創作日記&作品集

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不可能・松浦寿輝著

2011-08-31 14:26:42 | 読書
主人公は三島由紀夫である。七〇年の事件では死なずに収監され、二七年後に釈放されたという設定で舞台は現在。八十才半ばの老人になっている。釈放後十四年ほど経っていることになる。このことが文中では書かれていない。初出が二〇〇六年でも十年弱経っている。その間彼は何をしていたのだろ? 小さな骨が咽に引っかかったように思うのはそのためである。
最初にサド侯爵夫人からの引用が掲げられている。

ーあなた方は薔薇を見れば美しいと仰言り、蛇を見れば気味がわるいと仰言る。あなた方は御存じないんです。薔薇と蛇が美しい友達で、夜になればお互いに姿を変え、蛇が頬を赤らめ、薔薇が鱗を光らす世界を。兎を見れば愛らしいと仰言り、獅子を見れば恐ろしいと仰言る。御存じないんです。嵐の夜には、かれらがどんなに血を流して愛し合うのかを。ー

何という美しく精微な文章でしょう。「薔薇」と「蛇」が「神聖」と「汚辱」の比喩ということを知らなくても十分感動します。本編を論じないで引用を絶賛するのは作者に対する嫌みではありません。このような文章を書く三島由紀夫が作者を本作品をに誘ったと思うからです。私も一時三島由紀夫に耽溺したことがあります。だけど、七〇年の事件以来どんどん離れていきました。世間も忘れていきました。特に思想的なものについては顧みられることもなかったように思います。この小説でもほとんど思想的なものには触れていません。
この小説はとても懐かしい感じがしました。うーん、そうだったなあという感じですね。テーマの「距離」をめぐる描写も納得できます。でも個人的に残念に思うのは六章半ば以降です。ミステリーになってしまった。私は決してミステリーが嫌いではありません。むしろ好きです。この小説がミステリーとして紹介されたことが読むきっかけになったのも事実です。また、本作の謎解きを楽しみました。でも、壊れてしまったですね。何かが。途中で筆を置く勇気もと……。あくまで個人的な感想ですが。