私は思った。幾ら客といっても、家の奥の奥に当たるこんな裏口に迄遣って来るなんて、妙な客だな。と。それで家内にいる声の人物達に不審感を持った。又、家内にいる筈の自分の家族、祖父母の身を案じた。そうして母の事も、私には少しは気に掛かった。
年寄りの祖父母はか弱く、今いる侵入者に対して力負けしたとしても、若い母はもう少し抵抗出来たのではないか。家の奥に迄侵入者を許すなんて…、と、私は家族では若い身の母の事を不甲斐無く感じた。それが自分の女親と思うと尚更に口惜しく思えた。
すると、ポソポソと小声で話すらしい声が家から聞こえて来た。彼等は何の話をしているのだろう?。興味を持った私は彼等の話に自分の耳を傾けた。彼等の話がよく聞こえるには、と、私は家に近付く事を考え、裏口に向けて自分の歩を踏み出そうとした。
すると、私の前方にいた父が、そんな私の気配を感じたらしい、何をするのだと言わんばかりに私を振り返った。彼はじいっと私の顔色を覗き込ん出来た。私もそんな父の顔色をじいっと見上げた。父は彼の目元に近い頬を暗く赤い色に染めていた。そうして至って真面目腐った顔付きをしていた。私はこんな顔付きの父にかつて心当たりが無かった。父は何を考えているのだろうか?、と不思議に思った。思わず歩を止めた私は、父からの言葉を待った。
さて、暫く私が同じ場所で控えていても、父からは私に何の言葉も掛けられる事が無かった。その後、漸く父が顔の向きを変え私から視線を外した。進むかどうか、私は考えた。その末、やはり家内にいる不審な人物について探ろう、と私は内心決定した。そこで父の様子を見ると、彼は裏庭に佇んだ儘だ。微動だにする気配も無い。
私はそんな父の静寂を、自分達の家への侵入者に対しての無防備、無抵抗というその静止状態を、今は若干不思議に感じていた。勇気の2文字を私は頭に浮かべた。漢字を知っていたならばだが。
では、と。そんな父に代わり私が、と、私はフン!とばかりに、家の奥への侵入者の正体を見極めようと奮起した。ドンと裏口へと力強く足を踏み出した。私はウンウンとその儘数歩進んだ。
「あの子や無いですか?。」「ああ、多分…」あれにそんな雄が有るかい。と、屋内から聞こえて来た細々とした声は、私の耳に、一瞬私の祖父母の声に聞こえない事もなかった。が、立ち止まった私が耳を澄ますと、聞こえて来た「どちらさんやら」、「威勢のいいなぁ」、と言うハッキリとした声は、私にとってはやはり未知の客人としての声音に相違無かった。