ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2013.12.13 高校生活、最後の授業に思うこと

2013-12-13 19:29:27 | 日記
 受験生の息子のこと。昨日をもって高校の最後の授業が終了した。
 今日は、卒業試験で図らずも赤点を取ってしまった生徒たちのための追試日だ。今回、辛くも追試を逃れた彼は、「塾もまだ開いていないから学校で自習する。」と言っていつもより小一時間遅く(私は朝の一人時間がなくなり結構迷惑だったが)、お弁当を持って出かけて行った。

 昨夜、塾から戻って遅い夕食を摂りながら、息子は各科目の最後の授業のことを、とてもよく喋った。
 生物では豚の眼球の解剖をして、名前の通りの水晶体に驚いたと言い、世界史では歴史上の暗殺事件等(ケネディ大統領等)のビデオを見て、余りの残酷さにちょっと泣きたくなったそうだ。そして、学年主任厳重注意(!)等で大変お世話になった英語教師からは6年間の思い出の発言もあり、クラス皆でしんみりしたという。

 それぞれのクラス担任・教科担任の教師たちは、息子たちを送り出すと、大部分は新年度から中1の担任になる。
 「高3の担任を終えた後、中1の担任になると、あまりのギャップに驚くのです。」と、入学後まもない中1の時に担任が話していたのを、私は何か他人(ひと)事のような、遠い未来のように聞いていた(当時、再発・転移が分かって治療を開始して間もなくだったこともあり、そんな先のこと、私は生きていられるかどうかすらわからない、と思っていたのだった。)。
 けれど、こうして過ぎてみるとなんと早いことか。

 AOや指定校推薦等の推薦入試の結果も出揃い、既に大学生活への切符を手にしたクラスメートも数人いるようだ。
 いよいよ1ヶ月後に迫ったセンター試験の受験票も頂いてきた。さすがに私の勤務する大学が受験会場ではなかったが(息子は「ここなら歩いて行けるし、中の様子わかるし」と言っていた。)、寝坊助の息子にとっては思いのほか近い会場でラッキーだと思う。
 
 そんな息子の話を聴いていた夫が、「新卒で就職しても、中高一貫生の担任を6回繰り返したら定年なんだなあ(そう考えると長いのというべきか短いというべきか・・・)」と言った。
 なるほど、36年間定年まで働くというのはそういうスパンのことなのだ、と何やらしんみりしてしまった。
 さて、私は今、面倒をみている大学院生たちをこの後、何期見届けることが出来るのだろうか。

 ようやく今週1週間が無事終了。今年も余すところ20日を切った。
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