創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

1946 31

2024-04-17 06:22:45 | 俳句日記
1946 31
花見
今年も桜は去って行った。
僕の散歩コースに、野ざらしの地蔵に覆い被さるように、雷に二つに裂かれた桜の老木がある。
桜が地蔵を守ったのか?
地蔵が桜を守ったのか?
老木は今年も瑞々しい花を咲かせた。

【一句】肩並べ地蔵と二人花見かな

1946 30

2024-04-03 16:15:37 | 俳句日記
1946 30
父の帰還
また父のことです。
1946年に僕が生まれました。
「お父ちゃんが行ったから、戦争に負けたんや」
アホな三男坊は言ってました。
リアルに覚えています。
それと母が言っていたことが一つあります。
父はトマトが嫌いだったけれど、帰還した父は畑のトマトにかぶりついたそうです。
僕もトマトが苦手です。

【一句】「父帰還」しやぶりつきたるトマトかな

1946 29

2024-03-24 09:57:23 | 俳句日記
1946 29
雑踏
久し振りに難波に出た。
何年ぶりだろう。
補聴器は用をなさない。

【一句】雑踏に老いの場所なし春愁ひ(はるうれひ)

1946 28

2024-03-19 10:55:55 | 俳句日記
1946 28
三角コーン
いつもの散歩コース。
もうウォーキングとは言わない。
いつもなら右に曲がって池の地蔵さんに手を合わせてUターンする筈が、舗装された道が続いている。
「三角コーン」が置いてある。
三角コーンは家に帰って調べてみました。
妻となら「赤いあれ」で通じますが(実際通じました)。
通じなければ、工事現場なんかの赤い三角。
結構そんな言葉を使っている気がします。
三角コーンは言い得て妙ですね。
「言い得て妙」も言い得て妙。
後日三角コーンは端に寄せられていたので行ってみました。
道は途切れ、同じ田んぼの風景でした。
なんで道を作ったのだろう。

【一句】道の果てに道の生まれし春野かな


1946 27

2024-03-18 09:26:04 | 俳句日記
1946 27
言葉の断片
父は寡黙な人だった。
何を話したかあまり覚えていない。
父の思い出は断片的な言葉として蘇ってきます。
102才で去年亡くなった義母を最後にみんな亡くなりました。
もう僕の親の世代はいない。

【一句】亀鳴くや父の言葉のひとつづつ