Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 33

2022-03-17 10:54:19 | 日記

 「智ちゃん、お父さんには朝ご飯が少し遅れますって、言っておいてね。」

母は私に父への言付けをした。いいよと答えた私は、それも変だなと思った。ご飯の準備の話なら、『お祖母ちゃんにじゃないのかな?。』。聞き間違えかと思った私は、家に足を向けながらその旨を彼女の背向けて確認した。

「お祖母ちゃんにじゃないの?、お父さんはご飯を作らない人、…だから。」

すると、路地に戻り掛けて私に背を向けていた母が振り返った。その顔にふくれっ面をして、もうっと言うと彼女は渋い顔を作った。彼女は私の側までスイっと戻って来ると、腰を屈めて私の顔に彼女の顔を近付けると、まるで内輪の話をヒソヒソするように言った。

「お祖母ちゃんに直接じゃ、通らないんだよ。」

お父さんを通してじゃ無いとね。そう言うと、「お前と言う子は、何も判じられないんだからね。云々。」と、彼女はブツクサと私に不平を打つけて来た。

「私は、お前くらいの歳にはね、ちゃんと親の言う事の裏の裏を判じてたもんだよ。」

しょうの無い、云々、鈍いんだね。「お鈍さん。」全く、誰に似たんだか、あの人だね。そう彼女が私につらつら言うので、私はそれまでの彼女への疑念がスッキリと晴れた。

 『お母さんだ!。』この目の前の女の人、私の目の前に立ち一席ぶっている女性、が、確かに私の母だと私はこの瞬間確信した。私は皆まで言うなとばかり、分かったよ!、と大声で応えた。

「お母さんだ、お母さんなんだ。本物のお母さんだね。」

私は嬉々として歓声を上げた。途端、ガラガラガラ…雷が鳴った。私は思わず頭に手をやりその場に屈み込んだ。そうして自分のお臍の事が気になり自身のお腹に目を遣った。

 「ほんと、五月蝿いよ、全く。こんな朝っぱらから。」

「近所迷惑だろう。もう家に帰りなさい。」

私がその声のした方向を見上げてみると、私達の横の家、2階の窓からその家のご夫婦の顔が2つ覗いていた。この夫婦にすると、朝っぱらから路地の向かい屋で話し声がしたと思ったら、向かいの旦那の怒鳴り声、その後あれやこれやと小競り合いの声と音がしたと思ったら、今度は広い往来の方で近所の若い嫁と子供の歓声が聞こえると言う、未だ寝ていたい時間に甚だ以って傍迷惑な話だと、遂に耐えかねた旦那の方が表に通じる窓をガラリと開けて五月蝿い!と怒鳴り、歓声を上げる子供を叱りつけるという次第となった訳だった。

 未だ私には雷鳴が、その二階屋から覗く旦那の叱咤の声だと気付けずにいた。が、母の方は慣れた物だった。母は照れ笑いしてご夫婦を見上げると、二言三言、世辞追従なる類のものを言った様子だ。先ずご主人の顔が綻んだ。それから彼は妙ににやけた様な顔になり、奥様の方は目が丸くなり頬が赤らんだ。2人で窓辺でポソポソ言い合うと、田舎の方だとそう言う物言いなんだろうさ、とご主人の声が私達の方へと聞こえて来た。『何だろうか?』2階を見上げる私に、「お前もう家にお入り。」母は私に、その場からの帰宅を彼女の手でも押す事で促した。そうして上を見上げる母の顔は、私の目にももう笑っては見えなかった。何だい、やろうってのかい。ご主人の声を背に聞きながら、私は自分の家の玄関入り口に立った。

 家の玄関から次の間に入ると、階段の傍らに父が立っていたので、私は彼に母からの伝言を伝えた。お母さんが、はて、何かしら。父は口にして、私に母の身に何かあったのかと尋ねた。そこで私は直近の、近所のご夫婦と母の遣り取り、特にそのご主人との遣り取りのみを父に伝えた。何かやろうと言っていたらしい。と私が父に言うと、彼は眉に皺の寄った妙に深刻な表情をした。

「奥に行って、多分お祖母ちゃんがいるから、ご飯が遅れるといいなさい。」

父の言葉に、普段なら彼自身が彼の母に嫁で有る私の母の言葉を伝えに行くのに、と私は妙に感じた。お父さんは?、との私の問い掛けに、父は自分はこれからする事があると言うと家の面へ歩き出した。取り付く島もない様な彼のその様子に、私は目を瞬き父の背を見送ったが直ぐに家の奥へと走り出した。


うの華4 32

2022-03-08 09:53:12 | 日記

 危ない!

妻の声だ。が、もう彼は振り返って背後にいる人物を見ていた。

「おやっ!?。」

彼は意外に思った。未だ幼い子供の姿が彼の目に入ったからだ。『子供じゃ無いか。』彼は内心呟いた。

 次に彼は、妻の言った言葉、「危ない」という言葉が妙に気に掛かってきた。何だろうか?、自分の傍に何か危険な物がいるんだろうか?。今自分の彼の目に映っている、あの子が危険なものだとは思えないが。『まさか、あの子が妖怪の類いとか…。』そんな事を思うと、ぶるる…。思わす武者震い、否、単なる震えだ、寒いからだ。そんな風に考えてみる彼だったが、やはり恐怖に襲われた彼だった。

    が、妻の手前、ここで逃げ出しては夫の沽券に関わと、漸くの事で彼は玄関に踏み留まっていた。そんな彼は、目の前の子供にやはり腑に落ちないものを感じていた。何故あんな幼い子がこんな所に?。こう思う彼には、自分のいる場所が故郷の山の中なのか、自分の店の店先なのか、判然としていないという理由があった。仕方無い事かもしれ無い。それ程彼は夢現、自分が恐怖の真っ只中にある事さえ自分自身自覚出来無い状態だったのだ。

    と、彼の眼下、直ぐ間近な下方に、もそもそとした動きをする物の気配がある事を彼は感じた。ギョっ!と、内心恐怖に襲われた彼は、一瞬、また足が竦んだ。もそもそと、丸い物の動く気配。彼がそうっと彼の視線を眼下に下げて行くと、影のように黒い色が見えた。形は?、彼はそう思って、恐る恐る確認しようとする。彼の目に黒く毛羽だった毛皮の様な物が映った。

『熊!』

熊か!、自分は襲われる!。と、恐怖に慄いた彼は、思わずよろめくように数歩下がった。

 何が起こったのか分からなかったのだが、彼は家の玄関口、閉められた透明な縦長のガラス戸を眺めていた。

「ありがとうございました。」

またおいで下さい。と、自分の口から出た言葉を聞きながら、彼は、如何やら自分の家は商売中で、今し方店の客を送り出したばかりの様だ。と判断していた。

『ぼうっとしたりして、疲れてるんだな。』

彼は思った。最近忙しかったから、これも商売繁盛で有難い事だ。閉まったばかりらしいガラス扉の微妙な揺れを確かに目にしながら、彼は嬉しそうに満面に笑みを浮かべた。

 「ここからなら1人で帰れるね。」

先に立って歩いていた母が、大通りに出る角の電信柱の有る場所に来ると立ち止まり、こちらを振り返って私に言った。私は私達母子の、後方の脇道に長く延びた2人の影を稀有な事と思い、屋外に出た時の外の暗さを奇妙に感じて歩いていた。私はかつてこんな世界を感じた事が無かった。私の何時も活動している時間帯、日中は、これから雨が降るという様な暗い曇り空の日でさえ、これよりはかなり光量が周囲に有る世界だった。

 「変だ、何か変な世界…。」

ここは本当に私が住んでいる世界なんだろうか?。私は不思議であり、奇妙であり、そして嘘ら寒く感じていた。すると本当にぶるっと身震いが来た。『何だか本当に寒い。』そう肌身に感じた。私は更にそんな季節では無いのにと思うと、我が身に実際に感じるこの気温の低ささえも妙に感じた。と、私の近辺の大気さえもが白くもやっている様に私には見えた。すると私の吐く息さえ白く見える様だ。『まさかね。』私は苦笑した。

 『大体、あの先に立って歩く母も、本当に私の母なのだろうか?。』

私はそう怪しむと、私より先に立って歩く母の黒い影として見える彼女の背を見詰め、彼女により遅れがちになりながら、不承不承という様子でこの路地の道を確りと踏み締めると、極々密やかに歩いてみるのだった。

 辺りの街の薄い明るさを奇妙に思い、未明の街の影の長さ、それを怪訝そうに母に問い掛け、これで良いのだ、この時間というのはこんな物だと、事もなげに母が言うのを聞き、それでもと、私は彼女の言葉に納得出来ず首を何度も傾げながら彼女の後から歩いて来たのだ。そんな私に、母は大通りの入り口で待ち受けていると、念押しして再び1人で帰れるねと言った。電信柱を曲がると私達の家は目と鼻の先だ。勿論と私は答えた。


うの華4 31

2022-03-04 10:32:26 | 日記

 彼は自分の心臓に手を遣った。ドキンドキンと大きな鼓動が伝わって来る。そうしてそれは段々と音を増し、今や早鐘のようだ。

 カンカンカン…

この時彼は故郷の村、過去にそこで聞いた半鐘の光景を思い出していた。彼の目の前に危険が迫っているのだ。彼の目の前の相手はその顔を渋面として彼ににじり寄って来る。彼はハッとして思わずその相手の顔を見た。

 額には古参の皺が刻まれている。両の頬には複数の皺が丸く弧を描いて盛り上がり、それは深い溝を刻んで顎に落ちていた。『熟練の兵、正に名うてのハンターの容貌そのものだ。』彼は思った。そうしてそのハンターの目は今やガッシリと自分の獲物を見据え、その獲物を仕留めるべく相手との距離を縮めているのだ。その見覚えのある狩人の表情。そうだ!、彼は狩人の狙う獲物が何かと興味を持ち、それを知ろうとして自分の後方を振り返った。

 おやっ?、雪原も森も見えない。「冬じゃ無いのか。」彼は思った。では夏、否、緑の草原も無い様子だ。空は青いか?、空には季節の色があるものだと、彼は時節を知ろうと遥か上方を眺め遣った。

 ぼうっとした白い丸い物が見える。太陽、お日様かな?。彼は思ったが如何も腑に落ちない。太陽も白っぽく見える時があるがもっと違った白光だ。彼は直に太陽を見詰めると目に悪いがと躊躇したが、自分の置かれた状況を把握するべくその白く見える太陽を見詰める事にした。思いがけず眩さは無い。彼は太陽に焦点を合わせて行く。すると、

「2、3…、数字か?。」

思わず呟く。彼は半信半疑だった。狐にでも摘まれた…、自分は化かされているのかな?。と彼が思い始めた時、ふいっと彼の思考は現実に帰って来た。「家だ。」彼は独り言を言った。

「ここは家だ、家の時計だ。」

これは家の玄関の壁時計だ。太陽じゃ無い。道理で、自然の光景じゃ無いと思った。彼は思った。

 「嫌だって、ここが嫌なら何処でやるって言うんだい。」

後ろから声がした。清の父は誰の声だろうと考えた。その声の主は彼の直ぐ背後まで迫り、身を屈め拳を上げると、その拳を彼の黒い丸みを帯びた後頭部に向けて狙いを定め、今や遅しと迄に待機していた。

 『誰だったかしら?。』彼はのんびりと考えていた。

「何処でやるんだ。」

再び、智の母の太い声が彼の背に掛けられた。『はて?、誰かしら?。ドスの効いた声にも思えるが、』彼は考えた。男にしては弱い、大して強く無い奴だな。なんだか自分に喧嘩を売っている様だが…。この声の調子なら歳下だな。これなら相手をしてもまぁ自分の手には余ら無いだろう。彼は判断した。ふふ…、口元から笑いを漏らし、後方にいる相手を甘く見た彼は振り返ろうとした。間一髪!。

 「お止め!。」

彼の妻、清の母の声が夫に掛けられた。否、ご近所さん、彼女と仲の良い智の母にだったかも知れない。彼女の夫は振り返ろうとした動作を止めて彼の妻の言葉の続きを待った。

「背後から襲うのは趣味じゃなくてね、正々堂々だよ。」

「真っ向から勝負といこうじゃ無いか。」

と、これは妻の声じゃ無いなと夫は思った。

「こっちに向きな。」

これも妻じゃ無い。夫は未だ彼の妻の次の言葉を待っていた。彼の背後から聞こえる声を無視するべく、彼の妻の指示待ちで夫は待機中の儘でいた。

「それ以上やるんだったら、あんたとの仲もこれ迄だからね。」

妻にしては低い声。生真面目な声だ。彼女は真剣なんだと彼は感じ取った。

「おかあさん、」

不意に子供の声がした。おやっ⁉︎、彼は思わず声のした方向に振り返った。


うの華4 30

2022-03-04 09:07:40 | 日記

 「お母さん、痛いじゃ無いか。」

屈み込んだ智は直ぐに顔を上げ、空かさず彼の母に抗議した。

「何もしてい無いの打つなんて…。」

如何いうつもりなんだ。という訳である。

「したんだよ。」

智の母は自分の子から顔と背を背けるとぽそっと言った。こんな時間に他所のお家を訪問したりするから…。そう彼女は口にしながら、「申し訳もございません。」と、取って付けたような大きな声と愛想良い笑顔を、共にこの屋の階段へと向けた。

 階段の方では物怖じしたような顔付きで、控え目ながらに玄関に立つ夫、彼女の横、自分の夫の方を気にする気配を彼女に見せる素振りをした。『えっ!、ええ。』と、彼女は階段の方の意向を直ぐに判じた。

『全く、こんな取るに足ら無いような男に…。どこが良くって、彼女ともあろう人が結婚したのかしら。』

彼女は内心不満を口にしながら、階段にいる清の母の意向を汲む事にした。彼女は階段に向けていた彼女の正面を清の父の方向へと戻した。そうして彼ににこやかに微笑んで見せると言った。

「こんな朝から、宅の智が失礼をいたしまして、申し訳もございませんこと。」

こんな物かしらと思う。彼女はこれで済ませてしまおうと考えを纏めると、自分の手を彼女の子である智の肩へと伸ばした。ほいほいと子の体勢をこの屋の入り口へと向けた。

「失礼のお詫びは後程重々に。」

そんな事を愛想よく口にし、彼女は彼女の子を自分の腕で前に押し出しながら、漸う漸うこの屋を後にしようとした。

 「奥さん、一寸!。」治まらないのがこの屋の主だった。妻の手前もあったのだろう、玄関から消えようとしていたこの屋の訪問者が振り返ると、彼は厳しい怒りの形相をその顔に浮かべていた。

「そっちはそれでいいんだろうが、こっちはそれじゃあ…。」

彼は振り返った訪問者の大人の方の顔の、その怒りに燃えた目と口元が釣り上がった顔を見た。彼には彼女のパカッと開いた赤い口と敵意に燃えたぎらつく目が、これから自分を襲おうとしている飢えた狼の顔の様に見えた。

 彼は故郷の山林にでもいる様な錯覚を覚えた。思わずブルっと身が震える。遠い記憶が甦って来る。彼は幼い日に故郷の冬山で飢えた狼と出会っていたのだ。幸い直ぐに同行していた数人の大人が気付き、彼は事なきを得たのだが、その時の彼を見据えた狼のギラリとした眼とパカリと開いた赤い口は、意味も分からず長く彼の記憶に残っていた。

 「思い出した。」

彼は当時の身の危険を今更ながらに悟った。「危なかったんだ。」彼は呟いた。そうしてハッとして未だ階段にいる自分の妻を見詰めた。危ないんだね、彼は目で妻に問い掛けた。彼女は彼の目を見詰め返すと相槌を打つようにこくりとした。彼の妻は生真面目な顔をしている。やはりそうか、この奥さんは危ないんだ。そう彼は確信した。それで妻が2階から降りてきたのだと、この時夫は悟った。心臓がドキンとした。