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2023年度(令和5年)沖縄全戦没者追悼式が挙行されました(テレビ報道より紹介)

2023年06月24日 10時11分12秒 | 遺族会(各追悼式・戦争証言などを含む)

沖縄戦から78年「慰霊の日」平和への祈り

沖縄は6月23日(金)太平洋戦争末期の沖縄戦から78年の「慰霊の日」を迎え、各地で平和への祈りがささげられています。
最後の激戦地となった沖縄本島南部の糸満市では沖縄県主催の戦没者追悼式が開かれました。

昭和20年の沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦の末、20万人以上が亡くなり県民の4人に1人が命を落としました。
6月23日は、旧日本軍の組織的な戦闘が終わったとされる日で、沖縄県が「慰霊の日」と定めています。
最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園では、早朝から遺族などが訪れ、戦没者の名前が刻まれた「平和の礎」の前で花を手向けたり、手を合わせたりしていました。
平和祈念公園では、正午前から沖縄県主催の戦没者追悼式が、岸田総理大臣や沖縄県の玉城知事のほか、4年ぶりに一般の人も参列して開かれ、正午に全員で1分間の黙とうをささげました。




   玉城知事 “二度と沖縄を戦場にしてはならないと決意を新たに” 

  玉城知事は「平和宣言」を読み上げ、「戦争体験者が後世に語り継いできてくれた実相と教訓を胸に刻み、
あらゆる戦争を憎み、二度と沖縄を戦場にしてはならないと決意を新たにする」と述べました。

また、政府が去年12月に決定した「反撃能力」の保有を明記した「国家安全保障戦略」など3つの文書をめぐり、
「沖縄における防衛力強化に関連する記述が多数みられるなど、苛烈な地上戦の記憶と相まって、
県民の間に大きな不安を生じさせていて、対話による平和外交が求められている」と訴えました。


4年ぶりに一般の人も参列して開かれ、正午に全員で1分間の黙とうをささげました

「平和の礎」

建物の基礎の「いしずえ」を沖縄方言で「いしじ」と発音することに由来する

建設の趣旨
 沖縄の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」を広く内外にのべ伝え、世界の恒久平和を願い、
国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎」を、
太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して1995年6月23日に建設する。



「平和の礎」に供花・お供物などを捧げられる遺族の皆様

「ひめゆり学徒隊」慰霊祭 4年ぶり通常どおり開催 
沖縄戦で負傷した兵士の看護に動員され、多くの犠牲者を出した「ひめゆり学徒隊」の慰霊祭が、
沖縄県糸満市のひめゆりの塔の前で4年ぶりに通常どおり開催され、元学徒隊や同窓生、それに遺族などが生徒の死を悼みました。

ひめゆり学徒隊には、沖縄戦当時、那覇市安里にあった沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校から生徒と教員240人が動員され、
負傷兵の看護などにあたり、半数以上が亡くなったほか、動員されなかった人も合わせると227人が亡くなりました。
 
沖縄戦から78年「慰霊の日」に寄せてNHKの報道番組に平和への祈りを込めて
ご参列の皆様とご一緒に正午に1分間の黙祷を捧げ、多くの御霊に哀悼の誠を捧げました。
過去に3回「千葉県南方諸地域戦没者追悼式」に千葉市遺族会代表として参列、多くの戦跡巡拝も致しました。
その折に多くの市民の悲劇を見聞きしましたことに遺児の一人として他人事には思えませんでした。
ここに心をこめて追悼式の様子を保存させて頂きました。
コメント (2)
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