2016年3月23日(水)
出た!
イ・セドルとAI碁の棋譜、5つまとめて週刊「碁」に掲載されている。KIOSKで思わず手に取った。ずいぶん久しぶり・・・調べてみたらちょうど半年ぶりである。掲載された棋士らのコメントがコンピュータの急激な進化を異口同音に驚き讃える中、異色出色のコメントはやっぱり治勲さんである。
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オレは李セドルに腹が立ってしょうがない。アルファ碁がメチャクチャ強いのは認める。でも、あの打ち方は酷い。
一局目はコンピュータを馬鹿にして打ってた。15手目の受けた手は、人間同士ではあり得ない手。あの碁を見て、打ち手が李セドルだって思う人はいないよ。
最初に負けたものだから、2局目は動揺して相手を意識している。3局目は誤魔化そうとしてる。
こんな素晴らしい人が、打ちたいように打って強い人をみんな負かして、尊敬を集めてきた男がだよ?相手がコンピュータだから負けるのが恥だと思ったのか・・・どうして自分を見失ったのか。コンピュータに勝とうが負けようが、そんなのどうでもいいことだ。あれじゃ彼と闘ってきた人たちは、皆怒ってるよ。
第4局だってたまたま勝っただけ。第5局の79手目?あんなのノビる一手。黒81と生きるようじゃ、全然ダメとしたもの。
李セドルも人間だから仕方がないけど、ぜひリベンジしてほしい。負けても構わないから、生き様を示してほしい。
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痛快このうえないぶった切りで、「赤鬼」と渾名された治勲さんの真っ赤に怒った顔が見えるようである。「打ちたいように打って強い人をみんな負かして尊敬を集めてきた男」って、治勲さんのことじゃないの。むろん彼、20歳以上年下の若き英雄に自身を重ねている。だからこんなに真剣に怒るのだ。
見かねたらしい編集者が、あらずもがなの付記。
※ 編注: 二十五世本因坊治勲は李セドル九段とは親しい仲です。
そんなの言われなくたってわかる。この怒りの文面に、愛情以外の何が読めますかというのだ。そういえば二人は同郷でもあるんだっけね。会うときは韓国語でやりあうのかな。数年前のNHK杯決勝で、治勲さんのボヤキの中にチラと韓国語が混じり、途端に解説の柳時さんが苦笑したことがあった。テレビでは紹介しにくいスラングだったらしくて。
イ・セドルの歴史的棋譜、時間ができたら楽しみに並べてみよう。
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河津桜はすっかり装い換えた。放送大学では年度末の臨時評議会、あわせて退職する教職員の送別会である。昼休みにはFさんとお別れの一局。そうと分かってて負かすわけにはいかない・・・と言っておこう。前半快心のうち回しを一手でフイにしたのは、勝ちを譲ったわけではなく得意の勝手読みのせいだ。高段だか級位だか分からないようなチグハグが自分の碁にはしょっちゅう出現して、むろん性格を示すもののはずである。
ふと思うんだが、意識的に統制しているつもりの対局の流れの中で、不意に無意識が顔を出す。手談とは、自分自身の(あるいは集合的な)無意識との対話ではないかしらん。あの一手も、何か違う自分が顔を出して、何ごとか囁いた結果のような。
Fさんのほうはもっとすっきり単純、徹頭徹尾表裏一体のケンカ碁である。これも人柄を表しているだろう。いや、ケンカ碁の棋風がではなく、どの一局、どの一手をとっても一貫して迷いのないところがである。
あいにくこちらは迷いだらけだ。