2015年3月5日(木)
碁敵(ごがたき)は 憎さも憎し なつかしき (作者不詳)
有名な川柳だが、僕にはよくわからない。碁敵という感覚がピンとこないのだ。囲碁好きなら敵ではなくて仲間だし、負けるより勝ったほうが嬉しいけれど、それが目的ではないので。
ことさら対決姿勢をむき出しに、石を取るか取られるか挑んでくるケンカ好きのおじさんは碁会所に山ほどいるし、この道ではあんがい女性が好戦的でもある。源氏物語にも宮中の女性らが碁を打つ場面があるが、さだめしきな臭くけたたましかったことだろう。それは石取りゲームというもので、棋道との間にはやくざのケンカと剣道にちょうど対比できる開きがある。
Fさんは職場ではほとんど唯一の、貴重な同好の士である。火曜日の昼休み、再開してワリコンだ瞬間、Fさんが座り直して考え始めた。「よくないねぇ、どうも」とボヤく時は、彼の本音なのだ。面白いもので、ワリコミを発見したのは僕なんだが、僕よりも打たれたFさんのほうが、事の重大さをはるかに速く正確に察知している。
数分考えて ~ 僕らの数分は、トップ棋士らの番碁なら1時間を超える長考に相当する ~ Fさんが打った手は、僕の予想に全くないマガリだった。いくらかソンな打ち方だが、事態の深刻さを知って紛れを求めたのだろう。こうなってからのFさんが日頃恐いんだが、この局では紛れる余地が残っていなかった。作って11目半は、ぴったり予想どおりの差である。
昼休みは残り25分、手番を入れ替え時間のあるだけ打ち進める。写真が
今回の打ち掛け図、白番だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/3d/dc/92c8f9a5b34be1fcc41a66854040c6a5_s.jpg)
右下に侵入した黒を追う中央側の白6子が浮き石になっている。まずは断点を守らないといけないが、面白いことにカケツイで守ればその瞬間に中央の黒の上下が連絡できなくなっている。すると次に下辺のハネで黒4子を大きく取り込めるから、今度は黒が守らないといけない。これを黒が見落としたら、その瞬間に碁はほぼ終わる。気づいて守ってくれれば、白は先手で断点を補強したことになる。気分は良いが、しかしまだはっきり生きてはいない。
その次はどうするのかな。右辺の黒に薄みがあり、上辺の黒は眼形がはっきりしない。狙いが複数あるときは、自分の弱点を補っておけばどれかの狙いを実現できる。性急に狙いを追っていくと、二兎を追って一兎をも得ないことになりかねない。たとえば右辺の薄みをついてめいっぱい地を稼ぐと、黒の中央側が厚くなってとたんに白6子が攻め立てられる。
そうか、カケツイだ石からさらにコスんで、浮いた一団を左辺の白につながっておくのだな。それで盤面全体に弱い白石が皆無になるから、後顧の憂いなく追い込んでいける。次が黒番でも、右辺か上辺か、どちらかには寄りつけるだろう。ああ、それでいいや。そのように打てれば打ち方に花丸、結果はどちらでもよろしい。
碁の強い者は、必ず守りが強い。「強いやつほどよく守る」は石倉先生から教わった金言だ。ただし、ただの守りではなく、次の狙いをもった守りをもって上とする。
奥ゆかしいゲームだ。