monologue
夜明けに向けて
 



  
 中国系シンガポール人の運営委員長ジョン・テイ氏が残念がっていたけれどシンガポールには生駒児童合唱団は来なかった。来ていても英語では歌えない。ことばは思いを伝えるただのツール(道具)でしかない。そこが日本であれば日本語で歌えばいいし英語圏であれば英語でいい。その場に集うできるだけ多くの人(お客さん)が理解できて共感できれば良かった。
 
 舞台稽古の日、Kallang theatre(カラン・シアタ ー)のまだガランとした客席にはシンガポール側、日本側、NHK関係の運営委員が陣取って見守っている。わたしたちはパンフレットに印刷されているように英語で歌おうとした。すると異論が出て日本語で歌うべきだ、という。いや英語がいいという。それぞれの立場、持っているコンセプト(構想)がぶつかった。「船頭多くして舟山に登る」のたとえ通りに揉めだした。しばらく待っていると協議して英語日本語それぞれで歌ってみてくれ、ということになった。それでまず英語で歌い、それから日本語で歌った。それでも首をひねって結論がでない。わたしは英語と日本語半々のヴァージョンもある、と言った。それをやってくれ、というので英語日本語半々ヴァージョンを息子とMIYUKIとの三人で歌った。今回は合唱団なしで良かった。とてもこんなに簡単にヴァージョンを変えて歌ってみせられなかっただろう。なにはともあれそれでOKが出て本番は英語日本語半々ヴァージョンで臨むことになったのである。
fumio

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )