Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 34

2022-03-18 11:01:28 | 日記

 「いやぁ、修羅場だったね。」

食卓にしている黒っぽいちゃぶ台を前に、そこに座した私の祖父が目を細くすると微笑を作り、その場に居た家族皆の寡黙に幕を引く為か至ってさり気ない口調で口火を切った。私は自分の茶碗の中、それ迄せっせと口に運び込んでいた白いお米の粒、見詰めていたその艶めいた粒の塊から思わず視線を上げた。そうして、私はそういえば今日の夕飯は皆静かだなと思った。

 それ迄はご飯を食べる事に夢中でいた私だったが、今になって気付いてみると、この食事時間は我が家の普段の食事中とは違う様子だった。食卓回りは妙な雰囲気を醸し出していた。平生の我が家の食卓の様に、家族の誰彼が発する陽気な声を今回私は聞いていなかったのだ。つまり、食事が始まってからそれ迄の間、皆が殆ど声を発してしていなかったのだ。

 私はちゃぶ台の側に座す人々を見回してみた。すると、皆俯いて伏し目がちだった。母等は、私の視線を避ける様に俯いた儘私から顔を背けた。『何か怒らせたのかな…。』思い当たる事の無い私は妙な気がした。私は助けを求める様に祖母の顔を見た。彼女はこんな時、智ちゃん気にしなくていいよ、等、決まって私に優しい声を掛けてくれるのだ。が、彼女の様子もおかしかった。

 俯き、欹てた目を伏し目にした祖母が、両手に持った茶碗と箸を下に下ろして声も無く吐息を吐いた。彼女は未だ細々と食事中だったが、その後の手の動きを殆どし無くなった。祖母は以降顔を曇らせた儘、食事が全くといってよい程喉を通ら無くなった気配だ。

 「あんなに物静かで、何時もお上品な言葉しか聞いた事が無いあのご亭主が、」

祖父は続けた。あんなに汚い言葉で人を罵るなんて。彼は妻に顔を向けて言葉を掛けた。「なぁ、お前知っていたかい?、あの人があんな物言いをする人物だったなんて事を。」

私はここ何十年かここに住むけどね、あんなに怒ったあの人を見たのは、まぁ、これが初めての事だったよ。「お前知っていたかい?。」、彼は再び彼の妻に言葉を掛けた。私の祖母は、節目の儘、静かに元気無くその場に座していた。そこで私の祖父は再び続けた。

「言葉だけじゃ無い。物腰だって、いつも上品な柳腰、何事も人に譲って遜り、こんな無学な私にだって、お先にどうぞと、会合の時なんか何時も私を先に通してくれるんだ。とても腰の低い男なんだよ、あのご亭主は。」

「あんな大店のご店主で、大した物だと、何時も私は心の内で感心していたが、はてさて今日は、一体全体如何したっていうんだろうなぁ、私はとんと合点が行かないよ。」

「何が有ったっていうんだろうなぁ。」

祖父ふぅと息を吐くと盛んに首を捻っている。

 その後私の祖父は、彼の妻の彼への何らかの応答を待っていたが、妻の方は一向に反応して来無かった。彼は妻を見たのだが、彼の視線の先、私も彼に釣られて見詰めて見たのだが、私の祖母は以前物思う風情で下を向いた儘だった。しんみりとしていて自分の夫への返答はして来無かった。

 夫は妻の同意の無い様子が妙に思えた。そうしてハッと彼の妻の無言の真意を汲み取った。

「そうなのかい。」

彼は真面目な顔になると口にした。彼のその目は一心に妻の顔やその様子に注がれている。

「そうだったのか。」

夫は納得した様に呟いた。