3月6日(土)、今日は遺骨が混じった南部地区の土砂を辺野古埋立に使わせないことを求めた具志堅さんのハンストの最終日だ。
朝、県民広場の座込みテントに行くと、ちょうどデニー知事が来たところだった。今日は閉庁日、知事もジーパンにトレーナー姿だ。知事は具志堅さんの説明をうなづきながら熱心に聞いている。具志堅さんは、思いが一気に噴き出たように、ひたすら知事に語り続けた。
具志堅さんの説明が終った後、知事は次のように述べた。
「今回の問題について、どういう方向性で結論を出すか、今、一生懸命、考えています。南部の問題をどう考えるかということと、未来の子どもたちに沖縄らしい景観をどう残していくのか。まだこれについては具体的な形が見えているわけではないのですが、具志堅さんが言われるように、これは人道的にやってはならないということなので、それを法律的にどうするか、今、県でもみんなで検討しているところです。今回の場所だけではなく、いろんな場所にもつながるようにしていきたい。
県民の皆さんが、ここまで深い思いをもっておられることを、行政でもしっかりと受け止めていかなければならないと思います。これからも生きている人たちと、鬼籍に入られた人たちの思いがつながるような道を考えていきたいと思います。」
県議会での答弁を超える具体的な内容はなかったが、ともかく知事が具志堅さんを激励に来てくれたことを評価したい。近いうちに、毅然とした判断が出されることを待ちたいと思う。
(知事に、糸満で最近見つかった遺骨の写真を見せて説明する具志堅さん)
私も具志堅さんに促されて知事の前に出た。来ていただいたことの礼を言った後、「自然公園法第33条2項にもとづく中止命令は受理から30日の間しか出せません。時間はないので、大至急、毅然とした結論を示してください」と訴え、この問題の資料集も渡することができた。さらに知事は、掲示の写真を見始めたので、南部の鉱山の惨憺たる状況について説明した。
具志堅さんとの話が終った後、遺族の方の話に続いて、小学5年生の女の子が知事の前に出てきた。
「死んだ人たちの魂はまだ残っています。きちんとお祈りをしないといけないと思います。遺骨が入っている土を埋立に使うのは反対です。」
正午からオール沖縄会議の集会。オール沖縄会議としての抗議声明が読上げられた。
午後1時半からは今回の行動のまとめの集会が開かれた。今日も県民広場には大勢の人たちが集まってきている。毎日、テントに来る人が増えている。
具志堅さんは、ここでも長いお礼の挨拶を述べた。相変わらず力強い言葉で、6日間のハンストの最中だとはとても思えない。具志堅さんは最後に、韓国の太平洋戦争被害者補償推進協議会のイ・ヒジャ代表の支援文を読み上げた。
そして、今日の集会でも、2人の90歳を超える戦争体験者が当時の体験を話された。具志堅さんの行動は、こうした戦争体験者の熱い共感を呼んでいるのだ。
私と谷司教が、この間の行動のまとめと、これからの取組について報告した。
ハンストは今日で終わるが、来週月曜日からも毎日正午から午後3時まで県庁前広場で署名集めや宣伝活動を続けていきます。そして、知事の対応を見守り、それの以後の行動を考えます。是非、来週も県民広場にお集りください。
集会終了後、阿部岳さんの「『辺野古に陸自』密約と琉球弧要塞化」の学習会へ。途中で県民広場に戻り、具志堅さんを自宅まで送った。長く、充実した1週間だった。
26日(木)、報道特集の金平さんが来沖して具志堅さんらを取材した。熊野鉱山現地も案内したが、今日の報道特集で放映された。