本当に頭のいい人の特徴は何か。精神科医の和田秀樹さんは「私の知り合いには、東大を卒業した賢くない医者がたくさんいる。医者であれ、弁護士であれ、その肩書を手に入れた時点では賢くて優秀だったかもしれないが、今でも優秀であるとは限らない。本当の意味で賢い人には共通点がある」という――。
「捨てる神あれば、拾う神あり」と考える
自分が正しいと思って行動したことでも、人の受け取り方は千差万別です。
きちんと評価してくれることもあれば、予想もしなかった角度から批判されて、ボコボコにされることもあります。
人に合わせようとしても、自分を見失って、焦りや不安が増すばかりですから、同じことをしても、「評価」や「見方」は人によって違う……と考えることが大切です。
大事なポイントは、「捨てる神あれば、拾う神あり」という視点を持つことです。
私がそう考えるようになったきっかけは、1987年に『受験は要領』という受験生向けの本を出版したことにあります。
この本は、「数学なんて、考えたって、どうせわからない」という自分の体験を元にして、「数学は自力で解かず、解答を暗記せよ」とか、「英単語を覚えるより、英短文を丸暗記せよ」など、実践的なテクニックを紹介したものです。
私からすれば、ごく当たり前のことを書いたつもりですから、「効果的な勉強法を教えてくれて、ありがとう」という反響が来るものと思っていました。
人様の評価が悪い方が得することもある
実際に、多くの受験生からは「おかげさまで、東大に合格できました」とか、「無理だと思っていた慶応の医学部に一発合格しました」という喜びや感謝の声が届きましたが、それと同じくらいの大非難を浴びることになりました。
「小手先の受験テクニックを教えるとは、けしからん」と学校の先生や教育関係者から、一斉に非難の声が上がったのです。
すでに40年近く前のことですが、この経験を通して、同じことに対する評価は、それぞれみんな違う……ということを痛感しました。
それと同時に、教育関係者の非難が集中したおかげで、本が大ヒットしましたから、人様の評価が悪い方が得することもある……という事実を知りました。
人が褒ほめたり、貶(けな)したりすることを「毀誉褒貶(きよほうへん)」といいますが、自分が何らかの行動を起こす場合には、どんなことでも、毀誉褒貶があることを前提として考えておく必要があります。
ものすごく褒める人と、ものすごく腐す人の両方いる方が「面白い」と考えることができれば、前向きな気持ちで物ごとに取り組むことができます。
褒められたら素直に喜び、腐されたら改善点を検討してみればいいのです。
その繰り返しが、自分のスキルとなって、自信を持つことにつながります。
その期待の本質に目を向けられるか
人の期待に「応える」必要はない
周囲の人が自分に「期待」していることがわかると、肩にチカラが入って、緊張したり、焦る気持ちになります。
日本人は、周囲の期待に応えるのは「当然のこと」と考えがちですが、人の期待というのは、意外と相手の勝手な都合だったりします。
人の期待にすべて応える必要はない……と考えることも、心を平穏に保つための有力な選択肢となります。
行動心理学では、人から期待されると、相手の気持ちに応えようとする人間の心理を「ピグマリオン効果」と呼んでいます。
ピグマリオン効果とは、人から期待されると、「相手が自分を信頼してくれているのだから、何とかして、その気持ちに応えたい」というモチベーションが生まれて、意欲的に物ごとに取り組める……という心理効果を指します。
人の期待に応えるというのは、人間の本能的な心理ですが、無理をして期待に応え続けてしまうと、心身のバランスを崩すことになります。
精神科医としては、本能的に期待に応えてしまうのではなく、その期待の本質に目を向けることが大切だと考えています。
最初に検討する必要があるのは、その期待は「本当に正しいのか?」とか、「自分がやらなければいけないことなのか?」を考えてみることです。
ケースバイケースで取捨選択を
大事なのは、すべての期待に無条件に応えようとするのではなく、それに応えなかったら、どんなことが想定されるのかを見極めて、ケースバイケースで取捨選択することにあります。
物を考える習慣を持っているかどうか
知識ではなく「考える力」を鍛える
東大や京大を出ているお笑いタレントを「インテリ芸人」と呼んで珍重するなど、日本人は人の学歴に過剰反応する傾向がありますが、学歴コンプレックスというのは、自分と他人を比べて劣等感を感じるだけのことですから、そこから何かが生まれることはありません。
日本の学校教育は「知識偏重」のため、どうしても知識を重視しがちですが、大事なのは知識の量ではなく、考える量にあります。
私がたくさんの本を出版できるのは、知識が豊富なわけでも、東大を出ているからでもないと思っています。
物を考える習慣を持っているから、他の人と違うことが言えることに尽きると自己分析しています。
自分らしく生きていくためには、「考える力」を鍛えることが不可欠なのです。
考える力とは、「計算する力」と置き換えることができます。
計算する力には、次のような二つがあります。
①「展開」を読む力
この先の可能性を予測して、2手先、3手先の展開を読むことです。
展開を読むことによって、それに応じたソリューションを準備できます。
②「可能性」を読む力
この先の可能性を推理して、幅広い選択肢を考えることです。
選択肢の幅が広がることで、さまざまなケースを想定したソリューションを用意することができます。
この二つを意識することによって、計算の「奥行き」と「幅」を広げることが可能になります。
「計算高い」といわれる人の共通点
本当に頭のいい人というのは、豊富な知識を持っている人ではなく、きちんと計算ができて、この先の展開や選択肢を正確に読むことで、しっかりとソリューションを整えられる人だと思います。
計算する力を鍛えておかないと、不安や焦りに悩まされることになります。
例えば、会社や官僚などの組織には「派閥争い」というものがあります。
「この人とうまくやっていけば、将来的に出世できるだろう」と考えて、簡単に「この人に付いていきます」などと宣言すると、その先には、さまざまな困難が待ち受けています。
考えられるのは、次のようなリスクです。
・他の派閥の人から敬遠される
・周囲から「私利私欲で動く打算的な人」と見られる
・直接の上司を「裏切った人」と噂になる
・出世のためなら「何でもする人」と軽蔑される
・付いていこうと思った相手が途中で失脚することもある
こうしたリスクを想定して、ソリューションを準備してから動かないと、周りから「計算高い人」といわれます。
計算高い人というのは、自分の利益を優先して、私利私欲で行動する人ではなく、「計算が甘い人」のことです。
先の先まで計算して、周到に根回しをする人であれば、周囲から「あの人は計算高い」と見られる心配はないのです。
東大を卒業した賢くないたくさんの医者
「自己改造」を繰り返す
失敗したら別のやり方を試すことを含めて、「自己改造」を前向きな気持ちでできる人は、物ごととポジティブに向き合うことができますから、それだけうまくいく確率が高まります。
うまくいく確率が高まれば、成功体験を積み重ねるごとに緊張や焦る気持ちがなくなって、段々と自分の中で自信が芽生えてくることになります。
自己改造とは、自分の考えを曲げたり、否定することではなく、目の前のタスクに対する方法論を「アップデート」することをいいます。
過去の成功体験に縛られることなく、柔軟にやり方を変えていけるから、変化に応じた対策が可能になって、物ごとがうまくいくのです。
日本人には、学歴や肩書だけで、「あの人は賢い」と判断するところがありますが、私はこうした考え方は意味がないと思っています。
医者であれ、弁護士であれ、その人が賢かったのは、その肩書を手に入れた時点のことです。
その当時は優秀だったかもしれませんが、今でも優秀であるとは限りません。
私の知り合いには、東大を卒業した賢くない医者がたくさんいます。
何を基準に賢くないと判断しているのかといえば、最先端医療の勉強をしていないため、考え方が昔のままアップデートされていないからです。
人間にとって大事なのは、「今よりも良くなりたい」と思って、小さな一歩でもいいから、前を向いて歩みを進めることです。
若い人であれば、自己改造のチャンスはいくらでもありますが、「自分を成長させる」という視点を持つことに、年齢は関係ありません。
いくつになっても、向上心を持って、自分を変えていける人が、本当の意味で賢い人なのだと思います。
難しく考えるのではなく、自己改革とは、「今よりも、ちょっとだけマシになること」と考えれば、格段にハードルを下げることができます。
「経験知」を積み重ねる3段階のサイクル
「場数」を踏む
揺れ動かない心を作るためには、「場数」を踏むことが欠かせません。
人前で話すことが苦手ならば、意識的に場数を増やすことで、あがり症を抑えることができます。
こうした効果を、一般的には「場慣れ」と呼んでいますが、その場の雰囲気に慣れてしまえば、自然と緊張や焦りは感じなくなり、落ち着いた気持ちで話をすることができるようになります。
場数を踏むためには、最初の一歩を踏み出す勇気を持つことが肝心ですが、あがり症の人に対して、私は「人生は実験の連続だ」と考えてみましょう……とアドバイスしています。
苦手なことをやる場合でも、「これは実験だ」と考えれば、身構えるのではなく、試すつもりで取り組むことができます。
実験ですから、失敗することもありますが、失敗しても必要以上に落ち込むのではなく、その原因を考えてみることが重要です。
「今回の実験は失敗だったな。失敗の原因は、自分を大きく見せようとして、柄にもなく、自慢話をしたことかもしれないな。次はもっと謙虚な気持ちで話をすれば、みんなに自分の言いたいことが伝わるような気がする……」
こうした経験を積み重ねて、反省点を明確にすることが「自己改革」の本質であり、それが「経験知」となって、自分に自信が持てるようになります。
経験知というのは、場数を踏むだけでは手に入りません。
場数を踏んで、たくさんの失敗を経験し、そこから学んだことを次に活かすことで、初めて自分の能力として身につくものなのです。
---------- 和田 秀樹(わだ・ひでき) 精神科医