なんとなくクラシテル

獣医という仕事をしている人間の生活の例の一。
ほとんどが(多分)しょーもない話。

飼い主さん

2018年03月25日 | 仕事
の気質的な面について。最近とりわけ感じるのは「まじめすぎる」事。で、不安神経症になっている。

 なぜ、動物飼ったんですかあ??楽しむためじゃないの?と思うのだが、心配事を結局増やしてしまって、下手すると「心配が趣味」的になってしまっている人もいるくらい。そうでなければ、自分はこうだから!!と固執してしまってて柔軟性に欠けるか。

 なぜ、そうなっちゃうのか?一つは情報過多、と情報の偏向。動物をめぐる情報は、なぜか「暗い」んですよ。「可愛い動物」系の映像情報は多々あれど、そうじゃない情報はいきなり暗くなる。病気に関しては特にそうで、本当に困っているのだが。しつけもそうですね。こうするとよくないぞ的な、「ダメ出し」情報ばっかりに偏っている。調べれば調べるほど、その手の情報ばかりになっちゃうので、飼い主がオロオロしてしまうんです。これは、情報を出す側が悪い。

 大体、今はなんでもかんでも情報商材が雨あられ、情報の底なし沼にはまり込むと、ズブズブ・・・・・、となっちゃう。それに周囲があーだこーだ口出ししてくると、さらに混乱が増す。そんなもん、テキトーにいなしておけばいいじゃないですか、と言うのだが、なかなかできないようで、そういう人は、まじめだから付け込まれやすいんですよ。

 一方、「環境」については。

 外飼いの場合、問題になりやすいのは「吠え声」&「庭を掘りまくる」程度。室内飼いになると、問題が一気に増える。「齧る・壊す」が問題になるのは室内飼いにほぼ限定的な感じがする。この問題が深刻化するのは、家が「新築」の場合。そりゃ、頭に来るとは思う。ピカピカのフローリングを爪痕だらけにされたり、畳をめちゃくちゃにされたり、するから~~。これはですね「資産価値が落ちる」というのもあると思う。なぜなら、同じ悪行をかまされても、築30年以上経過している家では、あまり問題にならないようなので。

 これね、あーあ、と思うのは、集合住宅というか、ペット可とされたマンションで犬飼って、そしたらマンションの規約がいきなり変更になってしまって、マンションから追い出される、という飼い主さんが結構いらっしゃるのだ。で、仕方なく新築を建てる、犬のせいで、大散財になった挙句、その家を犬にぶち壊される、もう~~~~というパターンが、ありがちだから。
 集合住宅と犬はかなり相性が悪めだ、と思う。マンション暮らしの犬は、割合吠える傾向にあって、その理由は、妹夫妻が暮らすマンションに行ってみて分かった。変な物音が全く不規則に聞こえるのだ。人間の自分でもイラつく、この音はなんなのさ、聞いてみたら、例えば、エレベーターの作動音じゃないかという。ずうっとそこに住んでると気にも留めなくなるのだろうが、聴力の優れた敏感な犬は、慣れることはないんじゃないかな。ペット可といえども、どうも飼っている人はやりにくくなるみたいで、結局引っ越すことになる場合も多いようなのだ。規約の変更というふざけたことも、場合によっては起こりかねないし。今はペットなんぞよりゴミ屋敷のほうが余程問題じゃないか、と思うんですがね。

 で、「吠え声」問題は、当然ながら、田舎より住宅街でトラブルになりがち。特に日本犬や大型犬のような、運動してナンボ、という活発系の犬の場合は、体をガンガン使える遊び場があるかないかで、全然違ってくる。要は退屈だから物を壊すので、体を思いっきり使って遊べれば、そうそう悪さもしなくなる、はずなのだが。

 そういう事をあまり考えず、最初から「おとなしくてお利巧」な犬を期待して飼う、から大トラブルになるんですよね。

 
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家族構成

2018年03月20日 | 仕事
って結構重要だな、と思うのは。どうも、小学生くらいの子供(特に男の子)が複数いるご家庭では、なんとなく「しつけ」の問題が起こりにくい、というか、飼い主(主にお母さんの立場の人)がキリキリしない傾向が大きいことに気付いたから。

 親御さんはこの時期ってつくづく忙しいと思うんですよ。仕事だ学校行事だ、ヘタをするとご自身の親の介護問題まででてきててんてこ舞い、となりそうなんだけど。で、家にいるガキんちょはとにかく悪さをする、というか、コラ~~っとわめきたくなるような事をしょっちゅうしでかしている、らしい。そうなると、犬の「悪さ」がそれにまぎれて見えにくくなっちゃうらしいんです。犬のしつけなんて、実はそんな程度のものなんでしょうね。で、親御さんがキリキリしないと、犬も呑気に、子供といっしょに暴れている。で、エネルギーを適切に発散できているらしいので、生き生き育つ、みたいなのだ。

 これが、家族の人数が少ないというか、例えば「子供がわり」や「孫がわり」みたいな感じで犬を飼いだすと、行き詰ってきちゃう。ずうっと犬から目が離れないせいなのか、イタズラばかりするんですけど、どうしたら・・、ってなっちゃう。

 それから、これもありがちなのだが「子供がわり」として飼い始めた途端に、ホントの子供が降ってきた、というケース。犬も初めて、子供も初めて飼います、ということになると、お母さんの立場の人が爆発してしまう。余計な事を言ってくる親戚がいると、さらに面倒が増える。「犬と一緒に置いとくと、病気がうつる」とかさ。普通に飼ってて、そんな事起こるわけないだろう。でも、そういう余計なひと言のせいで、庭に追い出されちゃう犬は多い。不安になってしまうのだよね。そういう親戚に言いたいのは、「口出さずに金を出せ」ってことですけど。人んちにムダなちょっかいを出す人が多すぎます。

 あと、実はかなり重要なのが「お父さん」の立場の人。一番困るのは、お父さんが「体罰肯定」しちゃってる場合。犬なんかにえばったってしょうがないでしょうと思うのだが、こういう人はえばりたがるんだよね。で、普段家にいないくせして気分でいきなり体罰やら怒鳴り声でもって自分の「思う通り」にしようとする。犬は、こういう人物にはヘイコラしやすい。から、父親の前ではいい子にするし、懐く。これがまずいのだ。そういう犬は、家族の他のメンバーに対して強圧的に振舞う癖がつくことが多い。父親のマネをするわけです。普段犬と接しているのは父親ではないから、その人たちの手に負えない犬が出来上がってしまうわけで、これは大変まずい。体罰は百害あって一利なしなのだが、犬については、結局そういう事。

 お父さんという立場の人は、そうでなければ、とにかく面倒事を避けようとする人が多い。診察室でお母さんは大奮闘中なのに、お父さんは待合室でウロウロ、といケース、多いです。しょうがないので、呼ぶ。ちょっとお手伝いをお願いしまーす!と言われて、渋々やってくる方が多いんですよねえ。病院に付き添ってきて下さるだけでも、ある意味上出来かもしれない。まず絶対に来ない、という人もいるから。年配者に多い、かな。

 なぜなんだろうと不思議だったのだが、ああそういう事か、と分かってきたんです。男の方は、自信がない、のだ。力でもってギュウとやった途端にバッタリ、となってしまうんじゃないか、とか、力加減がよく分からないし、持ち方もよく分からないし。咬まれるのも厭だし、そんなのを例えば会社でああこう言われるのも厭、とかあるのかな?面倒事にはなるべく関わらないで、文句だけ言ってるのが一番楽ですからねえ。あとは、普段あまり「頼られる」ことがない、という「慣れ不足」もあるかなあ?これは女の人側の責任が大きいでしょう。男の人なんか、うまーく転がしてほめちぎっとけばOK、という感じがするんだが。

 こういうのを見ていると、お互いに「コミュ障」っぽいと感じる。何年も一緒に暮らしてて関わる方法も確立できないってのはヘン。家族の構成メンバーでいる意味ないですよ。

 ので、当院では、否応なく関わっていただくことにしている。動物に関わるには愛情なんかいらない、というのが方針で、コツだけが重要。コツが分かれば、ちょっとぐらいぎゅうぎゅうやったってそうそうバッタリとはいかない。男の方にきちっと関わってもらう事で安定する犬は多い。男の人の方が、対応に1本筋が通ることが多いからでしょう。

 で、一番家族間で安定している犬の立場は「下から2番目」。うまいですよねえ、この立場。一人だけえばれる「子分」を見つけて、後は言う事聞く、というのがよくあるパターンなのだが、これだと問題も起きづらいようです。
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飼い主

2018年03月18日 | 仕事
の大部分が「日本人」ってことで、日本人について。 

 なにしろ千年以上も昔から「和を以て貴しとなす」が国策みたいになっていた国の民族だもの、国内で内戦状態に陥っていたのは戦国時代と江戸~明治の変換期程度だし。大河ドラマではやたら戦国時代を舞台にしたがるが、要するに「ケンカしてどうこう」系の盛り上がりを作れる時代がそのくらいしかない、という事でしょう。
 戦国時代の大名は、かなり無理していたんじゃないかと思う。上杉謙信公は、間違いなくアルコール依存症だったでしょう。で早死にと。そんなのを散々見ていたから、徳川家康公は養生に励んだんでしょうね。いつ死ぬかわからん、誰かと常に角突き合わせて、というのは、日本人の気質にどうしても合わない点があるようだ。

 もう一つ、日本人はどうでもいいことについてまで生真面目である。ちゃんとしなくちゃ病って感じで、しかも、ちゃんとする「理由」は世間様だったり他人様だったりする。自分で決める、事が不得手。もっと言えば、責任が取れない。だから、リーダーに不向きなんですね。商工会に出入りしていると、シャチョーさんの大半がダメ社長っぽく見えるんだけど、不向きな人物がシャチョーやってるからじゃないかな、と思っちゃうのだ。自分で適切な判断が全くできないから人のせいにしちゃう、というような。

 そんな日本人が犬や子供を「しつけ」る、となると、その目的は結局「よそ様」になっちゃう。よそ様に迷惑にならないように、よそ様に後ろ指さされないように、という躾は、基準がないので、明快さに欠ける。そうでなければ、その時々の「気分」で「しつけ」てしまう。「しつけ」というのはれっきとした教育なんだけども、そういう認識に欠けた人間が気分でしつけると、簡単に虐待行為に落ちてしまうわけだ。この場合は、しつける側の「気分」が気圧みたいにしょっちゅう変動するので、しつけられてる側は全く気が休まらない。いつも顔色をうかがって行動する癖が付いてしまう。そういう人が誰かをしつけようとすると、まーた基準がなくなってしまう。この関係は簡単に支配被支配関係に陥りやすい。で、密室内の虐待だの監禁殺人だの、という事件につながるのだ。犬のしつけといえどもその辺の問題が噴出してくるときがあるから、油断ならない。

 さて、飼い主側の問題に「飼った経緯」を挙げたのは。猫の飼い主が猫について特段問題点を感じない理由の一つに、今はそうでもなくなっているが昔は「拾った」が、飼うきっかけになっているケースが大半だったことがあるのではないかと思っている。この場合、飼い主は「拾った」段階で、すでに腹をくくっている。このチビは病気もあるかもしれないしノミがたかっているかもしれない、金もかかるだろう、この辺を飲み込んで「拾って」くるわけだ。従って、猫に何一つ期待していない。

 犬はそうじゃない。拾い犬もいないわけではないが、特に今は圧倒的多数がペットショップやブリーダーからそこそこの大金を払って「買って」きている。「運命の出会い」とか何とかいうが、別にそんなことはなくて、その人が買わなけりゃほかのだれかが買うだけなんですけどね。しかし、金を払ったそれなりの見返りはあるよね、という期待は誰もが持つのではないかしら。子犬はそんな期待を意味なくかけられている。わざわざ厄介ごとを大金払ってしょい込んでしまった、とは考えたくないのが人間です。なかなか「買い主」「飼い主」に変身できないんですよ。

 もう一つ、困ったなと思っていること。家族からの「プレゼント」やら、子供世代からの「押しつけ」で犬を引き取らされる人が増えているのだ。最近目立つのは、子供世代(もちろん社会人・家庭持ちの人も多い)が犬や猫を飼った、のが、飼いきれなくなって実家に押し付けて逃げちゃうパターン。「飼う」現実を全く何も考えないで、オモチャ感覚で動物を買ってきちゃう、のがいい年した大人である、というのがね・・・・・。どうなってるんだろう?と不思議なのだが、これもその家庭の本来の親子関係が影響していることは間違いない。いい年した大人をその上の世代が未だ甘やかしている、という事か。
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柴犬

2018年03月17日 | 仕事
や、その系列の雑種犬がしかし、一番トラブルを起こしやすい、のには、これはもっと根深い理由があるので、じっくり説明しようと思います。

 そもそも、昭和という時代に犬を飼う目的は、多分基本的には「番犬」だった。庭を走り回って、道行く人にギャンギャン吠えていた犬は、その職務をきっちり履行していた、ともいえる。犬を「室内飼い」するなんて、考えもしない、のが普通だったんじゃないかと思う。

 ところが、平成になるあたりから、だんだんいわゆる「お座敷犬」が増えてきた。トイプードルとかあたりからかな。「トリミング」という職業が出てきたものその頃で、それ以前は仕事にならなかったと思うのだ。「犬種図鑑」みたいな本も出てきて、ブリーダーと呼ばれる繁殖業者が出てきて、あっという間に「室内飼い」が主流になってしまった。それにつれて、躾がやかましく言われるようになり始めた。要するに、犬を飼うのに向いていない日本家屋に犬をいきなり入れちゃって、うわートラブルだらけ、それをどうにかしなくちゃってんで「しつけ」でなんとかならんか、という事を、日本人は期待したんでしょう。

 それに伴って、あれこれ海外から「しつけ法」なるものが輸入されてきた。一番最初に入ってきたのが「人がリーダーになりましょう」という「α」がどうのこうの、という方法で、これが未だに幽霊みたく「犬のしつけ」というと出しゃばってくる。当時の日本人は、とにかく欧米に対しての劣等意識が酷くて、なんでもかんでも無批判に導入してしまう悪い癖があって、犬のしつけ法なんかはその最たるものだった。躾の根拠がよく分からないまま、一生懸命それを実行しちゃったのだ。

 ところで、西洋の犬と日本犬とは、品種としての成り立ちが全然違う。西洋犬は、原則すべて、なにがしかの「使役」目的があって、それに対応する形で変化したのが品種として固定される、を繰り返している。つまり、どの犬種も「人に対して」こういうお役目という上下関係が前提。キリスト教というバックボーンもある。キリスト教は、基本動物は全く考慮外の宗教で「動物福祉」というのも、原則的には「お気の毒だからどうにかしよう」的上から目線によるもの。だから、家畜が人に反抗なんてもっての外、と思っているフシがあるんです。西洋人は、老衰の犬を介護なんかまずしない。かーんたんに安楽死させちゃう人達なんですよね。で、それについて別段なんとも思っていないらしい。

 日本犬はどうかというと、「使役」目的で品種固定がなされたのは、狆(大奥のお座敷犬、というのは立派な使役です)と土佐犬・秋田犬(これらは『闘犬』として品種固定されている点に注意しなければならない)程度。あとはなんとなく人の周りをふらふらしていて、特に何かしている、という事もなかった犬どもを、それなりに同じような体型や毛色に整理して「犬種」として成り立たせた経緯がある。「外見」のみが犬種の固定に関わった。一応猟犬として使われていた犬もいたようだが、西洋の猟犬のようなシステマティックな訓練を受けて、というものではない。この辺りは、まず仏教という宗教上のバックボーンもあるし、江戸時代の「生類憐みの令」も影響しているんじゃないかと思う。江戸時代には、ウソみたいだが、犬や牛が人の代わりに伊勢参りとか善光寺参りとかを実行していた、らしい。この場合は、その辺の旅行者に順番に連れられて、見事往復を成し遂げる、ということができていた。ガブガブむやみに食いつくような犬はいなかった、けど、人との関りもそれほど強いものではなかった、はずなのだ。だから、誰に連れられてもホイホイついていったんでしょう。何となく適当に共存、という感じだろうと思われる。上下関係もくそもない、というわけですね。

 ところが、昭和あたりからちょっと事情が変わってきた。適当にはまずい、ちゃんと飼いましょう、ってまずなって、犬は外で飼うなら鎖でつないどけ、狂犬病の注射をしろ、というお上からのお達しがきつくなってきた。で、鎖でつないで飼うなんてかわいそうだなあという事で、室内飼い、なら躾しなくちゃ、というところに西洋式のしつけが入ってきた。リーダーにならなくちゃいけない、で、言うことをきかせないと、というのは、完全に「使役」目的の訓練法です。

 この西洋人が西洋の犬にずうっとやってきたしつけ法というのが、日本の犬には全く合わなかったのだ。今までマイペースで適当に人間と共存してきたのに、いきなり「座れ」とか言われて、ポカンとしていると「こいつは分かってない」とやられて、「しつけなきゃ」とポカポカ叩かれたりする。今まではうんちもシッコもその辺に適当に済ませてOKだったのに、なぜか、「ウンコするな、シッコするな」(トイレをしつけようとしてダメ出しすると、犬はその「場所」が抜け落ちた理解をします)と言われて、我慢できずにその辺にすると、頭をその場に擦り付けられて怒鳴られる、ってなことを繰り返されたら、誰だって「理不尽だ」となりますわね。で、ちょっとしたことでも身構えて人に咬みつく犬が出来上がり、となってしまったのだ。

 一方、このしつけ法は、他ならぬ「日本人」にも全く向いていなかった。なぜか?日本人は「リーダー」なんぞになれるタマじゃない、人が大多数だから。これがさらにトラブルと混乱を生むようになった。やりつけない事を無理してやると、ろくなことにならない。
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問題行動

2018年03月17日 | 仕事
といわれているものについて、じゃあそれがどのような要因で「つくられるのか?」を考えてみると、こんな感じになりそう。



くくりは3つ。「犬」「飼い主」「環境」ですね。1つづつ検証してみましょう。

1)「犬」

 もうシンプル。何しろ動物です。単純なのだ。品種・ガタイ・本来の性格ーこれはかなり、そもそもの品種に依存しています・それに「今までされてきた事」が加わる。今までされてきた事に対して、前3つに基づいて行動しているわけ。

 例の「訓練所」にいた犬に、ある「品種」的な特徴がありそうなんだけど、お気づきでしょうか?原則「柴犬」あるいは「柴犬の雑種」というのが一番多い。若干ポメラニアンとかシェパードとかもいたけど、ほとんどが「雑種」というか、日本犬チックな外見の犬で、サイズ的には10㎏越えというところか。

 今までの自分の経験上も、トラブルになるのは、圧倒的に柴犬・または柴系の雑種が多い。次がゴールデンレトリバーの雄。追加してフレンチブルドッグやブルテリアのような犬。これには、明確な理由があるのだ。

 柴犬や日本犬の雑種については、他の犬種とはバックグラウンドの事情がだいぶ違うので、後で述べるとして。

 ゴールデンレトリバーなる品種は、シベリアンハスキーが大流行(これは、「動物のお医者さん」という罪作りな漫画の影響ですけど)から廃れてきて、保健所がハスキーだらけになった頃、でも、大型犬を飼いたい人たちが飛びついた犬だ。これの親戚のラブラドルレトリバーが盲導犬やら介助犬やらできびきび働いているのを見て、もうちょっと見てくれのいい犬、という事でゴールデンがはやったんじゃないかと思う。「おとなしくて躾がしやすくて」という見込みもあったでしょう。
 しかーし、それが大外れ、で困り果てるというケースが相次いだ。日本の一般家庭に大型犬は、基本的に「無理筋」なのだ。

 どういう事か?ここで「ガタイ」の問題が出てくる。ゴールデンやラブラドルという犬は欧米では、まだ「中型犬」扱いされちゃうんだけど、その理由は欧米人がグローブみたいな馬鹿でかい手を持ってて、そもそも欧米人のガタイが全然我々アジア人と違う、から。彼らは従って、犬に力負けしない。それから、背も高いから、犬に飛びつかれる程度でひっくり返るなんてことはないのだ。それに、土足で家を出入りして一日中靴を履いている彼らは、犬の「土足」にたいしても極めて鷹揚である。同じ理由で、彼らは床に物を置いたり、床にじかに座ったり、という事はしない。背が高いから、テーブルや椅子も背が高い。犬の顔も届きにくい。うまい具合に生活圏を分けることができる。

 ところが、日本人は違う。いいとこ170㎝位しかない我々にゴールデンの雄(30㎏以上ある)がワ~~イと飛びつくとどうなるかというと、後ろにひっくり返って頭を打つ。3㎏位の犬なら飛びついたって「まあ可愛い」で済むのに、30㎏の犬が同じことをすると「悪行」になってしまうのだ。
 ゴールデンには立派な尻尾がある。それを嬉しくて振り回すとどうなるかというと、コタツの上の物がすーべーてーなぎ倒される。コタツの上に食べ物を置くと、犬の真ん前に旨そうな食べ物が陳列されることになってしまう。誘惑が山ほど、やってはいけないことが小型犬の数十倍になるわけ。

 まあ、なんという理不尽

 それから、これは「品種」としての特徴になるが。「レトリーバー」という言葉の意味だが「retrieve:レトリーブ:回収する」からきている。狩りの獲物を回収するのが本来の仕事で、そのためなのか、とにかく何でもくわえてしまう。それだけならいいが、必ず齧る・壊す・家中をかじり倒してメッチャクチャにしてしまうのだ。子犬は基本的になんでも齧りたがるが、レトリーバー系の犬はそのレベルが最大級。大型犬だけに、やる事が凄まじい、と判断される。
 そのために犬に家をぶっ壊されて怒り心頭、という人が多く出た。元々そういう犬なんだからしょうがないでしょう、と言うのだが、そんなこと知らなかった、おとなしいと思ってたのに、と言い募った人たちが犬とケンカして、険悪になった挙句、犬を庭に追い出すそしたら今度は庭の土を掘り返しまくって南半球まで掘り進もうかって勢いになる。立派な芝生をめちゃくちゃにされて、さらに怒りが爆発、というパターンでしょうか。庭にも彼の安住の地はなくなって、で、最後は飼い主に咬みつくことになる。

 フレンチブルドッグやブルテリアの場合はどうだろうか。サイズ的には、日本人の手にぎりぎり負えそうなのだが、そうはいかない点がある。元々「闘犬」だったということ。闘犬上がりの犬だから、カッとなると手に負えなくなる。ブルテリアは、困ったことにその「カッとなる」のが表情から把握しづらい。熊もそうなのだが、無表情で怒る。ので、飼い主側からすると「いきなり本気で咬んできた」ということになるのだ。ピットブルテリアはその最終型。根っからの闘犬でケンカ慣れしてしているところへもってきて、テリア系の犬に特有の敏捷さがあるので(テリアからすれば、我々人間はスローモーションで動いているように見えるでしょうなあ)出し抜くのも上手い。これもね、そもそもそういう犬なんだから、しょうがないでしょ、となっちゃうんだけども。フレンチブルドッグの厄介な点は体形にある。ずんぐりむっくり、というガタイは可愛らしいのだが、取り押さえようとすると、あれほど難しい犬はない。なにしろエリザベスカラーを付けられないのだから。で、口がやたら大きいので、いざ攻撃モードに入られると、飼い主がどうにかするのは至難の業なのだ。
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2018年03月14日 | 仕事
の問題行動、と呼ばれているものって、しかし、いったい何なんだろうか?実は、これも色々と揺れ動いているのだ。

 訓練所に持ち込まれてた、ギャンギャン吠えまくって飛び掛かりかねないような暴れ犬、昭和の家の庭先ではかなり普通だった。実家の近く(一応首都圏のベッドタウンだったが)の家で、庭で離されている犬なんか、自分とこの通りを人が通るたびにキチガイみたいに吠えまくる、というのがごく普通で、当時はおっかねえと思ってはいたが、それを「悪犬だ、ダメ犬だ、しつけがなってない」とはそうそう言われてなかったんじゃないかな。まあ、近所では内心うるさいなあと思う人はそこそこいた可能性が高いが。
 そういう犬が、平成ではダメ犬として、訓練所に放り込まれちゃう。

 つまり、「問題行動」なるものは、その時々の人の判断基準のみで作られているわけだ。これは、かなり不公平です。

 動物病院を始めて、いわゆる「問題行動」なるものの相談を受けるようになってきたのはいつ頃だろうか?どうしよう、と言われることも増えてきて、本も読んだし、しつけ講習を受けてみたし、まあ色々やりましたね。本当に考えた。で、気が付いたことがある。

 しつけで困った、と言ってくるのは、ほぼ全員「犬の飼い主」なのだ。「猫の飼い主」は皆無、といっていい。どうなってるんだろうか?猫だって、野良猫みたく懐かない、あちこちで爪を研ぎまくる、おしっこを家中にかけまくる奴、噛みつく奴も、いやもっと獰猛な猫もいる。けど、飼い主はへらへらしている人が多い。「うちの子はこんなだから」で済んじゃう。のに、犬の飼い主は深刻顔になって、下手をするとノイローゼみたいになってしまう。なぜだ

 おそらくは、犬は「しつけしてヨイコにして飼わなくちゃならない」という変な掟が社会に出てきたからじゃないでしょうかね。犬なんて、可愛けりゃいいじゃないかと思うんだが。

 で、さらに分かってきた事。犬の「しつけ」というけれど、飼い主の「困った」ってすごくシンプルなんですよ。結局この4つに集約されるとみていい。



 なあんだ、でしょ。しかも、これって本来、犬ならどんな犬でもやること。これを全面的にやめろというのは「犬やめてください」というのと同じことなのだ。しつけの目的がそれなら、もう、犬を飼わなけりゃいいじゃない、となります。

 最近、犬の飼育頭数が減ってきているのは、この辺をみんなが理解しつつある、という事かも知れない。
 
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「プロフェッショナル 仕事の流儀 ワンちゃんスペシャル」

2018年03月13日 | 仕事
の、訓練士に対する意見、その2。対抗意見を述べます。

 「犬を更生させる」というナレーションで笑っちゃったんだ。アホくさ。犬に善悪の感情なんぞあるはずないっしょ。更生ってどういう意味じゃ
つまり、この番組を作っている側が勉強不足なんですよ。刑務所かっつの。犬はただ、状況に対応しているだけなんですね。まあ、犬にとっては「刑務所」かもしらんなあ、この訓練所。環境は劣悪っぽいし、いつおっさんに怒鳴られるか、殴られるかわからんし。どうしたって、おっさんの一挙一動に注目せざるを得ない。で、びくびくしつつ、とにかく言う事を聞いてりゃいいらしい、という事をそれなりに覚えた犬が「更生」した、とみなされる。わけね。で、「更生」できなかった犬は、この場所で終身刑ってことかあ。

 この訓練所らしき場所の問題点を挙げると。
1)環境が劣悪:別に成田空港の犬ホテル並みにしろ、というわけじゃない。しかし、一応預かりものをよくまああんなきったない場所に置いとけるなあ、と感心。ワクチンは打ってるようだが、寄生虫はそれでは防げない。TVには映らないから分からないが、おそらく相当臭いはず。匂いに敏感な犬だと、それだけでノイローゼになりかねない。
2)記録を取っている節がない:犬のいわゆる「問題行動」は犬側からするとちっとも「問題行動」じゃない。悪意でもって何かすることがないのが動物で、犬側からすると、どの行動にも、ちゃんとした「理由」がある。しかも、その理由は結構単純なことが多い。それは、飼い主から詳細な問診を取って、さらに、犬の状況をきっちり記録しているうちに見えてくるもの。「更生」が目的だと、その辺の対応が雑になる。記録してないから、時間がかかるわけ。状況分析ができてないんだもの。
3)扱っている犬の数が多すぎ:人ひとりで扱える動物の数は、自分のようなプロでもいいとこ5匹。きちんと状況を把握して記録を取って、となると、その辺が当然限界になってくる。完全にオーバーフローです。多頭飼育崩壊寸前にも見える。1匹に関わる時間はかなり少ない筈だから、当然成果が上がりにくくなるよね。

 さて、当院ではどうでしょうか?
 爪切りするのに大苦労する犬なんか、ゴマンといますよ。普通です、こんなの。しかも、うちには助手なんかいません。自分と飼い主のみ。で、爪切りは、できますんですよ~~。飼い主に捕まえてもらって爪切りしまーす。飼い主の方に捕まえてもらうというのがポイント。飼い主の皆様には、自分とこの犬を扱う自信を持ってほしい。これは、飼い主が自分で見出さなくちゃならないし、その方がやりがいもあるってもんです。犬には、ちっと大人になっていただきます。大丈夫、うちでは、あんたが予想するほどひどい目には逢わないから。それを理解すると、落ち着いてくれる犬多し。

 で、あの訓練士のおじさんは、猫を扱うことはできないと思うんだ。猫、あの方法でやったら、殺しちゃうと思うよ。猫の爪切りのほうが断然大変なんだけど、うちではやってます、普通に。どの飼い主さんも頑張って協力してくれますし、できるようになるのだ。悪いけど、訓練所なんぞにお願いする必要なんかないよ。 

 

 
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「プロフェッショナル 仕事の流儀」

2018年03月13日 | 仕事
という番組がある。NHKが各仕事で当代一流とされる人達に取材して、その仕事ぶりを紹介するもの。今年1月29日には「ワンちゃんスペシャル」と称して、トリマー・獣医・訓練士の3人を取り上げていた。
 確か、この番組が取り上げようとした矢先に逮捕されちゃったコンピューター関連の人物がいましたよね。予告編までやってて、本編放映直前に逮捕、ちょっと危なかった~~、とNHKは思ってるかもねえ。

 大体、自分の仕事がらみの「スペシャリスト」なる人をテーマにした番組は見ない。あまり勉強になることもなくて、困ったなあと思う事が多いのだ。動物園なんかは面白いんですけど。ので、詳細はよくわからないのだが、この放映回に出た訓練士の訓練手法について、どうやらかなり議論が起きたようで、自分の大学の獣医科同窓会でも「あれどう思う?」という話が出たし、日本獣医動物行動研究会が体罰に対する声明を発表する、という事態になっている。無視できそうにないな、と思って、とりあえず、動画を探して見てみた。



 あーなるほどね。

 さて、この訓練士さんと同じようなセリフをどこかで聞きましたねえ。「戸塚ヨットスクール」ですよ。「自分は悪者になっても」かあ~~。うわ―自己満!!

 戸塚さんは日本全国から困り果てている親が送り込んできた「問題児」とされている子供を預かってビシバシスパルタ指導をやって、その体罰が高じて死者まで出して逮捕されて、でも、結局考えは変えてないし、信奉者も相変わらずいて、いまだ存続してる。体罰でもってしつけ、というのは、ものすごーく「魅力的」らしいっすね、一部では

 こういう訓練所なる場所の問題点多々あるんだけど。動物に対する体罰を伴う「躾」と称するものと、児童虐待・DV・パワハラ・セクハラ等々、根本は同じと見ていいんじゃないかと思う。一番深刻に捉えらているはずの児童虐待だって「こうやらなくちゃしつけにならない」と考えている人間は相変わらず多い。これはね、戦争が悪いと思ってるんだ。戦争で兵士間の変なきまりをいろんなところから来た色んな社会的立場の男どもに分からせ、守らせるには、暴力を使った方法が最も浸透させやすいから。戦争の悪行というか、悪影響ってとんでもない場所にまで及んでいるんですよ。腹立つよなあ。もっと腹立つのは、そういうのをどうしても礼賛する方向にもっていきがちなメディア。同じ舌で「虐待やめましょう」なんて言うなっての。

 この件については、ちょっとガンガン言いたいので、しばらく連載します。
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ブルーレイレコーダー

2018年03月03日 | 
 というのを買ったのはいつだったっけ?おそらくは3年くらい前なのではないかと思う。全く使ってなくて。
 その理由は、「映らないから」。なんとかいうケーブルを繋いで、よっしゃこれで映るぞ!と思ったのに映らない、で、色々試すのがメンドー臭くなっちゃったんですよ。

 今まで、どんなレコーダーもプレーヤーも、とにかく管を繋げば軽く映るし、困ったことなんかなかったのに~~~。で、もういいや、番組を見たけりゃその時にTV前に座ってりゃいいんだし、だめならPCで見ればいいや、となっちゃってたんですよね。で、新品なのにお蔵入り、というおかしなことになってしまってた。くっそ~、今まではなんとか時代の変遷についていけている、とうぬぼれていたのに、ここで脱落かよ~~、としょんぼりしつつ。

 さてこないだ、入間ケーブルの人が来た。なぜ来たかというと、よく分からないのだが、なにかケーブルを交換するとかなんとか・・・・・「光回線」にする、のかなあ?で、旧来のケーブルをいまだ使っている連中に注意喚起、ということらしい。「何回かご案内しているはずなんですが・・・・?」「うーん、きっと、めんどくさかったんじゃないでしょうかね」という実りのない会話の次に、TVを実際に見るというので慌てた。ちょっと待て、全然掃除してない上に、取り込んだ洗濯物が山盛りになってるんですけど~~。それをなんとか別の部屋に放り込んで、TVを見てもらう。ついでに、こないだ確か、チューナーを交換してほしいってお願いしたんだけど、それっきり応答がないのだ、という話をしたら「あー多分機械の在庫がなくなっちゃったんじゃないでしょうかね」との事。それよりも「HDMI回線は、このTVにありますか?」と聞かれて、「多分あるような気もするけど・・・・」と言って、新品なのにお蔵入りのブルーレイレコーダーの件について、聞いてみた。

 「リモコンあります?」と聞かれて、さてどこにあったか・・・・?もうね、どれがどのリモコンかも分からない。何とか見つけ出して渡す。あれこれその方がいじくってくれて、「初期設定ができてないからですよ」という情けない話が・・・・・。なんすか、その「初期設定」って?とにかく画面に出てきたとおりに打ち込めば、初期設定が出来上がりで、「ほーらもう映る」。確かに。ケーブルの人の言うことには、HDMI回線のうち一つがブルーレイ・もう一つがクロームキャストで埋まってて、しかし3つ目が(多分)あるから、それにチューナーを繋げればOKです、とのこと。クロームキャストはどうしたんですか?と聞かれたので、使い方がわからず放置してある、というさらに情けない話をする。「お使いのwifiのパスワードを設定すれば、使えるようになりますよ」と言われたのだが・・・・・。この辺で今回は終了してしまった。

 ので、次回、チューナーの交換に来てくれた人を拝み倒してクロームキャストも使えるようにしてもらおうと思います。結局分かってる人に頼むのが一番楽なのね、最近は・・・・・。

 
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獣医

2018年03月01日 | 仕事
になんでなったんですか?という質問。はて、どのように答えたものか?困ってたんですが。基本は主に金のためですけど。仕事ですから。ご高尚な理由なんかない、んですが。

 最近、あーそういえば、と思い出した事。

 あれだ、子供の頃、例えばガッコの飼育委員会。例えば、家で飼ってた猫とか鳥とか。子供心に、「大人ってのはロクデナシだ」というのを動物をきっかけに刷り込まれましたねえ。
 というのも、死んじまったり病気になったりしたときに、全くもって、「納得のいく対応」をしてくれなかったから。

 それは、当時の獣医も同罪ではある。なにしろ、昭和の獣医療って、フィラリアの予防一つ満足にできない、血液検査なんぞ無理、なーんて状況だったから、当然、病気の診断もできない、従って、きちんとした治療なんかできるわけもない。

 で、当時の大人ってのは、結局そういう獣医に連れてくのもめんどくさかったんでしょうかね?救急箱のテキトーな薬をテキトーに飲ませたりして、ほーれ治ったじゃないか、とかやってましたっけ。しまいに治らなくなると「猫は死ぬときは姿を消すもんだ」とかいい加減なことを言って誤魔化すし。大人が飼うのを面倒になると、金魚ですらそこらの池とかにぶん投げてましたっけ。動物を「捨てる」のはしょっちゅうでねえ。しかも、子供に「捨ててこい」って言うからなあ。自分で問題解決するのを放棄するわけよ、大人の分際で。

 だもんで、ずうっと なーにが「命を大切にしましょう」だよ!と思ってた。

 ので、納得がいくようにしよう、ってことで、獣医になったんだな。大人がぜーんぜん当てにならんから。

 おかげさまで、うちの場合、患者さんの病気は、ほぼ全てきちんとした診断名がつく、ほぼ外れなし。従って、治療も外さない、から、長生きするんでしょうね。

 で、今でも、大人世代(つまり、自分より上の世代)は大嫌いですわね。勝手なことばかり言いやがって、ふざけんな、というね。この世代は、結局自分しか大切じゃないんですよ、きっと。他は子供でも動物でも、どうでもいいんでしょ。

 ただ、そうじゃない人も少数いるわけで、そういう人のために細々と仕事してますがね。

 
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