枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

時を超える・・・

2017年11月29日 | Weblog

 シャガール展をじっくり観て、予知夢の形が似ていることに驚く。自分では何とも説明し難い、まどろっこさがあり、それを話したところで、何ということでもない。宇宙を翔ぶというか、そこに居るといえばいいのか、不確かな4次元の世界。

 では、何故、そういったものが視えるのか、感じるのかは、自分でも云い難い。人間は、産まれたら死んでいくのだ。それを言えば不吉だとか、縁起でもない。と非難されるのは違う。寿命と例えればいいのか、命の行方は決まっている。

 人間は、人間の姿を借りた肉体に宿っているだけで、それが木であったり、微生物であることも自分では決められない。森羅万象の、凡てが司る宇宙の一つであるから、何時何かで命を終えることになるかは、未知なのだと思えるのだ。

 自然の中で、自分の命を知らぬのは、きっと人類だけなのかもしれない。死期を悟る、という自然なことに、他の生き物は委ねる。機械や薬に依って、生きねばならない時間などは必要ない。死ぬのが怖いのは、恐らく人間だけのもの。

 生かされていることには、其々に意味があり、悟れる者と、そうでない者とで、大いなる差が生じるのだろう。やけっぱちになるでなく、一日を大切に、正直に、ひたすら歩むことも、死への誘いかもしれないが。近づいていることは正しい。

 光に変えれば、僅かな一瞬となる。人間の何という驕りと傲慢さであろう。その小さな宇宙の中に、存在する意味に、少しでも気づけられたことに感謝する。自分に与えられた使命を、忠実に行えることに祈ろう。神とは森羅万象である。

 風邪の必須条件。手洗いと嗽です。わたくしの日常には、枇杷葉茶があり、日々精進して実行するが、インフルエンザ等、寄り付かない。却って薬や予防接種で、辛くしんどい状態に陥る。免疫が耐え難く、克服するまで天地が反対だが。

 施設の中は、風邪引きが多く混乱を極めている。入浴にも、体温を測ってすればいいのだが、何時ものようにして、数時間経って熱感に慌てる。風呂など入らなくてもいいのを、体調も思わず実行する。様子が何時もと違うのに気づかず。

 年齢を重ねては、ちょっとしたことで身体は崩れる。わたくしのように自然治癒能力を促す方法ばかりを遣っていないから、免疫も抗体もないのを襲われる。薬にだけ頼っての生活は厳禁だ。処方箋もある程度は自分で遣れるので佳い。

 クリスマスローズが咲くのは、我が家では早くて、12月の終わりである。どちらかと言うと、旧暦で咲き出す。

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