まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

琴弾の 松のさなかの 曼珠沙華

2012年09月27日 | ふるさと散歩

 今日は気温が20度から27度、湿度が52%から83%と、しのぎやすくはなったが、日中はまだまだ暑いと思った。

 

 で、朝方は気持ちのいい季候だったものでお出かけをした。今日は一人きりの気楽な旅だ。東に行くか西に行くかと思案したが、思い切って西に向かった。それも西も西の「観音寺市:かんおんじ・し」。特にこれという目的もないのだが・・・。

 

 朝の9時過ぎに家を出たから、観音寺市内に入ったら、もう、11時前・・。朝ご飯を食べない私だからおなかが何となく寂しい・・・。そこで、「うどん」という字を見て飛び込んだお店。観音寺という所も仕事で何度も来てはいるのだけれど、数年のブランクがあると・・すっかりと浦島状態・・・。

 

 観音寺市吉岡町、国道11号線から市内方向に少し入った所にある一般店の「七宝亭」。ここに入るとおどろくのが、サイドメニューにおはぎがあること・・。甘党にも好かれるお店らしいが、まさか、おうどんと一緒にはおはぎは食べないやろうとは思うけれど。

 

 ここのお勧めの「七宝ぶっかけうどん小の冷や」を注文した。680円。牛肉ぶっかけうどん+天ぷら・・・という感じ。少しばかり違和感があるが、それなりに・・まぁ。いっかぁ・・というような。ただ、ぶっかけうどんの冷やだから、麺が硬い・・。ま、コシの強いうどんだなぁと、おいしくいただいたが・・・。

 

 で、着いたのが「観音寺:かんおんじ」という四国霊場の69番札所。ここは同じ境内に68番札所の「神恵院:じんねいん」もあって、一寺二霊場ということになっているらしい。

 

 すぐ近くには「一夜庵」という草庵がある。俳諧の祖、山崎宗鑑が結んだ数奇屋造の庵で、日本最古の俳跡といわれている。建立は、享禄元年(1528)で、何度も修復されたが、ほぼ原形をとどめている。 「一夜庵」の名は、宗鑑が来客の一夜以上の滞在を許さなかったという次の句にも由来している。

  「上は立ち 中は日ぐらし 下は夜まで 一夜泊まりは下々の下の客」

 

 ついでのついでに行ったのが、有名な(かどうかは知らないが)、観音寺名物の「銭形の砂絵」「寛永通宝」という江戸時代の硬貨を描いたもの。

 

 説明文はこれ。これを「一夜のうちに作り上げた・・・」と聞くと、「ほぉ、すごい・・」と思うだろうが、本当なんだろうか・・・。

 

 これは明治33年に写された砂絵・・・。これくらいならば・・・一夜でできるかも知れない。寛永10年(1633)というから、270年前ならば・・・どんな砂絵だったんだろうか。

 

 大正中期頃の写真でもこんなものだったらしい・・・。と、なると、今の砂絵は昭和になって作られたものになる・・・。先の太平洋戦争末期には、米軍機がこの砂絵を見て「秘密基地かも知れない」と考えたというから、その頃には今のような砂絵であったのかも知れない。

 

 その砂絵、直接見たらこんなものだ・・。何がなにやらわからんが、ま、巨大な迷路みたいなもの・・・。

 

 その後、世界のコイン館やら観音寺市立郷土資料館などを見学したが、何度も来ているもので新鮮味はない・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「美しく老いるために 身体をいたわり 言葉やさしく そして 心はやわらかに」というのだが、言葉にはとげがあるし、こころは頑固に意固地になっていってしまう私がいる・・・。それでも、極楽往生は約束されているものだと・・これまた頑固なまんまである私・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


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