散日拾遺

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気散じするのと気が散るのと/気が置ける?置けない?

2018-02-04 11:06:31 | 日記

2018年2月4日(日)

 「気立て」もまた「気のつく言葉」の係累で、この系列の面白さは無尽蔵とも思われる。これを鎌倉時代までの日本人が知らなかったということが、かえすがえすも不思議である。

 最近目についたものに、「気散じ」というのがある。今は耳慣れないが、ちょっと古めの小説などには「気晴らし(をする)」という意味で、「気散じ」「気散じする/気を散じ(ず)る」といった表現が現れる。

 「気が散る」「気を散らす」との対比が面白い。「気」が集中を失って散漫になる同じ現象を踏まえながら、「気が散る」「気を散らす」は集中欠如という負の面に注目し、「気散じ」は過度に集中して凝り固まった「気」を緩めて解放し、疲労を回復する正の面を見ている。

 そうそう、そう言えば・・・

***

 昨秋のことだったと思うが、すいた電車でぼんやりドアにもたれていたら、近くの座席から若い女性同士の会話がコロコロと聞こえてきた。

 「気が置けるとか、置けないとかって、混乱しない?」

 「する!このあいだ◯◯ちゃんが、うちらの仲間いいよね、安心して気が置けるよねって」

 「それって、違うくない?あ、いいのか」

 「う~ん、どうだろ・・・」

 樹上の小鳥のように賑やかに囀っていたのが、ここでぴたりと静まった。振り返ってみたら、2人並んで競うようにスマホを操作している。数十秒後、にっこりと顔を見合わせ、

 「ってことは」

 「私たちって」

 「気が置けない!」「気が置けない!」

 座席の上で跳びはねるように笑い交わした。

 スマホも使いようですね。こんなことでもなかったら、彼女らは生涯この語の用法を会得しなかったかもしれない。

 友情に乾杯!

Ω