日付が変わって数時間後の深夜、供に郡山入りしていた中堅氏から電話。
なんとこの日の夕方頃から別の予定があったことを忘れており、
もし観光をした後に出発しようもんなら帰省ラッシュにかぶってしまい、
時間までに帰りつけない、という悲痛な訴え。なんなんだ、おい。
で、彼の出した結論は今から東京方面へ帰る、と。
私にそれをどうこうする権限もないのであっさり了承しましたが、
考えても見れば彼が郡山に来たのは私の飲み相手をするだけで、
しかも滞在時間わずかでとんぼ返りすることになってしまったことには同情。
当初のとおり、会津観光は私一人で行くことになりました。
朝9時半にホテルをチェックアウトし、郡山から西へ進路をとります。
郡山と会津若松を結ぶ道路は国道49号と、なんとも縁起の悪い道路で、
事故だけは勘弁と思いながら徐々に標高の高くなっていく道路をひた走ります。
また、東北ということもあってか沿道には満開の桜を多数見ることができました。
東京ではもはや一年後しか見れない桜をここで見ることができたのは、
なんとも不思議な気分でもあり、うれしさもあり。
そんな桜と猪苗代湖という絶妙なバランスの風景を眺めつつ、西へ西へ。
まず最初に訪れたのは日本史好きにはニヤリな白虎隊終焉の地である飯盛山。
幕末の動乱で非業の死を遂げた少年兵に思いを馳せてしみじみしていたら、
団体の観光客が大挙して押し寄せ、雰囲気も何もなくなってしまいましたがね。
有名な観光地ではこういうことが往々にしてあるのでしゃあないです。
まぁガイドさんの説明をタダで聞けたのでよしとしましょう。
その後は飯盛山から眺めた鶴ヶ城へ乗り込みます。
どうせなら中にまで入って見学していくのが筋なのでしょうが、
城の入り口の看板に「2004 3/27リニューアル!!」みたいなことが書いてあり、
不思議と私は気分が萎えてしまい、外から眺めるだけで見学終了いたしました。
城という歴史的文化財を内部とはいっても現代風にするのは好きじゃないんです。
この間見てきた松本城ぐらいの雰囲気ならまだいいんですけどね。
まぁそんなどうでもいい理由で観光地の一部をスルーさせたわけです。
帰りも高速を使わないで帰るため、時間の制約もありますし。
博物館かなんかでゆっくりするのはまたの機会にするのが賢明です。
鶴ヶ城を後にすると、時間が既に昼を回っており、次は食欲を満たしに行きます。
この辺りの名物といえばやはりなんといっても喜多方ラーメンですね。
喜多方市内だけで120以上のラーメン店が軒を連ねており、まさにラーメンの町。
バイクの旅なのにここはしっかりと町の中心である喜多方駅に立ち寄り、
ラーメン案内マップを入手し、数多くあるラーメン店の中から訪問すべき店を決めます。
一応いくつかの目をつけたラーメン屋を一通り見て回るのですが、
駅に近い店というのはどこも目に付くということもあってか、案の定どこも行列。
ただでさえ飲食店で行列というのが嫌いであることに加え、
先にも述べたような時間の問題もあるので、走りがてら郊外にある店に行くことにします。
赤れんが食堂という駅からは10キロぐらいの距離にある店なのですが、
さすがブランドラーメンというだけのことはあり、駐車場には10台近くの車が停めてあり、
店内もほぼ満席状態でした。幸いなことに待たずして入れたのはなにより。
ラーメン自体も大変美味しくいただきました。
これで一応の観光的なことは終えることにし、あとはバイクでの走りを楽しむのみ。
福島県には主に三つの有料道路があり、できることなら全てを走破したいのですが、
どれも目的地が別の方向に向いており、またまた何よりも時間の制約があるので、
磐梯山ゴールドラインという距離も値段も手頃な観光有料道路を選択し、いざ出陣。
沿道にはまだ雪が残っており、眼前に見える磐梯山にも残雪がちらほら。
本当に5月なのかって思うぐらいの光景で、東京周辺では味わえないものですね。
道路に関しては有料の割には非常に急なカーブが多く、走り屋の方は好みそうな雰囲気。
木々の中を縫って走る約30分のワインディングは気温が低いことを除けば、
全くもって快適そのものでありました。季節は春でも冬装備できてよかったわ。
この道を走り終わるといい具合に時間が4時前になってしまいました。
ってことはそろそろ東京に向けて帰らなきゃならないわけです。
来た道をまんま帰るのは精神的にもつらいものがあるので、
途中までは猪苗代湖の南岸を通る茨城街道を経由して4号線に接続するルートを選び、
後はずーっと南へ南へ。家に帰り着いたのは午後十時過ぎでした。
帰りは疲労もあるので休憩をゆっくりとりながらの行程だったのと、
帰省ラッシュの影響が一般道にも出ていたことで行きよりも少々遅くなってしまいました。
二日間で総走行距離は750kmぐらいですかね。明日はゆっくり休ませていただきます。
恐懼謹言。
なんとこの日の夕方頃から別の予定があったことを忘れており、
もし観光をした後に出発しようもんなら帰省ラッシュにかぶってしまい、
時間までに帰りつけない、という悲痛な訴え。なんなんだ、おい。
で、彼の出した結論は今から東京方面へ帰る、と。
私にそれをどうこうする権限もないのであっさり了承しましたが、
考えても見れば彼が郡山に来たのは私の飲み相手をするだけで、
しかも滞在時間わずかでとんぼ返りすることになってしまったことには同情。
当初のとおり、会津観光は私一人で行くことになりました。
朝9時半にホテルをチェックアウトし、郡山から西へ進路をとります。
郡山と会津若松を結ぶ道路は国道49号と、なんとも縁起の悪い道路で、
事故だけは勘弁と思いながら徐々に標高の高くなっていく道路をひた走ります。
また、東北ということもあってか沿道には満開の桜を多数見ることができました。
東京ではもはや一年後しか見れない桜をここで見ることができたのは、
なんとも不思議な気分でもあり、うれしさもあり。
そんな桜と猪苗代湖という絶妙なバランスの風景を眺めつつ、西へ西へ。
まず最初に訪れたのは日本史好きにはニヤリな白虎隊終焉の地である飯盛山。
幕末の動乱で非業の死を遂げた少年兵に思いを馳せてしみじみしていたら、
団体の観光客が大挙して押し寄せ、雰囲気も何もなくなってしまいましたがね。
有名な観光地ではこういうことが往々にしてあるのでしゃあないです。
まぁガイドさんの説明をタダで聞けたのでよしとしましょう。
その後は飯盛山から眺めた鶴ヶ城へ乗り込みます。
どうせなら中にまで入って見学していくのが筋なのでしょうが、
城の入り口の看板に「2004 3/27リニューアル!!」みたいなことが書いてあり、
不思議と私は気分が萎えてしまい、外から眺めるだけで見学終了いたしました。
城という歴史的文化財を内部とはいっても現代風にするのは好きじゃないんです。
この間見てきた松本城ぐらいの雰囲気ならまだいいんですけどね。
まぁそんなどうでもいい理由で観光地の一部をスルーさせたわけです。
帰りも高速を使わないで帰るため、時間の制約もありますし。
博物館かなんかでゆっくりするのはまたの機会にするのが賢明です。
鶴ヶ城を後にすると、時間が既に昼を回っており、次は食欲を満たしに行きます。
この辺りの名物といえばやはりなんといっても喜多方ラーメンですね。
喜多方市内だけで120以上のラーメン店が軒を連ねており、まさにラーメンの町。
バイクの旅なのにここはしっかりと町の中心である喜多方駅に立ち寄り、
ラーメン案内マップを入手し、数多くあるラーメン店の中から訪問すべき店を決めます。
一応いくつかの目をつけたラーメン屋を一通り見て回るのですが、
駅に近い店というのはどこも目に付くということもあってか、案の定どこも行列。
ただでさえ飲食店で行列というのが嫌いであることに加え、
先にも述べたような時間の問題もあるので、走りがてら郊外にある店に行くことにします。
赤れんが食堂という駅からは10キロぐらいの距離にある店なのですが、
さすがブランドラーメンというだけのことはあり、駐車場には10台近くの車が停めてあり、
店内もほぼ満席状態でした。幸いなことに待たずして入れたのはなにより。
ラーメン自体も大変美味しくいただきました。
これで一応の観光的なことは終えることにし、あとはバイクでの走りを楽しむのみ。
福島県には主に三つの有料道路があり、できることなら全てを走破したいのですが、
どれも目的地が別の方向に向いており、またまた何よりも時間の制約があるので、
磐梯山ゴールドラインという距離も値段も手頃な観光有料道路を選択し、いざ出陣。
沿道にはまだ雪が残っており、眼前に見える磐梯山にも残雪がちらほら。
本当に5月なのかって思うぐらいの光景で、東京周辺では味わえないものですね。
道路に関しては有料の割には非常に急なカーブが多く、走り屋の方は好みそうな雰囲気。
木々の中を縫って走る約30分のワインディングは気温が低いことを除けば、
全くもって快適そのものでありました。季節は春でも冬装備できてよかったわ。
この道を走り終わるといい具合に時間が4時前になってしまいました。
ってことはそろそろ東京に向けて帰らなきゃならないわけです。
来た道をまんま帰るのは精神的にもつらいものがあるので、
途中までは猪苗代湖の南岸を通る茨城街道を経由して4号線に接続するルートを選び、
後はずーっと南へ南へ。家に帰り着いたのは午後十時過ぎでした。
帰りは疲労もあるので休憩をゆっくりとりながらの行程だったのと、
帰省ラッシュの影響が一般道にも出ていたことで行きよりも少々遅くなってしまいました。
二日間で総走行距離は750kmぐらいですかね。明日はゆっくり休ませていただきます。
恐懼謹言。