2日程して、また隣の奥様が薫子に言った。
「お宅のご主人どういう人なんでしょうね。」
何でも、飽きたらやるから、付いて来て隠れて見ていればいいさ、と彼に言ったというのだ。
『家の主人が?』
薫子は彼がそんな事を言ったかどうか不審に思ったが、見合い結婚で交際期間が短かった事から、
竹雄の性格、人となりという物がまだよく分からないでいるという事実があった。
本当にそんな変な事を言ったのだろうか?彼は長く私と結婚生活を続ける気が無いのに結婚したのだろうか?
薫子にすると如何にも不思議な事態であった。お隣の奥様の言葉を鵜吞みに出来ない彼女だった。
また奥様はこんな話をした。
自分の出身地の近所に、やはり新婚旅行先で外国人の男性に見初められ、そのままついて来られた女性がいた。
その女性はその後夫と別れ、ついて来た外国人男性と結婚した。
2年程して近所の人がその女性を訪ねていくと、向こうで雲の上のような生活をしていたそうだ。と。
薫子が奥様の話に耳を傾けている内に、物語は段々と真実味を帯びてくるのだった。
非現実的な話と疑いながらも、薫子は、こんな事本当にあるのだろうかと半信半疑の気持ちで一杯になるのだった。
そしてその後、今日その外国人の青年が、到頭自分の目の前に立ちはだかるまで、
彼女は彼の事を特に気に留めないよう、素知らぬ顔で知らぬ存ぜぬを通してきたのだった。
何故なら、彼女の方は一度結婚したからには、自分の家庭をきちんと築き上げて行こう、
終生添い遂げようという気持ちで一杯だったからだった。
夫の真意は分からなかったが、彼女はせっせと自分の家庭を築き上げて行く努力をしていた。
彼女にとってこの外人男姓は迷惑そのものであり、文字通りの彼女の家庭の外の人であった。
『今日の午前中までは何事も無かったのに…。』
彼女はこの件について、夫と早急に話をせねばならないと決意するのだった。
思えば4か月ほどの間、ジープの中は元より、山道では山頂、草むらの中、畑の道では畑作業の人々に交じって、
何時しか髪の色を黒っぽく変え、ダークなTシャツと簡素なズボン、黒いサングラスという出で立ちになった彼。
そんな彼の視線を感じながら、彼女は外出中に目の端々に彼を捉えていた。
山道の草叢などでは、黒い頭、黒いシャツの一部、肩先など、緑に生い茂る草の中で見え隠れしていたものだ。
ここはかなり自然が残る山の中だった。実際に彼女自身、相当震え上がる様な長い動物も何度か目にしていた。
何がいるか、何が生えているか分からないような草叢に、じっと身を伏せる彼に、
草や木では無い彼女の心は、内心酷く同情してしまうのだった。
それでも、自分がそ知らぬ顔をしていれば、いつか彼も諦めて現れなくなるだろうと心の片隅で願っていた。
そう、今日の午前中までは…。
夢見がちな微笑みと、ほのぼのとした気持ちをきりっと引き締めながら、彼女は自宅の玄関に漸く辿り着いた。
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