日曜日の朝。
社員は、酒担当の川石さんを除き、お休み。
南副店長だけ、午後出勤だが、早番8時出勤の私達は 今日、顔を合わすことはない。
店長、副店長、チーフの三人そろい組不在の朝は、お気楽なような、寂しいような・・・。
心中、複雑である。
いつもなら、オープン前でもユーセンが流れているが、何故か、今朝はミュージックすらない。
店内、シーンと静まりかえり、ガサガサ、シャカシャカ、ドズン!!などと、作業をする音だけが、聞こえてくる。
オープン前に愉快な店内放送をする西村チーフも居なければ、
「この曲、歌ってるの誰だか分かる?」
と、クイズを出す南副店長も居ない。
ハマグリ君は納豆を
カトちゃんはパンを
花岡さんは竹輪や かまぼこを
岸辺さんはチーズとデザートを
矢木さんは牛乳を
そして私はジュースとヨーグルトを 皆、無言で出していた・・・。
「今朝は音楽すらないですね」
私が そういうと、矢木さんは コクンと頷いた。
「うん、なんか暗いね、今日は・・・。朝が早いし、眠気が襲ってくるよ」
バックへ戻った矢木さんは、ドアから店長室を覗き込んだ。
「確かね、ここら辺よ、音楽。ねえ、カト君?」
すると、カトちゃんと、ハマグリ君が二人で店長室に入り、操作を始めた。
頼れる社員不在の今朝、二人共、初の試みである
・・・と、ここまでは、良かったのだが・・・。
なんと、まだ、開店5分前だというのに、
「チャン、チャララン・・・」
という「只今より、開店致します!」の音楽が流れ始めた・・・
「ち・・・違うよ!これ これは、オープニングの曲」
店長室からは、カトちゃんの焦った声が聞こえてきた。
珍しい。
カトちゃんが落ちつきを無くすなんて。
そして・・・聞こえてきたのは、ユーセンに変わって一週間前から流れているクリスマスソングだった。
店長室から出てきたハマグリ君とカトちゃんは、急に、げんなりと痩せたように見えた。
「万が一、音楽が かからない時は、あんた達二人で、カラオケでもしなきゃいけんね~って言ってたとこよ」
と、矢木さん。
「俺、カラオケ駄目っすよ。歌えないっす」
と、ハマグリ君。
「嘘ばっかり。相当、歌い慣れてるくせに」
と、矢木さん。
すると、数日前まで風邪で体調が悪かったカトちゃんが、
「僕、ほんの2時間前まで、カラオケコロッケに居ましたよ!」
私と矢木さん、ほぼ同時に
「エエーッ」
と、叫んだ。
2時間前って、6時まで
「あんた、病み上がりやろ? ところで、どんな曲、歌うの?」
矢木さんったら、カトちゃんの体調を心配しながらも、興味の対象は、すでに曲目へと移行している。
「何でも歌います。演歌でも」
「たとえば、氷川きよし・・とか?」
「はい、北島三郎とかも」
「さっ・・・サブちゃん (*注意 目が輝く矢木さん)じゃ、風雪流れ旅とか? やっぱ、紙吹雪とか、するわけ?」
これ以上、話についていけない。
「俺、与作しか、知らん」
ポツリと、ハマグリ君が呟いた。
その一方で、矢木さんはカトちゃんと最高潮に盛り上がっていた・・・。
カトちゃんとの会話が一段落すると、矢木さんは私に囁いた。
「ねえ、鈴木さん。カト君に ちょんまげのカツラをつけてサブちゃんを歌わせたら、似合うと思わない?」
カトちゃんに、ちょんまげのカツラ・・・
19歳で、すでに、おっちゃんの雰囲気も合わせ持つカトちゃんなら・・・。
にっ・・・似合う 似合いすぎる
「そ・・・想像したら、笑えるう~っ」
私と矢木さんは共に想像力が豊かなのである。
場所も忘れて大笑いした。
「ねえ、ねえ、年末のカラオケかなんかで、グロッサリーの男の子達、全員、女装させたいよね。 川石さんが一番、似合わんよ、絶対」
と、矢木さん。
自分の名前が聞こえたのか、まじめでお堅いイメージのおじさま、川石さんが「ん」と、一瞬、こちらを振り向いたことに、矢木さんは気付いていない。
「南副店長が、絶対、一番、女装が似合うよ あの、可愛らしい顔立ちといい・・・。化粧して、ドレス着せたら・・・」
ここで、私と矢木さんは、共に、空想の世界へ入った。
「・・・・」
(*注 僕ちゃん、副店長・・・これが、こう・・・)
私と矢木さん、同時に
「ぶっはははあ~」
「お・・・おなか痛い」
「笑いすぎて、涙が出てきた!」
南副店長、今頃、耳がカユイって。
明日からまじめに仕事します!