月刊「祭御宅(祭オタク)」

一番後を行くマツオタ月刊誌

79.今福北之町 -大阪の祭文化の土台-(月刊「祭」2018.6)

2018-08-01 23:08:28 | 屋台、だんじり、太鼓台関連
●皇太神宮今福北之町
かなり遅れての6月号は、夏の祭巡りでお世話になった今福北之町地車を特集します。

今福北之町地車は今福西之町とともに皇太神宮に宮入りします。

また、同じ祭礼日で近くにある若宮八幡太神宮の地車とも共に巡行したりします。
大阪市で、全国的に有名な祭といえば、天神祭が挙げられるでしょう。
そして。その天神祭の花形ともいえるのは、催太鼓や地車であるのも納得できるでしょう。これらの天神祭の花形、大阪の祭文化の花形を支えているのは、とある町の地車に携わる方々でした。

●鳴り物
今福北之町が名を馳せているのはその鳴り物によるところが大きいようです。練習や勉強会を一年を通して行われているようです。鉦や小さい太鼓から練習を始めるようです。私が見た時は、小学四年生の子が見事に小太鼓を演奏していたのですが、本人にとっては満足いく出来でなかったようです。また、具体的に失敗したところを本人は把握しているなど、自らが、其々に課題を持って練習に取り組んでいる姿が見られました。



●天神祭とのつながり
縁あって平成はじめの天神祭における地車の復活に際し、 今福北之町地車の関係者はその運営の中心的役割を担うようになりました。同時に、その鳴り物の見事さは広く知れ渡るようになり、天神祭の花形の一つとなっています。
祭当日までは、今福北の方が中心となって地車を管理し、宮に置かれた地車の番をします。




地車だけでなく、催太鼓を運営する12の頭屋の内の「ながた」頭屋の中心となっています。「ながた」の頭屋は有力頭屋の一つであり、私がお世話になった方の家には「竹に何色かの和紙を取り付けた合図用の棒」、播州では曽根天満宮で使われている紙手のようなものが、置かれていました。自分たちで作って天神祭に臨むとのことです。



●年長者、若い人、女性、そして子ども
今福北地車は町内会でなく、講所有の地車となっております。大阪の組織であるので、例に漏れず年代を超えて親しげに話す風景が見られました。その一方で、長幼の序は保たれおり、要所要所では年長者の威厳を感じる場面がありました。
その威厳は、「やることをやっている」からこその威厳のように感じます。
だからこそ、真面目一辺倒には見えない出で立ちの若者たちも、年長者に敬意をもってついて行っているように見えました。地車の後方で絶妙な進行方向の調整や、鳴り物を担当します。
女性は地車の引き手や子どもの世話を担当していました。また、休憩所では自分たちを後回しにして、若い男の人たちとともに、飲み物を配ったり、食事の片付けをテキパキとこなしてくれました。夜間曳行などでは盛り上げ役の中心となっていました。
子供達は、若い人たちが一生懸命に働く姿を見て、鳴物の練習や準備を手伝うようになっていました。

●編集後記
皇太神宮の祭を見学しようと訪れた時に、道を尋ねるために法被姿の方に声をかけたのがその出会いとなりました。その場所まで車で連れて祭衣装を着せていただき、だんじりもひかせていただき、食事と飲み物をいただき、家に泊めていただき、銭湯まで連れていただきました。
貴重な機会を賜り、関係者の皆様には厚く御礼申し上げます。





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