なぜかこの鍋には惹かれる。
その真意は我ながらよくわからない。
この鍋は商売人用の鍋である
親子丼を作るとき、この鍋で鶏肉と卵をかけ汁で煮、飯を盛った丼の上にこの鍋を持っていって横に滑らしながら中身を丼に移すのに便利、そういう趣旨で作られている。
特にどうということのない鍋なのだが、ずっと前から欲しかった。
何だか他の鍋たちと違うところがある。
そうなのだ、把手が垂直なのだ。
鍋の把手というものは、どの鍋もすべてナナメか水平についている。
世界中の鍋という鍋、ナナメと水平以外のものはない。
なのにこの鍋だけ真上にまっすぐ、垂直。
その異様感、素直じゃないところがいい。
見ていて飽きない。
見ていて可笑しい。
見ていて楽しい。
丼の大きさに合わせた直径、親子丼の具の厚さに合わせた鍋の深さ、フタの盛り上がり、木製の把手のところに刻んである飾りを兼ねた二本の溝。
愛情深く作られた痕跡がそこそこに見受けられる。
逆境にもめげず、異端にもいじけることなく、素直に淡々と、しかも愛嬌さえ感じられるその生き方は、見る者に生きる勇気を与えてくれる。
「こういう生き方もあるのだなぁ」と、つくづくそう思わずにいられない鍋である。