TOPが長年にわたって多くのファンはもとより、ミュージシャン仲間達からも人気が絶大なのは、そのセッションワークの多さにも如実に現れています。
その数はなんと300を超えるほどだとか!!
日本のミュージシャン達とも実は共演をしているのですよ。
古くは美脚の実力派シンガー、故・朱里エイコから(彼女の歌を聴いて気に入ったTOPサイドからの熱烈ラブコールだったそうです)1987年には中村あゆみのアルバム「SMALLTOWN GIRL」がありますが、特に有名なのが
不遇時代のRCサクセションの名盤「シングル・マン(11曲入り)」と、ムッシュこと、かまやつひろし「ああ、我が良き友よ(14曲入り)」の2枚。
1974年に公演のために来日していたTOP。
それを知ったムッシュはTOPのプロモーターの知人に「俺のアルバムにTOP参加してくれないかなあ・・・」と駄目もとで掛け合ったそうです。ところが意外なことにこれがスムーズにオーケー!
さあ、焦ったムッシュ。肝心の曲がないために即座に簡単なコード進行をこしらえて作詞、歌メロを完成させます。
早速スタジオ入りしたTOPのホーン隊には「ここからここまでが歌」と構成を説明してレコーディング。
そしてあの知る人ぞ知る日本ブルースロックの試金石ともいえるハードボイルドな名曲「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」が誕生したのでした。
ムッシュの渋いトーク調ボーカルのバックで延々控えめに淡々と吹き鳴らされるホーンセクション。
途中サックス・ソロまで飛び出します。この傑作はアルバムの最後を大人のムード満載で締めくくってくれます。アレンジはグレッグ・アダムス。
そして、ムッシュとの録音を終えたTOPホーンズはその足でRCサクセションが待つ次のスタジオに移動します。
「シングル・マン」に何故TOPが参加したのか、詳細を掴めてはいませんが(星勝の人脈濃厚か?!)完成した音源を聞いた忌野清志郎は正直いって不満だったそうです。
理由は、「音がキッチリとまとまりすぎていたから」だとか・・・・。
もっと時間に余裕があって、じっくりと取り組むことが可能な状況であったならばどのような結果になったのか、想像しただけでワクワクしますね。