七部袖オフィシャルTシャツです。
アメリカ製品、サイズはXL
メーカーはSIGNAL
正面は地球が中央に描かれていて86/87WORLD TOURと記載。
世界規模であることをデザインで表していますね。
背面は豪快にブルーのシカゴ・ロゴが斜めに描かれています。このくらい思いっきりの良いのは大歓迎です。
このTシャツは、私がシカゴ大好き人間であることをよく知っている後輩が札幌の古着屋からわざわざ探し出してきてくれた1枚。持つべきものは後輩です!
七部袖オフィシャルTシャツです。
アメリカ製品、サイズはXL
メーカーはSIGNAL
正面は地球が中央に描かれていて86/87WORLD TOURと記載。
世界規模であることをデザインで表していますね。
背面は豪快にブルーのシカゴ・ロゴが斜めに描かれています。このくらい思いっきりの良いのは大歓迎です。
このTシャツは、私がシカゴ大好き人間であることをよく知っている後輩が札幌の古着屋からわざわざ探し出してきてくれた1枚。持つべきものは後輩です!
故・ビルグラハムによってアメリカで立ち上げられたロックの殿堂「フィルモア」
ロック界に新しい波が続々と押し寄せる1967年から1971年の5年間にかけてのこと。
そこには数多くのニューロック、スーパーグループ、プログレッシブ、ラテンロック、フォークロック、ブルースロック、ハードロック、カントリー、ジャズロック、そしてブラスロックバンドなどが英米からこぞって連日出演。
まさにロックの歴史が凝縮されたかのような布陣。
イギリスからはツェッペリン、ジェフ・ベック、ジェスロ・タル、クリーム、地元アメリカからはジミ・ヘンドリクス、グレイトフル・デッド、サンタナ、ジェファーソン・エアプレイン、マザーズ、ジャニス・ジョプリン、GFRなどなど・・・・。
物凄い顔ぶれですね!!
そのライブ・ハウス「フィルモア」が幕を閉じようとした時、一つの提案がなされました。「この最後のフィルモアを音と映像に残して耀ける遺産にしよう!」と。
映画のほうはDVD化されていますが、写真はCD2枚組「フィルモア最後の日」輸入盤とレコード発売時チラシ。ちなみにLPは3枚組。
ここに収録されている音源は、もちろんここでしか聞くことができない超貴重なモノ。
収録アーティストはといいますと、エルヴィン・ヴィショップ、マロ、イッツ・ア・ビューティフルデイ、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サービス、ボズ・スキャッグス(もちろんAOR前で長髪!)、コールド・ブラッド、ニュー・ライダース・オブ・ザ・パープル・セイジ、グレートフル・デッド・ホット・ツナ、サンタナ、タジ・マハールなど。
ここにタワー・オブ・パワーとシカゴ加入前のビル・チャンプリンのバンド、サンズ・オブ・チャンプリンの熱い演奏を1曲づつ聞くことができます。
TOPは「BACK ON THE STREETS AGAIN(6:33)」、サンズ・オブ・チャンプリンは「PAPPA CAN PLAY(4:57)」を演奏。
封入されている豪華32ページブックレットが物凄い貴重な資料としてじっくり楽しむことができます。
レアなフォトと1965NOV6~1971JUL4までの出演アーティストがビッシリ。
さすがにライブバンドTOPはあちこちに名前を発見することができます。
シカゴは初期の頃は「シカゴ・トランジット・オーソリティ」として記載。
彼らの弟バンド、MADURAとのジョイントライブの日もあります。もちろんブラスロックバンドは他にも大挙出演していますよ。
BS&T,LIGHT HOUSEなどなど。
中にとじられているカラーポスター群もその斬新なサイケデリック調なデザインで人気を博していました。その一部がカラーで紹介されていますが、ここでもCHICAGOの文字を発見。
いやはや絶対的永久保存版ですね。
ところで、TOPデビューのきっかけは、このフィルモアと大きな関係があるのです。
ある日、ナイトクラブでTOPの演奏を見て感動した音楽関係者が早速ビル・グラハムに紹介。
おおいに気に入られた彼らはサンフランシスコから一躍大舞台へとステップアップを果たすのです。
1970年5月30日フィルモア・ステージでのこと。なんとあのジミ・ヘンドリクスの前座!
ただその時のライブはカーテン前だったあ。
この扱いって、あんまりじゃあないか!!とビルに文句をつけたTOPマネージャー。
ビルもさすがに申し訳なく思ったのか「なんとか穴埋めをするから・・・」と、いうことで彼のレーベル「サンフランシスコ」から晴れてTOPデビュー作「EAST BAY GREASE(1970年)」を発売することになったのです。
HANES製品
size L
MADE IN U.S.A.
1988年にリリースされたシカゴ19に伴うツアー「ヴィクトリアス」用のグッズTシャツ。
正面のシカゴ・ロゴハはエンボス風。
左のメンバー7人フォトは「19」内におけるカラー写真を白黒に加工したもの。
背中にはツアータイトル「VICTORIUS TOUR 1989」の文字入り。
実はあまり知られていませんが、シカゴのアルバムにDOCがHORNSで参加しているのですよ。
1990年発表の「TWENTY1」がそれ。
彼らはあえて「21」とは呼んでいませんが、実質的には「21枚目」のオリジナルアルバム。
シカゴもいい加減に16収録の「素直になれなくて」で奇跡の復活後、ずっとバラードヒット量産バンドというあまり嬉しくない看板にうんざりしていた時期の盤。
多少のマンネリ感は否めないものの、決して駄作などではなく、どの曲も実に素晴らしい完成度。堂々たるクォオリテイですよ。
シカゴ自身はあまり高く評価していないのが残念です・・・・。
このアルバムからジェイソンの旧友でもあるドウエイン・ベイリーが正式メンバーとして迎え入れられています。彼はボブ・シーガー&ザ・シルバー・バレットのメンバーとして活躍していた実績があります(ここには元GFRのドン&クレイグも在籍)。
そしてショッキングなことにシカゴのオリジナルメンバー、ダニー・セラフィンが解雇されて、サポートメンバーとして元キーン(ジェイソンが在籍していたTOTOの弟バンド)からジョン・キーン、そしてケニー・ロギンス他数多くのバンドを渡りあるいていたトリス・インボーデンがサポート・ドラマーとして参加。後にトリスも正式メンバーとなります。
他にもロビー・ブキャナン、トム・キーン、スティーブ・ポーカロ、マイケル・ランドウ、そしておなじみデヴィッド・フォスターが客演。その中にSTEPHEN’DOC’KUPKAの名前もクレジットされています。
プロデュースとエンジニアはロン・ネヴィソン。
写真は国内盤のサンプル、アメリカ盤、デビュー40周年記念最新リマスター紙ジャケットSHM-CDボーナストラック1曲入り国内盤の3枚。
全12曲入り(紙ジャケ盤のみ13曲入り)