豆腐屋ジョニーに大笑いした私と岸辺さんだったが、 この日は これで終わりではなかった・・・
仕事を終え、休憩室へ向かう途中、私の目はお客様専用出入り口の近くにある 掲示板に釘付けになったのである!
私が見入っていると、岸辺さんも声を出して、読み始めた。
「何なに?70代女性。広告の品が何処に出してあるか分からず、店員に聞くと、 なんと、定番商品が置いてある場所へ連れて行かれました!ブルーキャベツ(仮名のスーパー)では、広告の品は分かる所に積み上げてあります!社員の教育を徹底してください!」
最初は目が点になり、 次に言葉を一瞬、失い、 そして、最後は笑い出してしまった私・・・。
当店でも広告の品は、売り場中央に積んである。
一人 何個限り!が多く、いくら積んであっても売れれば当然無くなる。
完売と知っていれば、まっすぐ定番が置いてある場所へ御案内する。
或は、聞かれた場所が特設コーナーよりは、定番の方が近ければ、 そちらへ真っ直ぐご案内している。
そういう訳で、これまで、いったい何人のお客様を定番商品が置かれてある場所へ ご案内しただろうか。
数えきれぬほどである。
断っておくが、これまで紹介してきたように、 9割のお客様は、 「お忙しいところ、すみませんが・・・」
「ちょっと、お聞きしても、よろしいですか?」
と、声を掛けてから、場所を聞く方が圧倒的だ。
ご案内した後は、
「忙しいのに、手を止めさせて、ごめんね。ありがとう」
「どうも、ありがとう、ございます」
「すみませんねえ」
などなど、こちらが逆に恐縮してしまう程、腰が低いお客様ばかりなのだ。
まれに、案内しても、ブスッとして無言だったり、
「これ、返しといて!」
と、こともあろうに 荷物を抱え、小走りの私を呼びとめ、 カートを押し付ける30代女もいた。
これには、私だけじゃなく、周囲にいたお客様も仰天した様子で、女の顔を眺めていた。
しかし、本人は、一向に気にすることなく、それどころか周囲の空気も読めず、自分で返そうと、思い直すどころか、 更に、私に
「返しておいて!」
と、命令した。 カート置き場は、私が居る場所からは遥か彼方である。
しかも、私が今、向かおうとしている場所からは逆方向・・・。
ここが、
「お客様は神様です!」
の日本でなければ、
「足が不自由な高齢者でもないのに、自分で返して来い!」
と、叫ぶところだ。
私は客の召使か
さすがに私もムッときて、無言でカートを返してきたのであった。
繰り返すが、これはわずか一割程度の常識はずれの客であって、 何処の世界にも非常識な人間が存在するのが世の常だ。
そういう訳であるからして、 このような お客様の声が舞い込むのも理解は出来る。
私も岸辺さんも、読み終えて すぐにはコメントの仕様がなかったが、 まず私が口を開いた。
「私ですよ、定番へ案内したの。でも、ほとんどのお客様は、 忙しいのに すみません、とか、ありがとうって笑顔で言ってくれますけどね」
「私も、何度も定番へ案内したよ!いつも置いてある商品が安くなる方がいいと思うけどね・・・」
私は岸辺さんに、あるお客様とのエピソードを話した。
「いつだったか、特設コーナーには一つも商品が残ってなくて、もしかしたら定番の方にまだ あるかもしれませんから・・・ってご案内したんですよ。そしたら、それが最後の一つで・・・。 おじさん、大喜びで、わざわざ奥様まで呼びに行って、このお嬢さんのお陰で最後の一つが買えたんだ、と言ってくれましたよ! わざわざ来店して、なかったらがっかりですもんね、良かったですね!って言ったら、ほんとにありがとう!って笑顔でした・・・」
私の話をうん、うんと聞いていた岸辺さんは、しみじみ言った。
「ほんとにねえ。全く同じことをしても、人によって、受け取り方は様々よね。お尋ねして、放ったらかされたっていうなら、怒るだろうけど、ちゃんと案内してもらってるんだから・・・。 一言、ありがとうって言う方が、気持ちいいだろうにね。 この お客様の声に「お答え」した南副店長も、笑ってたかも・・・?」
これに、まじめに答えなければならなかった副店長も、大変だ。
社員教育をしろ!とまで、書かれてあるのだから。
日本では、何でも上司が悪い!となる。
私も、しみじみ言った。
「こういう事を書く人は、きっと心が貧しいんですよ。 人に対しても、物事に対しても、感謝するって心が全くなくて、いつも文句ばかり言ってるんじゃないですか?かわいそうな人・・・」
私は岸辺さんに、こういいながら、ふと、買い物から帰宅して、 ぷりぷり怒り、これを書いている70代の女性を想像した。
すると、自然と笑いがこみ上げてきて、
「ぎゃははははーっ」
大笑いしてしまった
同じく岸辺さんも、最後は笑い出したのである。
だって・・・ねえ。 こんなことで、本気で怒る人には、心の平穏なんて訪れないわよね。
二人で大笑いしている時、ふと、南副店長の姿が目に入り、我に返った。
「あっ、しまった!こんな出入り口で、しかも お客さんが多い時間帯に、掲示板の前で大ウケしてたら、目立ちますよね」
「うん、夕方6時に店員二人が笑い転げてたって、また、クレームになるかも」
と、岸辺さん。
「特に、これ書いた人が、もし私達を見てたとしたら・・・相当、怒るでしょうね!あそこの店員は、お客様の声を真摯に受け留めず、こともあろうか、掲示板を読みながら、ケラケラ笑い転げてたって・・・」
「・・・」