2015.6.28(日)
常磐線 佐貫駅 10:00集合です。
佐貫は カタツムリ歩行の兄弟編 埼玉グループの 彩小路(さいころ) が3月に歩いたところですが、私たちはちょうど彩小路の歩かなかったところを歩きました。(距離にして5分の1ほどですが!)
今日は、戦中戦後の数年間、佐貫に疎開していたというカタツムリ常連の笠原さんと、この地で生まれたという妹さんの岡部さんも参加です。
笠原さんと岡部さんは疎開していた家の近辺を尋ね、昼食地点(川原代八幡神社)で合流することにし、駅で別れました。
私たちは駅の東側、川崎町 南中島町 入地(いれじ)町 川原代(かわらしろ)町の辺りを歩き、ゴールに向かうことにしました。

佐貫駅東口

駅から東に向かって 龍宮通り と名づけられた大通りをしばらく歩きます。
歩道には白鳥でしょうか? ところどころにこんな石板がはめ込んでありました。

マンホールのデザインにも白鳥? このあたりからは富士山や筑波山も見えた・・とあとで笠原さんからお聞きしましたので山は富士山でしょう・・・。

整骨院の前ではこんなワンちゃんがお出迎え。 通うのも楽しそう・・・。

佐貫駅東入口 交差点から右に曲り、南に向かいます。
交差点から駅の方をみたところ。(歩道橋に 龍宮通り と書いてあります)

500mほどで馴柴(なれしば)小学校の北東角に到着。そこには古い道標がありました。

文政9年(1826)に建てられたものだそうで、 正面には 水戸16里 右には 江戸13里 左には 府川3里 と彫られています。
小学校の広い校庭のちょうど中ごろには大きな板碑がありました。

当地の偉い方を称えたものです。 他でも立派な方を称えるという大きな板碑を見たことがあります。
この少し先に3種のアジサイを植えているお宅があり、ちょうど今が見ごろ。



さらに少し先で関東鉄道竜ヶ崎線の線路を横切ります。

ここから500mほどで広い通りに出るのですが、その20mほど手前の実線の道を東(左)に向かって進むことにしました。 いわゆる裏道です。

寺社よりも花を愛でる方の多い とねるず の歩きですが、それはそれで又楽し・・・。
ブットレア

民家の庭にはいい具合にカットされたノーゼンカズラ

道端にはカヤツリグサ科のようなこんな草が・・・

しばらくは住宅が密集していましたが、だんだんに緑の生い茂る地域になります。

7~800mも歩き、集合地に向かうにはそろそろ南に進路をとらないといけないと右に曲りました。
するとこんな水路わきの住宅が現れました。 こんな塀も私は好きです。

もうハギの花も咲いています。(ちょっと見えにくいですが)

畑の脇に点々と植えてあるこれは? オレンジに見えるのは花でなく葉の一部。名前はわかりません。

進路を南にとって500mほどで広々とした田んぼに出ました。 のみち歩きはやっぱりこんな風景がいいですね~。

目指す神社はこの田んぼに出て、左に曲がるとまもなく・・・と、少し手前で近くに住む人に聞いてしまいました。
川原代(かわらしろ)八幡神社

横から入って行くと隣に小学校も見えました。
神社の正面はこちらでした。

川原代小学校は今はりっぱな鉄筋の建物に変わっていましたが、ここは笠原さんの妹さんお二人が疎開中通ったところだそうです。(本日同行の岡部さんは戦後生まれなので学校に通う前には東京に戻ったようでこの小学校には通わず) 笠原さんはこのころは竜ヶ崎の女学校に通っていたそうです
ちょうど神社の鳥居の横に小さな公園がありましたので、合流できた笠原さんたちと一緒に昼食をとりました。
トイレは、ミニバスケットの試合があるため開いていた川原代小学校でお借りすることができました。
関係者の方々に感謝です!!
みんなが揃っているところで集合写真。

帰りは、笠原さんと岡部さんはすぐ近くにあった巡回バス乗り場から駅に向かい、私たちは関東鉄道竜ヶ崎線に乗りたいという希望者があったため、一番近くの入地(いれじ)駅に向かいました。 ほんの500mほどのところでした。
待つほどもなく電車が来ました。 なんとかわいい・・・!

たったの一駅でしたがなんだか楽しくいい気分でした。
佐貫駅前で再び笠原さんたちと合流し、お茶を飲んで3:20分ころに解散、帰路に着きました。
常磐線 佐貫駅 10:00集合です。
佐貫は カタツムリ歩行の兄弟編 埼玉グループの 彩小路(さいころ) が3月に歩いたところですが、私たちはちょうど彩小路の歩かなかったところを歩きました。(距離にして5分の1ほどですが!)
今日は、戦中戦後の数年間、佐貫に疎開していたというカタツムリ常連の笠原さんと、この地で生まれたという妹さんの岡部さんも参加です。
笠原さんと岡部さんは疎開していた家の近辺を尋ね、昼食地点(川原代八幡神社)で合流することにし、駅で別れました。
私たちは駅の東側、川崎町 南中島町 入地(いれじ)町 川原代(かわらしろ)町の辺りを歩き、ゴールに向かうことにしました。

佐貫駅東口

駅から東に向かって 龍宮通り と名づけられた大通りをしばらく歩きます。
歩道には白鳥でしょうか? ところどころにこんな石板がはめ込んでありました。

マンホールのデザインにも白鳥? このあたりからは富士山や筑波山も見えた・・とあとで笠原さんからお聞きしましたので山は富士山でしょう・・・。

整骨院の前ではこんなワンちゃんがお出迎え。 通うのも楽しそう・・・。

佐貫駅東入口 交差点から右に曲り、南に向かいます。
交差点から駅の方をみたところ。(歩道橋に 龍宮通り と書いてあります)

500mほどで馴柴(なれしば)小学校の北東角に到着。そこには古い道標がありました。

文政9年(1826)に建てられたものだそうで、 正面には 水戸16里 右には 江戸13里 左には 府川3里 と彫られています。
小学校の広い校庭のちょうど中ごろには大きな板碑がありました。

当地の偉い方を称えたものです。 他でも立派な方を称えるという大きな板碑を見たことがあります。
この少し先に3種のアジサイを植えているお宅があり、ちょうど今が見ごろ。



さらに少し先で関東鉄道竜ヶ崎線の線路を横切ります。

ここから500mほどで広い通りに出るのですが、その20mほど手前の実線の道を東(左)に向かって進むことにしました。 いわゆる裏道です。

寺社よりも花を愛でる方の多い とねるず の歩きですが、それはそれで又楽し・・・。
ブットレア

民家の庭にはいい具合にカットされたノーゼンカズラ

道端にはカヤツリグサ科のようなこんな草が・・・

しばらくは住宅が密集していましたが、だんだんに緑の生い茂る地域になります。

7~800mも歩き、集合地に向かうにはそろそろ南に進路をとらないといけないと右に曲りました。
するとこんな水路わきの住宅が現れました。 こんな塀も私は好きです。

もうハギの花も咲いています。(ちょっと見えにくいですが)

畑の脇に点々と植えてあるこれは? オレンジに見えるのは花でなく葉の一部。名前はわかりません。

進路を南にとって500mほどで広々とした田んぼに出ました。 のみち歩きはやっぱりこんな風景がいいですね~。

目指す神社はこの田んぼに出て、左に曲がるとまもなく・・・と、少し手前で近くに住む人に聞いてしまいました。
川原代(かわらしろ)八幡神社

横から入って行くと隣に小学校も見えました。
神社の正面はこちらでした。

川原代小学校は今はりっぱな鉄筋の建物に変わっていましたが、ここは笠原さんの妹さんお二人が疎開中通ったところだそうです。(本日同行の岡部さんは戦後生まれなので学校に通う前には東京に戻ったようでこの小学校には通わず) 笠原さんはこのころは竜ヶ崎の女学校に通っていたそうです
ちょうど神社の鳥居の横に小さな公園がありましたので、合流できた笠原さんたちと一緒に昼食をとりました。
トイレは、ミニバスケットの試合があるため開いていた川原代小学校でお借りすることができました。
関係者の方々に感謝です!!
みんなが揃っているところで集合写真。

帰りは、笠原さんと岡部さんはすぐ近くにあった巡回バス乗り場から駅に向かい、私たちは関東鉄道竜ヶ崎線に乗りたいという希望者があったため、一番近くの入地(いれじ)駅に向かいました。 ほんの500mほどのところでした。
待つほどもなく電車が来ました。 なんとかわいい・・・!

たったの一駅でしたがなんだか楽しくいい気分でした。
佐貫駅前で再び笠原さんたちと合流し、お茶を飲んで3:20分ころに解散、帰路に着きました。