どうやって祖父を布団に戻したか覚えていませんが、お医者様を呼ぼうにもまだ夜明け前です。
家族の私達でさえ深い眠りの中でした。
漸く目を覚まして事態が分かるまで時間がかなりかかった事からも分かるように、
この時間帯は人が相当深い眠りについている時間のようでした。
祖父の容体は容体として、皆、眠くてしょうがないのです。
こうやって起きてはいても、半分頭も体もまだ睡眠の中でした。
私にしても、確かに迷惑気分はありました。
まだ眠りたいのに、布団は襖と祖父に占領されていて潜り込めません。
パジャマではまだ冷えの来る頃でした。
暖かな布団の中が恋しいと思い始めると、私はぶるぶると寒さに振るえが来ました。
寒くてじっとしていられ無いと足でだんだんを踏み出した頃、父はようやく祖父に声をかけていました。
此処は祖父の布団じゃないとか、父さんの寝床は向こうだとか言っていました。
私は父の言葉を聞いて、そんな問題じゃなく、祖父は容体が悪くなっていて、
緊急の事態なのではないかと父に言ったのですが、父は案外冷たく、
そうじゃなくて布団の場所を間違えているだけだと言うのです。
それで、私は自分の考えを確かめるように祖父の額に手をやって熱を診てみました。
手を額にかざして、明るい電灯の下、間近で祖父の顔を覗き込んでみると、祖父は少し目を開けて瞳を見せていました。
祖父の瞳が見えると、目の開かない顔よりそう苦しそうでもないのかなと、私はほっと安心しました。
熱もそう高くはなさそうでした。
そうですね、父に言われて祖父は後ずさりして戻ろうとしたのかもしれません、
転がって行くだけの元気が無かったのでしょう。父も抱えるとか、運ぶとかはできなかったようでした。
本当にどうやって自分の布団に戻ったものか、祖父は一応座敷に戻り布団に収まりました。
父は祖父と話していました。座敷から父の声だけ聞こえてきます。
孫の布団に潜り込むなんてどういうつもりだとか、夜中に迷惑かけないでくれとか、
言葉からするとどうも怒っているようでした。
私は倒れた襖の件があるので、父が戻って来た時に、祖父が襖を倒している、息も荒く苦しそうだった、
とても具合が悪いんだと思うと言うと、父は襖に初めて気付いたようでした。
この辺り、起きているようでもやはりまだ寝ぼけている状態だったのでしょう。
父は改めて事態の再確認をしたようです。
祖父の寝床に戻ると、今度は優しく父さん具合が悪いのかと尋ねていました。
その後私のところへ戻ってきた父は、
「お祖父ちゃん、もう長くないだろう。」
と、覚悟しておいた方がよいと言うのでした。
多分この言葉は父自身に言い聞かせる言葉だったのでしょう。
父は末っ子でしたから、自分だけで言葉を飲み込む事が出来ない性質でした。
悲しみを誰かと共有したかったのかもしれません。
私もやっぱりそうだったのだと、父の言葉に祖父の容体の急変を確認したのでした。
心しなければ、と、真摯に目前に迫る祖父の死を覚悟するのでした。
朝になったらお医者さんを呼ぶからと、父は寝所に戻りました。
私も布団に潜り込むと、祖父の事は祖父の事で確かに心配でしたが、直に睡魔が襲って来て眠り込んでしまいました。
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