put the load right on me 
気楽に行こう。俺が手を貸すからさ

I picked up my bags, I went looking for a place to hide 
俺は荷物を担ぎ上げ、隠れる場所を探していた

When I saw old Carmen and the Devil, walking side by side
その時だった。カルメンと悪魔が並んで歩くのが見えた

I said, "Hey, Carmen, c'mon, let's go downtown" 
俺はすかさず声をかけた。「おいカルメン!街へくりだそうぜ」

She said, "I gotta go, but my friend can stick around" 
彼女は言う「行きたいんだけど、この人がつきまとって離れないのよ」

Take a load off Fanny, take a load for free 
気楽に行こうぜ、ファニー。自由を手に入れるんだ

Take a load off Fanny, and you put the load right on me 
気楽に行こう。俺が手を貸すからさ

Go down, Miss Moses, ain't nothin' you can say 
「ひざまずくんだモーゼ。お前は黙っていなさい

It's just old Luke, and Luke's waiting on the judgment day 
あれはルークといって、最後の審判を待つ男だ」

Well (Hey), Luke, my friend, what about young Annalee 
「ところでルークよ、アナリーはどうするつもりだい?」

He said, "Do me a favor, son, won't you stay and keep Annalee company" 
ルークは言った。「おまえさん、どうかアナリーのそばにいてやってくれないか」

Take a load off Fanny, take a load for free 
気楽に行こうぜ、ファニー。自由を手に入れるんだ

Take a load off Fanny, and you put the load right on me 
気楽に行こう。俺が手を貸すからさ

Crazy Chester followed me, and he caught me in the fog 
イカれ野郎のチェスターが後を付けてきて、霧のなかで俺を捕まえた

Said, "I will fix your rag, if you'll take Jack, my dog" 
そしてこう言う。「愛犬ジョンを引き取ってくれ。代わりにそのぼろ切れのような服を直してやる」

I said, "Wait a minute Chester, you know, I'm a peaceful man" 
俺は言った「ちょっと待てチェスター。面倒はごめんだぜ」

He said, "That's okay, boy, won't you feed him when you can" 
彼は答える「大丈夫。暇なときに餌をやるだけでいいんだ」

Take a load off Fanny, take a load for free 
気楽に行こうぜ、ファニー。自由を手に入れるんだ

Take a load off Fanny, and you put the load right on me 
気楽に行こう。俺が手を貸すからさ

Catch the cannonball, now to take me down the line 
特急列車は俺を乗せたまま下っていく

My bag is sinking low, and I do believe it's time 
重い荷物を抱えて、ファニーのもとへ帰ろう。今がその時だから。

To get back to Miss Fanny, you know she's the only one 
分かるだろ?彼女はかけがえのない存在だ

Who sent me here, with her regards for everyone 
彼女の挨拶と一緒に、俺をここに送り出したのは誰なんだろう


Take a load off Fanny, take a load for free 
気楽に行こうぜ、ファニー。自由を手に入れろ

Take a load off Fanny, and you put the load right on me 
気楽に行こう。俺が手を貸すからさ

Yaku-Station http://blog.livedoor.jp/simon0320/archives/51000770.html

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「二人のイディオット」No.1766

2016-10-09 00:50:26 | 中国事情

下のキャンペーンがメールで送られてきて、

先日外国人教師の二人と話したことを思い出しました。

アメリカの選挙結果は世界に影響を与えます。

フィリピン人のCJと私が「アメリカの選挙、緊張するね」と話していたら、

カリフォルニアで期日前投票を済ませてきたTaylorが、

「今回の選挙はどちらにするか、本当に難しかったわ。

二人のイディオット(馬鹿者)のうち、どちらのイディオット加減が少ないかで判断したの。」

つまり、トランプにはまかせられないということした。

CJは「フィリピンもこの間、トランプそっくりなのが大統領になったわ。」

と、嘆息していました。

日本も含め、世界の多くの国の政治はイディオットたちに牛耳られています。

これは、とりもなおさず、多くの人民がイディオットを支持しているということであります。

人民もイディオットなのでしようがないと言ってしまえばそうなのですが、

これを社会的現象として客観的に捉え分析する中からしか、

これからの方向は見えてこないでしょう。

歴史上、人民が愚かな選択をしたことは何度もあります。

その結果、どうしようもない痛手を受けたのも人民です。

同じ愚を繰り返さず、濁流を止める手立てはないものか、

考えることと、擦り切れ、途切れざるを得なくなるまで動くこと。

一人の人間のできることは、本当にちっぽけで、

多くの場合、濁流に吞み込まれてしまいます。

それでも、吞み込まれるその時まで、希望をもって生き続けるしかありません。

 

―――送られてきたAvaazのキャンペーン 

打倒トランプを目指して、米国外に暮らすアメリカ市民に投票を促すこのキャンペーンは、瞬く間に世界中に広がっています!Avaazが立ち上げた有権者登録ツールの閲覧回数は数百万回を超え、世界中で数多くの主要メディアにも取り上げられています。( ロイターCNNワシントン・ポストCBCの記事(英語)をご覧ください。)

バンクーバーにあるトランプ・タワーの前で踊る「トランプ」候補: 

Canada and USA united to to stop Trump


ロンドンの議会前広場の周りを「遊説」して回る、Avaazメンバーや主要各紙の記者、それから一緒に有権者登録をしにきたアメリカ市民:

UK and US united to stop Trump


メキシコ・シティーでは、マリアッチ楽団の演奏で歌う:

United against Trump. Unidos contra Trump.


何よりも大事なのは、選挙当日の投票者数です。だからこそ、選挙前の今、できる限り多くの人々にこのツールについて知ってもらいたいのです。フロリダを始め、トランプ候補が何としても勝ちたい重要な州ではでは、在外有権者登録の受付は、来週10月11日火曜日に締め切られます。 

打倒トランプに向けた、もっとも効果的な作戦は、このメールをアメリカ人、もしくはアメリカ人をご存知の方に転送することです。在外有権者登録のリンクはこちらになりますので、どうか一人でも多くの方にお送りください: 

https://avaaz.org/jp/globalvote_loc/ 

あとわずか4日!何としてもやり遂げましょう! 

希望を込めて

エマ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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「お蔵入りの暑中見舞いを引っ張り出す」No.1765

2016-10-07 22:37:37 | 人間

10元の大玉卵23個。糞をきれいに洗ったところです。


国慶節最後の日、

明日からの授業の準備をしていてドキュメント整理に目が移り、

ファイルにまとめたり、ゴミ箱に捨てたりしていた時に、

約一か月半前、書き始めて途中でやめた暑中見舞いを見つけました。

その暑中見舞いを書いたときは、

誰に出すことも、訴えることもできない殺伐とした気分でした。

「とても残念です」と言うのでは表現が足りなさすぎのこの気持ちを、

取りあえず放置し、冷ますことにしてドキュメントに保存しておいたのです。

余分なマイナス感情を洗い流し、

そろそろ、考え続けていかなければ・・・・・・。

そう思い、お蔵から出して虫干しすることにしました。

 

―――出す当てのない暑中見舞い―――

帰阪し、久しぶりの大阪で暑中見舞いを書こうと思うのですが、

気持ちが落ち込んで明るい言葉が出ないのです。

この気持ちは誰に、どのように訴えたらいいのでしょう。

私は戦後1950年代生まれです。

戦後民主主義体制の下で、

「人間はみんな生まれながらに天賦人権を持ち、平等だ」と教えられ育ちました。

国の主役は国民一人一人だとも教えられました。

私はその通りだし、そうであるべきだと思いました。

今も、これに反対する人は世界中にもほとんどいないと思います。


教員になってからは、私が子どもたちにそう教えてきました。

しかし、そう教えてきた何十年もの間、

日本の社会では、学校で教えることとは違って、不平等、差別が勝ち、

平等を求めて叫ぶ人が結局、悔し涙を浮かべて歯を食いしばる様がありました。

なぜそうなるのか考えたとき、いつも同じ壁に突き当たりました。

そもそも民主主義と人権と平等な社会をどうしたら作れるかについて、

多くの人たちが「自分には関係ない」と思っている、その壁です。


今回、参院選でも上手な嘘やごまかし、

相手候補への中傷が勝敗の決め手になりがちでした。

多くの有権者はたくさんの真実を知らされず、知ろうとせず、

軽い気持ちで投票しました。

選挙に行かない人も50%近くもいました。

 

昔、日本が中国をはじめアジア侵略に乗り出したとき、

実は日本国民は大賛成でした。

少数の反対派は弾圧され、投獄され、殺されましたが、

国民の多くはその戦争反対派を「非国民」と呼びました。

今の日本人は、戦前の日本人とどこが違うのでしょうか。

 

確かに、今回の選挙で、野党共闘の開始や、ママたち、若者たちが

自分の責任として声を上げ始めたことには希望を感じました。

しかし、その直後、沖縄の辺野古の北東に位置する高江で

日本が法治国家でない現実が示されました。

沖縄では現職の大臣(島尻愛子)をはじめ自民党議員が全部落選しました。

沖縄県民の「沖縄からすべての基地を撤去して平和な生活をしたい」という民意が

これほどはっきり示されたことがかつてあったでしょうか。

しかし、こともあろうにその選挙の翌日、

安倍官邸の指示で本土からの機動隊も加わり、

高江ヘリパッド基地工事の強制執行が開始されました。

9年間も座り込みを続けて阻止し続けてきた地元の住民たちとその支援者たちは、

天賦人権を持つ国の主役であるにもかかわらず、

まるで塵くずのように排除されたのです。

座り込む人たちを「犯罪者!」と罵る若い警官もいました。

国家の意思に反するものは犯罪者だと教えられたのでしょう。

国家の意思を決定するのは、誰ですか?

国民じゃないですか。

沖縄は多数決による選挙でその意思を示したのです。

これ以上、正しいことはないくらいの手続きを踏んでいるのです。

それに対して政府は真逆です。

まるで自分が王様であると信じて疑わないような強権的で傲慢な政府を、

選挙で選んだ=支持した「本土」の有権者は、

戦争万歳と叫んで家族・身内を戦場に送り込んだかつての日本国民と

どこが違うのでしょうか。

権利放棄、奴隷志願。ひょっとこ踊り。

日本は…日本人は……。

 

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「訪日中国人が爆外以外にできること:作文」No.1764

2016-10-06 21:16:59 | 中国事情

 

一昨日のキャンパスは秋晴れの気持ちのいい日でした。

家にも帰らず、旅行にも出かけなかった学生たちは、

わらわらと寮の部屋から寝具を持ち出し、

偉人の像などに被せて干していましたよ。

こういうことは日本ではあまり見られないでしょうね。

花と蝶。

ダリアが咲いていました。北海道を思い出します。

 

さて、3月・4月・5月と、

私は鬼のように学生たちに作文を書き続けさせていたのですが、

それは「中国人の日本語作文コンクール」に応募するというのが目標の一つでした。

何故そんなことを目標に?と疑問に思われるでしょうが、

ここでは説明を省きます(いろいろあるんです💦)。

その中で、佳作に一人、三位以内(詳しい順位は未定)に一人、入選しました。

三位以内に入ると、日本僑報社から出版される本に載せてもらえます。

佳作は残念ながら名前だけしか載りません。

そういうわけで、佳作の作文をここに紹介することはコンクール事務局でも

許してくれると思います。

課題テーマの一つが「訪日中国人が爆外以外にできること」でした。

今年の国慶節は昨年のような現象はなかったようですが、

この作文に書かれているような方向に向かっているのでしょうか。

 

―――于蕾(応募当時三年生、現四年生)「交流の花を咲かせ続けよう」―――

 「お客様、すいません。この商品はもう一つしかないんです。」

「ダメだ。私は10個ほしい。これが欲しくて日本に来たんだ。」

「私は二時間も行列したんだぞ。」

激しい怒号が店内に飛び交う……。いったい、こんな外国旅行に何の意味があるだろう。

 

 私だって、日本に行ってみたい。大学で日本語の勉強を始めて以来、ずっと日本に興味を持っている。(日本の空は青く澄み、山は美しい、食べ物は美味しく、人々は優しい。そして、日本の品物は紛い物じゃない。日本へ行って、浴衣を着て、花火を見たい……)。

そう思ってきた。でも、「爆買い」が話題になるにつれ、私は今、改めて日本に旅行する意味を探している。

「旅行の魅力は、忙しい毎日から抜け出して非日常を味わうことじゃない?」

友人はそう言う。

 大学に入った後、夜空に星が輝くのを一度も見たことがない。ここ菏澤市では、みんな深刻な大気汚染の中で暮らしている。夜どころか、昼間も濁った空気のせいで、10m先が見えない日もある。マスク着用の人も多い。何も知らずにマスクをしないで歩いている子どもを見ると、心も痛い。なぜ私たちの生活はこうなってしまったのだろう。

ある時、ネットで偶然、石垣島の星空を見た。国立天文台から見上げた空には、透明な空気を通して、無数の星たちが燦然と輝いていた。いつになったら私の町でもこんな星空が見られるのだろう。

「行きたいなあ!」

ため息が出た。


 星空とともに私が心惹かれるのは、橋だ。川に隔てられた向こうとこちらを繋ぐ美しい橋は、人々の交流の要にもなる。

江島大橋の写真を見た時の衝撃は忘れられない。

「どうやってこんな橋を作ったの?天才?!」

思わず叫んでしまった。江島大橋は、島根県の江島と鳥取県を繋ぐ長い橋だが、すごいのは長さより高さだ。まるで空に浮かぶ虹の架け橋だ。  

「あまり坂が急すぎるので、この橋を渡る自動車はアクセルを踏みっぱなしにする。」という記事を読んで、(「橋を渡る」というより「橋を登る」だな)と、おかしかった。

後で、この橋のある江島は牡丹栽培が盛んな所だと知って本当に驚いた。私が住んでいる菏澤市も中国の牡丹栽培の一大中心地なのだ。 四月中旬には、赤やピンク以外にも、黒や青、紫などの香しい花が咲き誇り、国際牡丹博覧会には外国人も訪れる。牡丹の栽培で江島と菏澤の人たちが交流できれば、この橋は確実に、中国人と日本人を繋ぐ橋になるだろう。思っただけでワクワクする。

 

 新野公介さんのことはご存知だろうか。新野さんは現在、清華大学の留学生だが、自分が日本や中国の食べ物を食べる様子を、中国の動画サイトに投稿し続けている。時には日本料理を実演して作り方を紹介することもある。

「人が食べる姿を見て何が面白いんだ?」

疑問に思う人もいるだろう。しかし、彼が配信する動画の作品回数は10万回にのぼり、中国版ユーチューブに当たるYOUKUのトップページで紹介されるほどの人気なのだ。

私が感動したのは彼の話だ。

「動画の配信は交流のきっかけに過ぎない。当然、私が日本を代表しているわけではないが、私という一人の日本人にも触れてもらうことで、日本への理解を少しでも豊かに、多岐に渡るものにしてもらいたい。反対に、中国の美しさ、中国の良さを、活動を通じて吸収し、日本人に伝えていきたい。」

と新野さんは語った。もし私たちが日本を訪れるときに、新野さんと同じ考えで行動すれば、中国と日本の交流はもっと前向きに進むだろう。

 

 旅行の価値は決して買い物だけではない。日本を訪れ、日本人と心と心の交流ができたら、それこそ最高だ。互いに相手の文化に尊敬を払って交流し、学び合うのだ。その中で、自分たちの習慣やマナーをも振り返って見直すことができるだろう。

 牡丹の花が毎年、毎年、咲くように、中日の人々の交流の花がずっと咲き続けることを願う。

 

 

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「ゆかたは国境を越えて」No.1763

2016-10-05 22:14:01 | 中国事情

 

宿舎で和風なつもりのポーズをとっている

フィリピンからのCJ先生(左)とアメリカからのTaylor先生(右)。(;^_^A


昨日は国慶節休みのお中日でした。

学生たちは何度も我が宿舎に来ていますが、

今回は初めて同じビルに住む外国人教師仲間の二人を招待しました。

半年以上前に杭州から友人が送ってくれたワインがまだ4本もあり、

一人では到底飲めずに困っていたのです(笑)。

テイラー先生はナパ・バレーで有名なカリフォルニアから来たのに、

いざ、コルク抜きをお任せしたらこの様です。

茶漉しが大変役立ちました。

「元ボーイフレンドは私のコルク抜きが下手なことに非常に失望していた。」

と、過去を告白した彼女は、それでも、3本目は上手く抜けました。

つまり、合計3本のワインを飲んだのです。

CJ先生が、「2本練習を積んだのが3本目の成功に繫がった」

と、冷静に解説していました。


私は、せっかく来てもらったのだからと、定番の巻き寿司とカレーライス、

そして日本の浴衣試着で日本文化の一端に触れていただきました。

それにしても、どの国の人も日本の浴衣を見ると目を輝かせます。

テイラー先生は「なんかパジャマみたい。ずっと着ていたいわ。」

と、とても好感を持った様子です。

CJ先生も生まれて初めての浴衣姿で、さんざん自撮りをしていました。

恰幅のいい二人ですが、ちゃんと着せることができてホッとしましたよ。

今度は、菏澤学院全体の学生を対象に試着会をする所存です。

と言っても、20枚くらいしかないので、あまり宣伝しない方がいいかも。

 これらの浴衣は、日本の友人や我が娘の協力でかき集めて持ってきたものです。

「自分の浴衣が、遠い中国で着て楽しんでもらえると想像するだけで光栄だ。」

と言って送ってくださった友人もいます。

この場を借りて、お礼を申し上げます。

本当にありがとうございました。

浴衣は国境を越えて、日本の何か素敵なものを伝えてくれています。

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「菏澤市博物館受付の人の言葉」No.1762

2016-10-04 00:01:17 | 中国事情

私たちは古船を見た後、別の建物にある船からの出土?品展示場に急ぎました。

もう、午前の閉館まで30分しかありません。

3人のチケットを持っている高さんが数メートル遅れをとったので楊さんと私が、

「ほら、早く券、券!」

と高さんを急かすと、受付の人がニコニコして、

「二人はとても面白いですね。

まるで、神様がここに遣わした人たちのように思います。」

と言ったそうです(楊さんが通訳してくれて分かったことです)。

(もし、私が日本人だと分かったら同じことを言うだろうか?)

その嬉しい言葉を聞いて私は心密かに呟きました。

いつも、中国ではそんなことを思ってしまうのです。

もう少し言うと、

私は中国に来て「日本人だ」と名乗った時、

失礼なことを言われたり、されたりしたことはただの一度もありません。

でも、一瞬、表情がこわばるか、翳る人は何人もいたのです。


↓左は花と竜の模様の皿。

右は「青釉玉壺春瓶」と提示されています。壺というか瓶と言うか。

つるりとして光沢を失わず、形も美しいものです。

文明の八百年前のものですが今でも使える輝きを失っていません。

焼き物技術の発達は1200~1300年代でここまで来ていたんですね。

有名な江西省景徳鎮の焼き物は時代が下がって清朝期に発達したと

楊芬さんは解説しましたが、それはちょっと違うんじゃないかな(笑)。

  

 

↓「高足碗」と言ってもそんなに底は高くないのです。

今でも、中国の碗は日本のに比べて底がほとんど無いように私には思えます。

持つと「アチチチ!」なので、常にもう一枚重ねています。

しかし、学生たちはどんなに熱い碗も平気に持ち運びできるのです。

慣れとはすごいものですねえ。

 

↓この展示のメインを飾る二つの壺瓶。

高度の技術がなければ、現代までこの形で残ることは不可能だったでしょう。

花と竜は当時から欠かせない模様なんですね。

日本のやくざ映画を思い出します。

なぜ、やくざ社会ではこの模様を珍重していた(している?)のか、

想像すると面白いですね。

 

 

↓神の遣わした二人組(笑)。

お判りになっていただけるでしょうか。

私たち3人が見学している間、誰一人として他の観覧者はいなかったのです。

ひょっとしたら、午前中を通じてお客さんは私たちだけで、

受付の人は寂しかったのかも(笑)。

 他にもたくさんの貴重な展示物があり、

古き元朝時代(1271-1368)の菏澤を身近に感じたひと時でした。

器や秤、お金などを見ると、当時の人たちの生活が想像できます。

日本に帰ったら、あちこち郷土の博物館巡りをしたいものだと強く思います。

そうそう、故郷北海道の斜里にある知床博物館も見ごたえのある展示物が

たくさんありますよ。

機会があったら是非足を運んでご覧ください。

 

 

展示場から出るとき、受付の男性は私が日本人だと知ると

一層ニコニコして、

「日本からよく来てくださいました。

この展示物は世界の人々の宝物です。観覧を歓迎いたします。」

と丁寧におっしゃってくださいました。

「日本は中国からたくさんのことを学んで歴史を作ってきました。

ここに来てそれが再確認できました。」

そう答えて、握手して別れました。

 

↓博物館出口付近の写真。

菏澤の武術は昔から有名なんだそうです。知らなかった!

菏澤は黄河の傍で、本当に古くから文明が発達したところなんですねえ。

牡丹と習近平さんの妻(菏澤出身)だけじゃない!

 

博物館を出て数歩で、たちまち牡丹の名前の付いた店がありました。

菏澤は今、牡丹だけしかアピールするものがないのか、と残念に思います。

 

さて、夕方、2年生5人がそれぞれ、

寮から、お出かけ場所から、バイト先から、とバラバラにやってきました。

一目先輩に会いたいからです(あ、カレーライスの魅力も見逃せませんけど)。

2年生と楊芬さんは、一年前、1年生の会話授業が始まったばかりの時、

当時4年生の楊芬さんが、

なんと自分の授業を欠席して数回通訳を務めてくれたという特別の仲なんです。

 

下はおしゃれして出かけた先から駆け付けた二人。

右は青島から菏澤まで私に付き添ってくれたお馴染みの閻小玲さん、

左は烟台出身の趙寧さんです。「YES]のバッグがキュートで心温まりますね!

晩餐後、先輩とボーイフレンドは

「いつ知り合ったか」「どこが魅力か」「なぜ彼/彼女を選んだのか」等々、

鋭い質問の数々にまな板の上の恋じゃない鯉状態でした。

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「元朝の菏澤には巨大な船が通っていた」No.1761

2016-10-02 16:34:51 | 中国事情

国慶節休暇2日目の朝、キャンパスを出て菏澤市博物館へ向かいました。

下は脇門の一つですが、提灯が祝日の雰囲気を醸す他は割と静かな大学周辺です。

多くの学生たちは、家に帰るか旅行に行くかして大学にはそんなに人がいないのです。

 

行ってらっしゃいと送ってくれるかのような門前の犬。

目が優しいと言うか弱弱しいと言うか……。

 

大学前からバスに乗って待ち合わせのバスターミナル北門に到着。

菏澤市中心街の一角です。

 

菏澤に来て初めて、日本語の看板を発見しました。

 

今回、博物館を案内してくれる二人は卒業生の楊芬さんと、

ボーイフレンドの高さんです。

二人は高校の同級生で、地元菏澤出身。

楊芬さんは菏澤に属する県で就職し、高さんは陝西省西安の大学院に進みました。

せっかくの国慶節なのに、

楊さんに付き合って見ず知らずの私の案内をしてくれる高さん、

こういうのが菏澤気質というのでしょうか。

菏澤は人情が厚い土地柄だとよく言われるのです。

若い二人もその気質をしっかり受け継いでいるようです。

 

この博物館の目玉は元朝時代の船(実物)なんですって。

博物館好きの楊さんはもう、3回も見たそうです。

とにかく大きい船です。

下の写真は船体の左半分。

真ん中あたりに階段があって、船の中を覗き見ることができます。

階段に上って撮った写真がこれ。

右半分の船体です。中には何百人くらい乗れるのかなあ。

当時の造船技術の最先端を行くものだったそうです。

「なぜ、菏澤にこんなでかい船が?」と聞くと、

菏澤は当時おおきい湖のようなものがあったらしいのです。

黄河とつながっていたのでしょうか。

また、調べなければなりません。

ところで、

今回の菏澤市博物館見学で、この名前を見て興奮しましたよ。

「黄巣の乱」の黄巣です。

唐朝末期の農民の大反乱のリーダーだった黄巣は、

現在の菏澤の西南出身だったんですって。

高校の世界史で中国の歴史は「一世一乱」があると学び、また、

農民が時の権力に対していく度も決起したことを知ると、

(日本とは大違いだなあ)と憧れに似た感想を持ったものでした。

日本にも応仁の乱当時の山城国一揆、室町から戦国時代の加賀一向一揆などをはじめ

農民一揆が多くあったことを知ったのは翌年日本史を学んでのことでした。

やっぱり高校の世界史、日本史は重要です。

今、受験に関係ないからという理由で歴史を教えない高校があると聞き、

その高校は馬鹿を作る教育を目指しているんだなとナットクしました。

(続く)

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「菏澤で2回目の誕生日」No.1760

2016-10-01 23:15:22 | 人間

ちゃら~ん

昨日は菏澤で2度目の誕生日でした。

昨年は、英語学科のフィリピン人・アメリカ人の同僚たち、そして森先生と

菏澤市内のレストラン兼バーへ繰り出して、

森先生がブレイクダンスを披露したり、

フィリピン人の先生方がマイクを離さず歌いまくったりして、

賑やかに祝ってくれたのですが、

今年はなんとオフィスのMr.張が自腹でお祝いしてくれたのです。

こういうこと【自腹】は今だかつてないので、驚愕しました。

中国人の友人の一人にそれを言うと、

「習近平さんになってから、飲食代支出は特に厳しくなったからね。」

と、さも当然という口ぶりでした。

これも中国社会の変化の一つでしょうが、

そこまでして祝ってくれなくてもいいのに……。

私は誕生日とか正月とかは、部屋に一人でいたい人間なんですよ。

でも、心からの温かい気配りをビンビン感じて

それには本当に胸が熱くなりました。

真ん中がMr.張です。

ルー大柴に似ています。英語の話し方も被るのです。

外国人教師も昨年より3人も減って、

現在英語学科4人、日本語学科はただ一人です。

フィリピン人のEVE先生とCJ先生とはすっかり馴染みの仲になりました。

下は、ケーキのリボンを頭につけてポーズをとる可愛いCJ先生です。

スパッとものを言うので私は大好きです。

おまけ、

ご馳走の中のご馳走は黄河の魚でした。

 

 

 

 

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