世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

大学の生き残り

2015年02月06日 | 教育
少子化に伴い大学生の数が減っている。

多くの大学は生き残りをかけて学生集めに必死だ。


日本が生き残るためには移民が必要なように、

大学もより多くの留学生を受け入れていかなければならない。

つまり、大学のグローバル化の促進だ。


だが、多くのローカル大学、とりわけ私立大学は、

その受け入れ態勢ができていないのが現状である。


大学の魅力もさることながら、

リクルーティングも十分になされていない。



その他課題は多い。

まずカリキュラムの問題。

それに伴う英語による授業。

外国人教員の確保。

国際的な大学等間の共同・連携。

秋季入学制度の採用などなど。



大学が留学生を受け入れるに当たっても、

現在は、研究室の教員に留学を希望する学生が

eメールなどで直接コンタクトをとる方法が一般的で、

受入れ後も教員個人に依存した体制となっている。


このような個人依存の受入れ体制から転換し、

組織的な受入れ体制を構築する必要がある。


そのためには、アドミッションオフィスといった留学生の受入れについての専門的な組織を整備し、

国際交流に関する知識・経験を有し、

英語をはじめとした外国語を使うことができる専門職員や

学問・生活面でのケアを行う相談員を配置することが求められる。


その上で、生活支援

国からの奨学金制度、

宿舎の整備

さらには、卒業後のフォローアップの充実などと課題は尽きない。




昨夜、某私立大学の教授と飲見ながら、ざっくばらんな話をした。

そして、東南アジアからの留学生をもっと受け入れるよう促した。


日本に留学したい希望者は多い。

問題は日本の大学側のハードルが高すぎることだ。


上記の課題をクリアすることをお願いして、

東南アジア、とりわけベトナム、カンボジアのリクルートに関しては引き受けることにした。


東南アジアの優秀な人材を受け入れていかないと、

日本の大学のみならず、日本国全体が衰退することは目に見えて居る。


大学改革にも一石を投じよう。
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2月5日(木)のつぶやき

2015年02月06日 | 福祉
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夢の連鎖

2015年02月05日 | 海外事業
それはミャンマーのケータリング事業の話しから始まった。

創業65年以上になる郷土料理の老舗の社長さんが興味を示してくださった。


話題はミャンマーの事業にとどまらず、お互いの夢を語り合う格好で進んだ。

ボクの納豆レストランの話には興味を持たれたようだ。

少し望みがつながったような気がした。


彼は、熊本城の江戸時代から伝わるお殿様の料理を提供している。



そこで、他の城下町の伝統料理を集めて「歴食サミット」と銘打って山口でイベントを開くそうだ。


それを、世界でも開催したいという。

ではアジアでやりましょうということになった。


カンボジアもタイも王国だ。


ベトナムにも中部の古都フエにも宮廷料理なるものがある。




フエ 宮廷料理



ベトナム中部地方にはベトナム最後の王朝「阮朝」が栄えていました。

現在では世界遺産にも指定されている阮朝王宮には13代続いた阮皇帝が長らく政権を握っていました。

その時に皇帝や皇族が食べていた料理は「宮廷料理」と呼ばれ、

現在では高級料理の一つとしてベトナム人及び外国人観光客から親しまれています。


とベトナム情報誌にある。


こうしてお互いの夢がつながり、実現へ向けて歩み始める。


地方の夢は全国へ広がり、世界へ飛び出す。

そのお手伝いができることがまた嬉しい。



【追記】


一人で見る夢もいいけど、

二人、三人とみんなで共有できる夢ならもっと楽しい。

夢をつなぎ合わせる、夢を重ねることで何倍にも膨らむ。


あるいは化学変化を起こして形を変え、

想像もしていなかった新たな夢が生まれる。


自分の夢を語ることも楽しいが、

人の夢を聞くこともまた楽しい。


そして、共有し、共に歩み、共に実現できればこの上なく幸せだ。

広げよう、夢友の輪。
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2月4日(水)のつぶやき

2015年02月05日 | 福祉
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日本の英語教育の現状

2015年02月04日 | 英語
中学生英語の家庭教師をボランティアでしている。




それで改めて分かったことがある。

今に始まったことではないが、日本の学校における英語教育はお粗末すぎる。

全くの進歩がない。

これじゃあ、いつまでたっても日本人の多くが英語を話せるようにはならない。


英語は話せて何ぼだ。

どんなに文法を理解していても、単語(語彙)を覚えていても

話せなければ意味がない。




話すためにまず大事なのは、発音(Phonics)だ。

このフォニックスをなおざりにして英会話の上達はあり得ない。

それなのに、そのフォニックスを教える先生がほとんどいない。

ALTも圧倒的に不足している。



それが今の日本の英語教育の現状なのだ。



元駐日アメリカ大使であり、ハーバード大学教授であった

エドウィン・O・ライシャワーさんはいう。(演説から抜粋)
===

I believe Japan has to put more emphasis
on correct pronunciation from the very beginning
if students are going to achieve a mastery of spoken English.

私は、日本でもし学生に会話をマスターさせたいというのであれば、
英語教育の最初の段階での正しい発音の学習に
もっと力を入れるべきだと思うのです。

(略)

What often happens in Japanese education,
I am afraid, is just the opposite.

日本の教育では、残念ながら、
しばしば正反対の状況が起こっています。

It is hoped that pronunciation will gradually improve
in later years and that in time the student will also acquire
an ability to express himself,
even though these points are not much stressed in the early years.

発音はそのうちよくなるだろう、
そのうち学生は自分を表現する能力も
身につけるだろうということで、
早い段階ではこれらの点はあまり強調されないのです。

I think the special difficulties
which face Japanese students force almost the opposite approach:


日本人の学生が向き合うことになる問題は、
正反対のアプローチを迫ってきます。


that the early emphasis should be on mastering the phonetic problem
and solving the problem of self expression in English.

つまり、初期の段階では
音声の問題をクリアにすること、
それから英語での自己表現ができるようにすることです。


Mastery of advanced grammar and vocabulary can be built up gradually
as one goes along,but the fundamentals of phonetics and of process
in Japan has resulted in considerable mastery of reading
on the part of the students, but little mastery of self expression.

高度の文法や語彙については、
その後次第に積み上げていけるでしょうが、
音声の基本や自己表現の能力は
最初に身に付けなければなりません。


Because of Japan's special needs for communication,
it would seem to me advisable to put the emphasis the other way around
and to start with the oral approach rather than
with the reading approach.

この反対のプロセスで進んできた結果、
日本では学生が英語読解力はかなり習得するものの、
表現能力はほとんどないということになっています。

日本が特にコミュニケーションの
必要に迫られていることを考えると、
私は力点の置き場所を変え、
まず英語読解からではなく、
音声教育から始めることが望ましいと思います。




ボクが留学もせず、英会話スクールに行かず

英語が話せるようになった経験からも、

このライシャワーさんのお話は全く的を得ている。


スペルよりまず発音。

読解力より自己表現力を。


だからボクが日本の英語教育に一石を投じよう。

塾に通えない中学生の家庭教師、無料でしています。

ご希望の方はご連絡を。

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2月3日(火)のつぶやき

2015年02月04日 | 福祉
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ISISに思う

2015年02月03日 | ライフスタイル
1960年代から70年前半、

日本がテロリスト国家であり、

ボクもささやかながらその一端に組していた。


艱難辛苦の末念願の大学に合格したボクは

早くも大学のあり方に失望していた。

そうした状態のボクをオルグして洗脳するにはいとも簡単だっただろう。


過激な行動は社会への不満から端を発する。

あるいは個人的怨恨、嫉妬など。


世直し、悪魔の退治。

往々にして、それが正義だと思い込む。


当時のボクもそうだった。


     エジプトで活動していたころ

仲間もみんなテロリストとして世界へ散っていった。


約40年前、高校の友人だったY0.T.はこともあろうか日航機を乗っ取り北朝鮮へと亡命した。

俗に言う「よど号ハイジャック事件」だ。

一歩間違えば、ボクが乗っていたかもしれない。


そしてその2年後には、同郷の出身者K.O.がイスラエルのテルアビブの空港で

乱射事件を起こし26人を殺害している。(日本赤軍)

なんと、先日起こったフランスの雑誌社、シャルリー・エブド襲撃事件の倍以上の人が殺されているのだ。


その 2年後にも日本の武装過激派はクェートで大使館を占拠、

丸の内のビジネス街では、爆弾で何人もの罪無き人を殺害した(東アジア反日武装戦線)。

この時、ボクは現場のビルの中にいたが、九死に一生を得た。


さらにはダッカでもハイジャック事件を起こし、身代金と人質釈放を要求している。


当時は日本国内はもちろん、世界各地で日本人がテロを起こし、

日本は歴としたテロ国家だったのだ。


当局にマークされていた(?)ボクは

日本にいれなくなってキューバへの亡命を企てた。


そんな時代が日本にもあったし、

ボクの青春時代の一ページでもあった。


それもこれも社会に不満を持ち、

革命によって理想の世界を作るという正義漢に燃えていればのことだった。


一歩間違えば、

ボクは北朝鮮にいたかもしれないし、

キューバで暮らしていたかもしれない。


はたまた、丸の内の三菱ビル爆破事件で命を落とすか、

総合商社を辞めずに働いていたら、

ニューヨークのワールドトレードセンターでテロの餌食になっていただろう。


世界一周の途上、

モロッコでイスラム教徒の強漢に襲われ、ナイフで刺された。

あれはラマダーンの時期だった。

いま生きているのが不思議なくらいだ。


人生に、たら・ればは禁物だが、今思えばゾッとする。


ISISが世界中に脅威をふるう状況を見てふと当時の自分を思い出してしまった。

なぜ、世界中の一部の若者が彼らに組するのか。

理由は案外そんなところにあるものだ。
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2月2日(月)のつぶやき

2015年02月03日 | 福祉
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神様からのプレゼント

2015年02月02日 | ライフスタイル
それは神様からのささやかだけど素敵なプレゼントだったのかもしれない。


始めて参加するダンスパーティの朝、

放射冷却現象で冷え切った真っ青な空の下、ボクは迎えのバスが来る場所へと白い息を吐きながら急いでいた。


集合場所の一角にはすででに10人ほどの女性たちが待っている。

「ダンスに行かれる方ですか」

その中の一人の女性に聞いた。

「はい、そうですよ」

その女性は年に似あわず少しはにかみながら答えた。

「寒いですね」

どちらからともなく声をかける。

「でもいい天気でよかったですね」

そうしたたわいもない会話を交わすうちに迎えのバスが到着した。


会場につくと、友人が待っていてボクに声をかけた。

「我々の同級生だった○○百枝が来ているよ」

「エッ!○○百枝が?どこに?」

「ほらほら、あそこにいる。あのベージュ色のコートを着た女性」

「エッ!?あれが○○百枝?」


それは、先ほどバスを待っている間に会話を交わした女性だった。

「マジで!チョッと行ってくる。彼女は僕の初恋の人だよ」

驚く友人を尻目に、会場の席にちょこんと座っている彼女の下に歩み寄った。


「百枝ちゃん?」

ボクは笑いながらいじわるっぽく聞いた。

さっき話していた男からいきなり名前を呼ばれて、彼女は少し驚いた様子で答えた。

「そ、そうですけど・・・」

「○○百枝ちゃんでしょ!」

当時の記憶がモノクロの映像としてくっきりと脳裏に蘇ってきた。

年甲斐もなくボクの気持ちが高ぶった。


彼女は首を立てに振っていぶかしそうにボクを見上げた。

「そうですけど、どなた・・・?」

少しおどおどした控えめな表情が当時の彼女の顔を思い起こさせた。

「わからない?ほら、僕だよ」

ボクはまたいじわるっぽく笑って見せた。

「エー、わかんない」

「忘れたの?僕だよ、ボ・ク」

「エー、わかんない」

彼女は困惑の中に本当に申し訳なさそうにボクを見つめる。

「もう冷たいナ~。昔と一緒」

と皮肉を交えながらボクは自分の名前を告げた。


一瞬彼女の表情が頭の中の記憶をたどっているそれに変わった。

「エー!!Kさん!?ホント?わからなかった―」

「百枝ちゃんは僕の初恋の人だからね」

ボクは軽く彼女の肩を抱いた。


それは半世紀以上を経た思わぬ再会だった。
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2月1日(日)のつぶやき

2015年02月02日 | 福祉
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新しい挑戦

2015年02月01日 | ライフスタイル
昨年暮れから今年になって新しいことにチャレンジしている。


カテゴリーそのものは古いものだが、

自分にとっての新または再チャレンジなのだ。


一つは、合気道。

これは心身の鍛錬のために始めた。


二つ目は、ダンス。

いわゆるBallroom dancingだ。

これも身体のためとリズム感を養うには最適である。


三つめは、ベトナム語。

遅ればせながらの取り組みだ。

ベトナム人から教わり、日本語を教えている。


そして、四つ目は英語。

中学生、高校生に英語を教え始めた。

教えながら、自分自身も復習になって役立っている。


新しい空間に身を置くと当然新しい出会いもある。

その道を極めた先生方との会話も楽しい。


知らない世界を見せてくれる。

またわくわくが止まらない。


ということで、今日は初のダンスパーティ。

学生時代promではちょっとならしたものだが。


さあ、おめかしして出かけよう。



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1月31日(土)のつぶやき

2015年02月01日 | 福祉
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