さて、史は礫の探索を思い出した。そうそう、念の為と智ちゃんに聞いていたんだった。史は話を礫に戻した。
「それでさ、礫っていうのは、小さな石ころみたいな奴さ。」
と、石ころでも通じない智に、史は手の指で丸く小さな形を作ってみせた。このくらいの大きさで、多分丸い…、と言い掛けて、いや、四角かった、事によると三角とか。と、曖昧に言葉を濁して行く史。話の分からない智は、そんな史に段々と焦れてくるのだった。遂に智は何の事を話しているのかと口を挟んだ。すると史はひょっと驚いて考え込んだ。そうしてみて、史は分からない者には説明するだけ無駄だと理解した。
「さっきさ、俺の頭に何か当たっただろ。」
智はうんと頷いた。見てたかい?、史が尋ねる。うん、と智。その俺に当たった奴、何処に行ったか見てた、智ちゃん。と史が尋ねると、果たして智は見ていたと言うではないか。へへへ…。手を叩くと史は目を見開いて喜んだ。姿勢を正して智に向き直ると、礫の場所を問い質した。
「あそこだよ。」
智が指で示す方向へと、史は智への礼の言葉も無く急いだ。『これだもの。』智は思った。史ちゃんって、案外失礼だよね。
「有った!。」
程なくして史は智の所に戻って来た。手には鼠色の小さな石ころの様な物が握りしめられていた。手を開くと、ほらっと言って、史は智にその掌にある物を見せた。そうして何だと思う?と訊くのだ。
「これがさっきの礫の正体だよ。」
史はニコニコしていた。疑問が解けた解放感で心が満たされていた。そうして、その正体に対する憤りで史の笑顔の目には次第にギラギラした輝きが加わって行った。智に何だと聞いてはみるが、それを知らない事は重々分かっている史だ。更に智の手にそれを取らせて触らせてみる。それでも見当がつかない様子の智に、やはりなと思い、得意げにふふんと笑うと、史は言った。
「砂消しさ。」
これは砂消しと言うものさ、凄いなぁ、砂消しだぜ。こんな物を礫にするとは…。史にすると絶句だった。消しゴムより硬くて、石よりは柔らかい。当たって痛くても怪我はし無い。「しかも先っぽを削ってやがる。」、手の込んだ事しやがって、流石に大人の手だよなぁ、智ちゃん。子供にこうは出来無いさ。史は智の前で一頻り感心して見せていたが、先程の痛みを思い出したのだろう、キュンと眉根に皺を寄せた。が、流石は流石でも大人気ないだろう。なぁと、史は智に同意を求める様に声を掛けた。はぁ?えっ?。智が訳も分からずそう応えると、急に史は踵を返して智から離れた。史はスタスタと足速に妹娘達のいる大きな家へと向かった。今度は十分に用心して、二階の窓から礫で狙い難い位置に陣取った史だ。
「姉さん、礫の腕前は認めるけどよ、一寸大人気ないんじゃ無いかい。」
史は言う。何も子供相手に自分の手を汚す事もあるまいよ。…何の事かって、ほれ、この砂消しに施された細工の事だよ。お前さんも、ここ迄するには結構な手間だろうによ。さてはお前さん、手でも痛めて無いかい?。こちとらでさえ、そんな心配にもなろうってもんさ。云々。
へへー。窓辺で史の口上を聞いていた姉娘が、これはまぁと目を見開くと、すぐにその目を瞬いた。此処らの界隈は芝居好きの家が多い。さては史の一家もそうらしい、子供がこの腕前では、その家も相当近所に感化されている様だ。
「驚いたね、その年頃の子供でここ迄口上が言えるとは…、返って見上げた物という物さね。」
彼女は思わず拍手喝采してふみを誉めた。その側で、キョトンとして遊び仲間と窓辺の姉娘を交互に見遣っり、遂には感心頻りの姉娘に見入っている童、それが智だった。
「うの華 番外編」 終わり