月刊「祭御宅(祭オタク)」

一番後を行くマツオタ月刊誌

世界旅行 ミンパクのスヽメ

2006-02-27 19:53:00 | お気楽言葉
祭の研究を始めて間もない頃、僕は大阪府の吹田市に住んでいました。吹田市にある万博記念公園(太陽の搭がある公園)の中に、国立民族学博物館、略してミンパクはあります。

ここは、国内外各地の人々の儀式用具や民族衣装、生活洋品などが、丁寧な解説つきで展示されています。

写真はインドの山車です。一見日本のものとは似てもにつかぬものですが、車輪どめなどは、祇園祭のものとよく似ています。

何はともあれ、広大なスペースにこのような大きな展示物があるので、退屈はしないでしょう。

デートの場所にこまったら一度、ミンバクに行ってみてください。世界旅行ができますよ。


2006-02-27 19:35:50 | お気楽言葉
 就職活動の一般常識試験対策の参考書をよんでいると、代表的な俳句の中にこんな歌がありました。

 旅に病んで夢は枯野をかけ巡る

 この歌は江戸時代の俳人・松尾芭蕉の作品です。
 あまり芭蕉のことは知らないのですが、これを読むと芭蕉が旅に生きた人だということが分かります。そして、道中で力つきつつあっても、夢の中で枯野を駆け巡るほど旅を愛していた人だということも分かります。名作を求めて旅に出たというよりも、旅に出たから名作ができたのかもしれません。「奥の細道」たる書名も旅路にて「何やらゆかし」細道をみつけた経験からなのでしょう。

 僕も旅が好きなので、この歌にはすごく共感します。
 
 文学史は、入試や就職試験のために作者と作品名、派閥を血眼で覚えなければならない現実があります。でも、時には電車に揺られながら一冊の本をゆっくり楽しみたいものです。

サイドブレーキ

2006-02-26 23:09:35 | お気楽言葉
 眉にしわ寄せてうなりながら書く文章が続いたので、少し休憩します。
 
 実は最近、車買いました。本体価格5000円。
 
 96年の前が少しへこんだ、シビックです。

 初めてのマイカーなので、名前をつけました。

 その名は「民生」。シビックのciviから「民」、相方の「貴生」の「生」を合わせて「民生」です。

 ほんで、その車の民生君から降りるときにその事件は起こりました。

 助手席のかばんを取り、運転席から出ようとするも、まるで僕にサイドブレーキがかかったかのように動かないのです。

 わが愛車のサイドブレーキは、最近のようなペダル式ではなく、レバーを引き上げるやつです。

 そのサイドブレーキを見ると、ものの見事に、カバンの紐がサイドブレーキに引っ掛かっていました。おかげで、横のドアから下りれなかった。まさしくサイドブレーキ。。。。

 わが愛車の民生は、自分だけでなく運転手にもサイドブレーキを掛けることができる車です。 

拉致 -経済復興の負の遺産-

2006-02-26 08:12:08 | 民俗・信仰・文化-時事・コミュニケイション-

 朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」と省略します。)による日本人拉致問題が、世間で注目されるようになって何年かたちました。自分や家族が拉致されたとしたら、、、そんなことは恐ろしくて想像できないものです。

 韓国と北朝鮮が分断されたのは、第二次世界大戦後のことでした。
 この分断にも大国の意思が見えてきます。
 やがて、資本主義の韓国にはアメリカがつき、共産主義の北朝鮮にはソ連がついて行われた朝鮮戦争が起こります。この戦争は、アメリカ側についた日本にとっては、後の経済大躍進のきっかけとなる「特需」を引き起こしました。日本人の多くが世界的に見て比較的豊かな生活が送れているのは、この南北分断による「特需」の影響は否めないでしょう。
 その一方で南北の分断は、北朝鮮を狂気に走らせる結果にもなりました。

 拉致問題とは、南北分断で得た我々の豊かな生活の代償ということもできるでしょう。   
 


丸坊主 -その頭はBというよりNAZIかもよ-

2006-02-25 00:15:59 | 民俗・信仰・文化-時事・コミュニケイション-
 丸坊主がはやっていますね。
 一時期は、中学生への強制で問題になりましたが、最近では進んで丸坊主にする若者が増えてきています。一方で、就職活動などの現場においては、丸坊主は好ましくない髪型に変化してしまった感があります。
 社会への新規参入層でよしとされる髪型を、既得権益層はすんなり受け入れることができないということでしょう。つまりは、丸坊主を認めないことで、価値判断の決定権は新規側ではなく既得権側にあるということを示しているという見方もできるかと思います。

 さて、丸坊主が現在流行った背景には、ダウンタウンの松本人志氏の影響と、日本におけるヒップホップミュージックの流行、日韓ワールドカップ選手の髪型の影響等が挙げられるでしょう。
 その中で松本氏はその著作の中で、「アメリカなどにおいて、富裕層にあまり快く思われない髪形をあえて選んでいる」というようなことを言っていました。あんまり記憶が定かではないので、間違っていたらすみません。
 そして、このような髪型をアメリカでしているのが、ヒップホップミュージシャン達です。その影響もあって、日本のヒップホップミュージシャンも丸坊主の人たちが多いようです。そして、その人たちは「b-boy」と呼ばれているようです。
 
 しかし、その言葉に最近「?」と思うことがあります。ヒップホップはある意味アメリカにおける「ブラック」という「被差別マイノリティ」の怒りを象徴する音楽ということができると思います。

 しかし、昨今の日本のヒップホップ。全ての歌手、全ての歌詞がそうだとはいいませんが、「被差別マイノリティ」というよりも「差別推進マジョリティ」の色合いがこゆくなっている印象を受けています。その時・坊主頭はB-BOYでなくなり、NAZIのマーク・右鉤十字が見えてきます。
 それに気づいた人は、その右鉤十字をそっと裏返してあげてください*1。お寺さんのマークになりますから。

 マジョリティの権威に任せた差別的なリリックよりも、今は「お経」です。

 *1 無理ならば、半殺しにされるのを覚悟で卍がためで寺のマークをつくるのもをいいかもしれません。


琵琶湖 -文明開化がもたらした正負の遺産-

2006-02-22 23:12:10 | 民俗・信仰・文化
 琵琶湖。
 かつて天智天皇は湖が見える大津に都を気づきました。
 淡水の海ということで、淡海(あわうみ→おうみ)と呼ばれ、琵琶湖周辺の地方を都に近い水辺ということで、近江と書かれるようになりました。

 日本史でたびたび登場した比叡山延暦寺もこの湖を望み、比叡山の麓・日吉大社の祭礼では御神輿が琵琶湖を渡ります。その都の傍の湖は、様々な物資の運搬、交通の要所として注目されました。また、ムカデのところでも述べたように、近畿の水がめとしての役割もにないました。そして、鮒やシジミ、鮎、モロコ等、その豊富な水産資源が日本の食文化の形成に一役買ったことも否めないでしょう。 

 このように大きな影響を日本史に及ぼし続けた琵琶湖も、幕末から明治にかけての文明開化に始まる西洋文化の導入の影響を受けることになりました。
 
 滋賀県人なら誰もが知っている「琵琶湖就航の歌」。第三高等学校(後の京都大学)在学中の小口太郎が作詞、吉田千秋が作曲をしました。琵琶湖の名所を巡る情緒あふれる小口の詩につけた、吉田の曲はどういったものだったのでしょうか?
 この曲は、もともと英国の「ひつじ草」という詩に吉田が曲をつけたものがはじめだったそうです。この「ひつじ草」、ハイカラな第三高等学校生の間で流行りました。英国の詩からインスピレーションを受けてつくられた吉田の曲で、歴史豊かな琵琶湖を情緒的に巡る小口の詩が歌われ、「琵琶湖就航の歌」は完成しました。「琵琶湖周航の歌」は、歴史豊かな琵琶湖とハイカラさんとの出会いがもたらした、歌ということができるでしょう。
 この歌は、文明開化が琵琶湖にもたらした正の遺産ということができるでしょう。
 
 
 では、文明開化が琵琶湖にもたらした負の遺産とは何になるのでしょうか?
 それは、1925年、赤星鉄馬が箱根の芦ノ湖に持ち込んだブラックバスです。魚食性かつ天敵のいない琵琶湖において、ブラックバスは爆発的にふえ、固有種を駆逐していってしまったのです。
 
 美しく歴史豊かな琵琶湖をハイカラなセンスで歌った時代、実は、それらの破壊もまた始まっていたのかもしれません。