ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2013.4.1 年度始めに思うこと-最期まで自分らしく

2013-04-01 20:11:39 | 日記
 4月になった。平成も四半世紀となり、25年度の始まりの日である。
 久しぶりに太陽の陽射しが嬉しい。昼休みに外に出ると、遊歩道には桜の花びらが絨毯のよう・・とまではいかないけれど、大分落ち始めている。それでも桜と記念撮影する人たちの姿は相変わらず。
 いまだ寒さは残っているが、職場事務室の暖房は極めて無情にも切られている。が、昨日までの空模様を思えば気持ちの持ち方が全く違う。何とも単純な私である。
 
 朝から辞令交付等のセレモニーが続き、ようやく新しいメンバーが自席に着いたのは夕方になってから。当分、引継やら何やらに加え、学生たちが窓口に殺到する等して人がワサワサ動く落ち着かない日々が続くだろう。
 こうして同じ席に座り同じ仕事が続けられる恵まれた環境に感謝しながら、この一年も大切に送っていきたい、と思う。

 さて、これまでも何回かご紹介している小笠原先生のコラム、「診療所の窓辺から」の4月最新号で、私もそうありたいと強く思ったので、以下ご紹介させて頂く。
 先生は四万十川のほとりにある診療所で外来診療をしながら在宅医療もされている。

※  ※  ※(転載開始)

診療所の窓辺から 外来と在宅の日々は「気遣い」に守られながら 小笠原望(おがさわら・のぞみ)

(前略)
 「外来の診療中に呼ばれたらどうするのですか」、若い先生からは聞かれる。そう、そんなときはゼロではないが、今までにほんの二、三回。「この時間帯は困るなあ」と思うときは、患者さんのほうが避けてくれる。それに、気になる在宅の患者さんは、診療の始まる前に診察に出向く。「今日は大丈夫」「これは大変になりそう」、そんな心づもりをして外来診療を始める。
 遠出で不在のときに何か起こることも少ない。「留守のあいだに何も起こりませんように」、列車に乗る前にぼくは祈る。土佐くろしお鉄道中村駅のホームはぼくの祈りの場所でもある。
 在宅の患者さんを訪問中に、目の前で呼吸が止まるのは珍しいことではない。たまたま日曜日の午後に、何げなくぶらりと寄ったら、あっという間に最期を迎えた患者さんもいた。

(中略)
 
 診療所に帰ったぼくは、気になっていた昨日から調子の悪い患者さんの家に電話をした。「すやすや眠っています」と、家族の穏やかな声だった。「呼吸停止らしいです。また家に着いたら連絡します」。そんなに間はなく、訪問看護師からのあわてた電話だった。
 明け方の静かな最期だったのだろう。昨夜は喉(のど)のごろごろが続き、遅くまで処置をした。静かな様子を家族はよく眠っていると思っていたのだ。「お疲れ様でした。三カ月間、よくみてあげましたね」と、臨終を告げてから家族をねぎらった。明け方に二人のいのちをみとって、ぼくは診療所に帰って診療を始めた。
 その前々日には、診療の始まる前に診察に行ったぼくの目の前で、患者さんが亡くなった。前夜に、家族とこれからをどうするかを話し合ったところだった。
 「お母さんはみなさんに気配りをする人だから、今までのようにさっと切り抜けるか、ぽきっと折れるようなあっけない最期かもしれませんね」と、ぼくは口にした。早朝にぼくが診察を始めたときにも、呼吸はきちんと正確だった。意識もしっかりではなかったが呼びかけには反応があった。あっという間の最期だった。息子を呼んだが、最期にやっと間に合った。「ありがとう。ありがとう」と、息子は母の手をさすっていた。
 偶然はない。臨床の毎日でそう思う。ひとの死の場面でさえも、その人の意図を、気遣いを感じる。そんな臨床の場でぼくは守られてきた。(朝日新聞発行の小冊子「スタイルアサヒ」2013年4月号掲載)

(転載終了)※  ※  ※

 長い医療活動の中で、数え切れないほどの看取りをされている先生がおっしゃることは本当にそうなのだろうと思う。長年家族ぐるみのお付き合いをされてきた患者さんが亡くなっていく場面で、その人の意図と気遣いがある、ということに胸を突かれる。
 そう、周囲に気遣いをしながら日々を大切に積み重ねていけば、私の人生に関わってくださっている方たちにかける迷惑を最小限に出来るようピンチをうまくさっと切り抜けられるのではないだろうか。そしていよいよ・・・となったら、ぽきっと折れるように潔く最期を迎えられるのだ、と信じたい。何よりそうありたいと強く思う。そうあることが出来るように、こうして生かされている日々を過ごしていきたい。

 今朝のこと。真面目な顔をした息子がスマホを見ながら「俺、学校でヤバイことになっているらしい。」と言った。「・・・一体なにをやらかしたの!?」と訊くと、「エイプリルフールでした~」とのこと。君が言うとジョークに聞こえないのだ。全く新年度早々心臓に悪いことである。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする