ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.8.14 幸せながん患者であろう

2017-08-14 21:55:12 | 日記
 読売新聞の医療サイトyomiDr.のコラムになるほどなと思うものを見つけた。本ヨミドク堂での本の紹介と著者へのインタビューをまとめたものである。
 以下、転載させて頂く。

※   ※   ※(転載開始)

『幸せながん患者』森山紀之さん(2017年8月11日)

幸せながん患者になろう 
「幸せながん患者」って、本当にいるのだろうか。気になる書名である。

 著者の森山紀之さんは、初めは外科医として、その後は国立がん研究センターなどで放射線診断医として、40年以上がん医療に携わっている。この間、約1000人以上のがん患者と出会い、そのほとんどの人にがんの告知や余命宣告をしてきた。

 「がんになったことは、もちろん人生におけるアクシデントであり、幸せなことではありません。でも、亡くなった患者さんも含めて、がんと共に生きた日々を『幸せな体験だった』と振り返る方は少なくありません」と強調する。
 がん告知する側の思いが 綴(つづ)られている。「がんと告げられ、平気でいられる人は多くない。告知する時に私(森山さん)が最も気を配るのは、がんであることを患者さん自身にいかに受け入れていただくかです。患者さんは我が身に起きたことから、目を 背そむ けているわけにはいかない。末期がんなどの患者さんは『がんを克服しよう』というよりも、『がんと共に生きよう』というところへ気持ちを持っていかなくてはなりません」

 患者に尋ねられた時、森山さんは余命も告知する。「病名の告知以上にショックを与えてしまうことが多く、患者さんの受け入れる力を探りつつ、言葉を選んで、気を使いながら行っています。お伝えするのは、患者さんが残りの人生をその人らしく生ききるために、残り時間を知ることは欠かせないと思うから。その人の人生を認め、尊重していればこそ、伝えるべきだと思うのです」

「インチキながんビジネス」に踊らされない
 今、がんに対する情報が氾濫している。「不確かな情報に踊らされている限り、幸せながん患者にはなれない」と警告する。
 「インチキながんビジネスや、眉唾ものの民間療法に惑わされないよう、情報を選ぶ時の目の付け所は二つある。まず、情報の科学的根拠が示されているか。次に『絶対』、『100%』、『奇跡の』といった強い言葉が使われている場合は、その情報自体を疑った方がいいですよ」

 確かな情報をバランス良く取り入れることができるかどうかも、幸・不幸の分かれ道になるという。「がん情報の最も確かな情報源は、やはりがん専門医ですが、専門領域がかなり細分化されています。セカンドオピニオンをとる場合、主治医が外科医なら、セカンドオピニオンは専門が違う腫瘍内科医や放射線治療医にも求めることをお勧めします」

 「もし、セカンドオピニオンで主治医と全く異なる治療法が提示された場合はサードオピニオンをとってもいい。ただし、これ以上はお勧めしません。“ドクター・ショッピング”を繰り返して治療が始められず、手遅れになってしまうケースを見てきているので」

 森山さんが出会った、自分の人生を自分らしく生きている「幸せながん患者」には、いくつかの共通点がある。
 「がんである事実にあまり支配されず、『再発の恐怖』や『いつまで生きられるか』という不安と隣り合わせのはずなのに、 悶々(もんもん) とした時間を過ごすようなことはない。仕事でも趣味でも家事でも、がんになる前にやっていたことは、できる限り発病後も続けている。先々のことを思い悩まず、その時が来たら考える、というスタンスで、今できることに集中されています」

突然」と「期限付き」……どちらかの「死」を選ぶなら
 森山さんは、「突然の死」と、余命を知らされるがんの「期限付きで迎える死」を選べるとしたら、「期限付き」の方を選ぶ。「余命〇か月」を精いっぱい使い、お世話になった方々への感謝を伝え、仕事の引き継ぎをしたり、家族と過ごしたりしたいと考えている。

 「がん専門医の中に『死ぬならがんで死にたい』と話す人が多いのも、同じ理由によるものだと思う。死を受け入れることは簡単ではないが、人生の期限が示されることで、残りの人生を自分らしく輝かせようと努力するのは、ある意味で幸せなことではないでしょうか」

 幸せながん患者とは――。「自分らしくがんを生き抜くことのできる人」と森山さんは締めくくった。
 この本にはがんに関する手術、放射線治療、化学療法の長短所に加え、近年、注目を集める免疫療法や保険適用外の放射線治療など、最新情報もがん専門医の本音で紹介されている。(斉藤勝久 ジャーナリスト)

(転載終了)※   ※   ※

 私は幸せだ、幸せだと必要以上に強調するつもりはないけれど、総じて今の自分はとても幸せながん患者の一人ではないだろうか。
 これまで余命をはっきりと聞いたことはないし、今の段階ではまだ訊くつもりもないけれど、ステージ4のがん患者であることは既に充分受け入れているつもりだ。
 そして、主治医にも家族にも職場にも、再発して以降の私の人生を充分に尊重して頂いていると日々感謝している。

 おかげさまで、これまでインチキながんビジネスに踊らされていることもなく、いわゆる標準治療のカードを一つ一つ大切に使わせて頂き、命を繋がせて頂いている。まあ、“100%”、“絶対”、“奇跡”なんて言葉が踊ると通常は胡散臭いものであると思う感覚はまだ失わず、持ち合わせている。

 そして何より、再発転移して以来、再発するかもしれないという恐怖から解き放たれたし、いつまで生きられるかということを思い悩んでみても致し方ないということを十二分に理解している。これはもう神のみぞ知るの範疇であるからだ。だからこそ、これまでの日々、やりたいことをやれるときに精一杯、自分らしく過ごしてきた。そして振り返れば思えば遠くへ来たものだ、なのである。

 考えても如何ともしがたい未来をあまり思い悩まない、悔やんだところで変えることの出来ない過去をこれでもかと反芻しない。そうした病との付き合い方は何度となくこのブログでご紹介してきた。マインドフルネス、今に集中する生き方こそ、一番ストレスフリーなのである。

 そして欲張りかもしれないけれど、仕事も家事も好きなことも手放さずに、出来る範囲で続けている。それ以上に、やりたいことを我慢しないで体調と相談しながらチャレンジするようになった。だからそれなりに忙しい。毎日思い悩んでいる時間などないというのが正直なところだ。

 突然の死か期限付きの死か、どちらかを選ばなければならないなら、やはり準備が出来る後者が究極の選択なのだろうとも思うようになっている。生まれてきたからには永遠の命はないわけだから、病気であろうがなかろうが必ずや最期の瞬間がやってくる。
 そして自分にとってのその時が来たら、きっと情けなく動揺もするだろうし、様々な葛藤もあるだろう。だからこそなるべくその思いが小さくあるように最後まで私らしく、日々を重ねて生きたいと思うのだ。

 「幸せながん患者」-書店で見つけたら手にとってみたい一冊である。 
 


コメント (2)
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