散日拾遺

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ノギスはノニウス

2019-03-23 23:33:23 | 日記

2018年3月11日(月)

 手許にある二組の碁石、どっちが厚いんだろうと考えた。

 一方は厚さを指定して購ったもの、もう一方は訳あって某所から譲り受けたものである。碁笥が傷物でタカをくくっていたが、よく見れば石そのものは、厚みといい光沢といい相当の風格がある。白石の中央部が橙がかっているところなど、かえってメキシコ産ならぬ日向蛤の証とさえ思われるが、素人了見か。

 分厚いのは確かである。碁石は厚いほど上等だが、厚すぎると実際には使いにくい。好みにもよるけれど自分としては、31~2号が普段使いに最適と思っていたところ、この石は明らかにそれより厚いのにナゼかもてあます感じがない。不思議な石で、見つめるほどに掘り出し物感が募ってくる。

 テーブル上に並べて真横から眺め比べれば、どうやら32号既知の石より謎の碁石がいくらか厚そうである。こういうのを測るときに使う道具があったな、ノギス、そうノギスだ。

 そこでまた、ハタと考えた。ノギスとはどういう意味か、ノギスはなぜノギスなのか・・・?

***

 「ノギスは、ポルトガルの数学者ノニウスによって原案が発明され、日本ではノニウスという語がなまってノギスとなったと言われています。」

http://zokeifile.musabi.ac.jp/ノギス

 「ノギスの歴史は、17世紀に始まる。ただし物を挟んで外側寸法の見当をつける程度であった。ポルトガルの数学者ペドロ・ヌネシュ(ラテン語表記ペトルス・ノニウス、Petrus Nonius) がノギスに目盛りを付けたといわれている。ノニウスが訛って日本ではノギスと呼ばれる様になった。英語では、バーニャキャリパーと呼ばれる。これは、1631年ノギスで正確な読み取りが出来るキャリパー構造を完成させたフランス人のピエール・ヴェルニエ(英語表記ピエール・バーニヤ、Pierre Vernier)の名から取られている。(ドイツ語はヌネシュに表敬してか、Nonius である。石丸註)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ノギス

 なるほど、と言いたいところだが、謎はまだ解けていない。日本の文化史の中ほどにポルトガルの影響が鮮やかに刻印され、そのことが金平糖だのバッテラだのスベタ(死語?)だの、ひょっとすると「ありがとう」だのといった語彙から伺い知られる。ただしこれは秀吉の伴天連追放令が発せられるまでの話だから、17世紀に発明されたノギスの名の説明にはならない。

 ずっと下って明治期の伝来とした場合、英仏経由ならヴェルニエ/ヴァーニヤ、ドイツ経由ならノニウスになる理屈。「ノニウスが訛って」と諸家がおっしゃるのは、ドイツ経由を意味するものか。しかし、医学や公法学でこそドイツの影響が大としても、土木建築など技術分野では英仏が優位だったはず。仮にドイツ由来だとして、実物を示されながら「ノニウス」とはっきり教わったものが、似た音とはいえ「ノギス」と訛るものか?

 もごもご言ってるのは、ひょっとしてノギスの伝わったのが江戸時代、オランダ人経由ではなかったかというのである。オランダ人がドイツ人同様、ラテン語の Nonius を採用した可能性は十分あり、それが出島で紹介されてから、日本各地に伝わる間には訛りもするであろう。オランダ語ではノギスを何と呼ぶのか、今度調べてみよう。

***

 それにしてもノギスは大した道具である。巧妙さといい実用性といいノーベル賞級の発明だが、そういえば嘗て世界の海に覇を唱えたポルトガルという国は、ノーベル賞に不思議に縁がない。僕の知る限りで唯一の受賞は1949年、エガス・モニス(António Caetano de Abreu Freire Egas Moniz, 1874-1955)がスイス人、ルドルフ・ヘス(!)との連名で生理学・医学賞を与えられたものだが、これは例のロボトミー(前頭葉切截術)に対するもので、後年ノーベル賞史上最悪の誤りと評された。(もっとも平和賞についてなら、最悪の上を行く事例がいくつも挙げられそうだが。)

 親愛なるポルトガル人の名誉のため、真に価値ある受賞を待望する、と書こうとせて確かめたら、実は既に出ていました。

 ジョゼ・サラマーゴ(José de Sousa Saramago, 1922-2010)、1998年のノーベル文学賞受賞者、主著は『修道院回想録』『白の闇』など。

 読んでみようかと思ったが、Wiki 情報だけで見ても尋常ではない。

 「しばしば1ページ以上にわたる長い文を書く。段落は、通常の小説の章の長さに匹敵するほどである。対話を区切るための引用符(「」や『』)は使わない。個性的なこれらの特徴から、独特の文体のリズムを持っている。」

 「ポルトガル共産党に所属し、無神論者であることを自ら認め、体制批判的な立場を貫いている。また、ポルトガルとスペインが政治的に統合して一つの国になるべきだという主張(イベリスモ)を展開し、両国で論争を巻き起こしている。」

 政治的・宗教的立場はともかく、これではポルトガル語で読まなければ意味がないだろうし、そんな人生の時間は当然ながら残っていない。

 「来世の楽しみにとっておきますよ」といった言い草に対して、この作家はどんな風に反応したのだっただろうか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョゼ・サラマーゴ

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