Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 35

2022-03-23 12:33:44 | 日記

 「そうだったのか。あの男、そんな男だったのか。」

夫は顔を曇らせて唸った。

「今まで騙されていたとは、私も迂闊だった。」

夫は顳顬に青筋を立てて怒りの表情を浮かべた。が、彼は相変わらずしんみりと元気無い様子で正座した儘の妻の姿に気付くと、彼女を気遣ったのか、直ぐにうっすらとした笑みを彼の頬に浮かべ、彼女に優しく視線を送ると物言いたげに口を蠢かせた。彼はそのままで暫し妻の様子を見守っていた。

 静かに、彼は優しく彼の妻に言葉を掛けた。

「お前、大丈夫なのかい。」

彼の妻は物思いに耽っていた。過去の幾つかの出来事が彼女の瞼に走馬灯の様に過ぎると、思わず彼女は「大丈夫かしら。」とぽそりと呟いた。だが未だ瞳は伏せられた儘だった。夫の方は静かに妻を見守った儘だったが、その表情には明らかに不快な感情が浮かべられた。彼は妻から視線を外すと、フンという様に自分の体の向きも妻から逸らせた。食卓は再び寡黙な気配に包まれた。

 私は私の祖父の様子に、祖父が腹を立てていると感じ取った。しかしその理由は私には不明だった。「お祖父ちゃん、どうして怒ってるんだろう。」私は自分の御膳の向こう、祖父の様子を眺めながら呟いた。

「お祖父ちゃん、何を怒ってるの?。」

私はちゃぶ台の向こうの祖父に直接的に問い掛けた。何か嫌な事があったの?、と。すると祖父は、孫の私に愛想をするという事もせず、無言の儘、益々こちらから顔を逸らせると、遂に彼はこちらに向かって彼の背中など見せてしまった。これには私も閉口してしまった。思わず顰めっ面をしてしまう。もうっと、せっかく聞いてあげたのに、お祖父ちゃんたら。私は祖母の横でぼやいた。この頃、いつの間にか私の父母は共に食卓から消え去っていた。

 私の不平な呟きに、漸く横にいた祖母がハッと顔を上げた。彼女は食卓の向こうに自分の夫を発見し、あっ!、と声を発すると大きく口を開けた。そうして直ぐに彼女の口を横に引き、苦い表情を彼女のその顔に浮かべた。丸く見開かれた彼女の目は彼女の夫で有る私の祖父に釘付けになっていた。私はそんな祖母の様子を見守った。

 おろおろと、と言うのだろう。明らかに彼女は狼狽えていた。私の祖母だ。私の見守る中、私の横に座っていた祖母は体の方も揺すり始めた。これは貧乏ゆすりでは無い、彼女の内心の動揺が、彼女の表面に迄現れているのだ。それは私にも何となく分かった。私はそっと私の横にいた祖母の片膝を私の右手で撫でた。

 えっ、ええと、祖母の瞳は祖父を見つめた儘だったが、彼女は私の働き掛けにやはり私が感じた通り、彼女の心の動揺を表す上ずった声で反応して来た。私は彼女が落ち着く様にと、更に彼女の膝を優しく数回撫でた。「な、何です?。」祖母は祖父を見つめた儘、私からは顔を横に向けた儘で問い掛けて来た。「何の用があるんです。」

 この問いは、私に向けてだろうと私は思ったが、何しろ彼女の顔は祖父の方を向いているのだ、私は祖母の問い掛けているのが自分なのか?、祖父なのか?、と怪しんだ。私は自分の手を祖母の膝から引っ込めると、祖母の方をきちんと向いて正座した儘祖母の横顔を見上げた。数回、彼女は上の空で何ですを繰り返していた。彼女は、明らかにつむじを曲げた自分の夫から彼女の注意を逸らせなかったのだ。

「先に孫の用件を済ませたらどうだい。」

「私達の話は後でいいから。」

あっちを向いた儘で、私の祖父が彼女に助け舟を出した。