昨日は新しい我が家の地鎮祭でした。
遠くに雪をかぶった富士山がクッキリ見え、気持の良い秋晴れの中、つつがなく土地の神様への工事の安全祈願を終えることが出来ました。
紅白の幕の中、丁寧に設えられた祭壇。
今の家の新築の時は、こんなに色々並んでいたのだろうか・・・すっかり忘れておりました
いよいよ、新しい家と、そしてその後の新しい庭が始まるのだな~と、感慨深く・・・
何事もなく無事に竣工しますように
その後メーカーの建築士さんと営業さんが我が家へ寄って、さらに細かい打ち合わせ。
帰りがけにまだ20代の女性建築士さんが「お庭を見たいです」と言ってくれたので、ご案内。
で、当ブログを見て来てくれた彼女の感想は・・・
「沢山の種類の植物が植えてあるので、もっと広い庭だと思っていました。」
ブログを見てから、我が家に来て庭を見た方々はこういった感想が多いので、いつものように答えました。
「詐欺だと言われてます。」
いくら10坪強の庭ですよ、と前置きしても、カメラアングルが良すぎるせいか、私のガーデニング愛が熱過ぎるせいか、とても広い庭だと思われます。
その結果、大概の感想は「狭い」
それは正直でまっとうな感想です。
そしてこう言ってくれる人もいます。
「一人で家事の合間にガーデニングするには、これぐらいの広さでちょうど良いんじゃないの」
そしていつも思うのです。
どうして他人は庭の広さを一番に気にするのか。
私もターシャ・テューダーのような山一つぐらいの広大な庭で、思いっきりガーデニングしたいと思いますから、広さはとても大事だし、広い庭は私の憧れでもあります。
しかしここは首都圏の住宅街。地主でもないのだから広さには限りがあります。
更に、私の庭はワタシノニワであって、他人に楽しんでもらう庭じゃないから、まったくもって主感的な植物が入っているわけで、共感しずらいのかもしれません。
夫がいう所の「雑草のような草」の生えた庭。
そして建築士さんと営業さんは、「広さ」の次に何を感じたのだろう・・・
ワタシノニワは「広さ」の次に何かを感じてもらえたのだろうか?
昨日、自身も都会でガーデニングしていた古くからの友人に、たまたまメールする機会があって、地鎮祭の事を伝えたら、嬉しい返信がきました。
「次の庭は、あなたの集大成の庭になるのかな。楽しみにしています。」
時間がかかっても、ワタシノニワ=庭主を感じられる庭を作る。
ニワハジンセイソノモノなのだから。
な~んて思った地鎮祭の日でした。