2015.4.26(日)
カントリーウォーク とねるず の歩きに参加しました。
集合は 常磐線 取手駅 10:00
駅の西口に集合しました。
歩くのは駅の東側のため市民ギャラリーになっている地下通路を通って東口にまわります。 素晴らしいスケッチ(模写?)の数々。
商店前の鉢植えがかわいい・・・ 花はボロニヤ
最初に寄ったのは駅から歩いて5分ほどのところにある由緒ありそうな寺。
長禅寺 この階段を上ります。
創建は文歴元年(1234)平将門公以来の守り本尊である11面観音像を安置するために観音堂を建立したことに始まり、再建は宝暦13年(1763)だそうです。
正面は三世堂(さんせどう)と呼ばれる立派な建物。 現在、過去、未来の3000仏が安置されているそうです。
外観は2層ですが中は3層になっていてサザエ堂方式になっているそう、公開日にしか入れない。
中を覗くとこんなふうになっていました。
振り返ると、今くぐってきた山門・・と思ったのですが、それは鐘楼門でした。
左隣の建物が本堂のようで、向かって右手には大黒天像があります。
左にはこちらの像
奥に木彫りらしい像が見えます。 まさか外に出しっぱなしとは思えないのですが・・・。
さくらはもうすっかり散っていましたが、シャガやウツギなどが可憐に咲いていました。
ウツギ
そう広くはない敷地内に他にもたくさんの建物があります。 説明などは特になく詳しくはわかりませんでした。
帰りは車のあがってこられる裏の坂道を下りました。
その先、こんな細い道を進んで広い通りに出ました。
旧取手宿本陣は染野家から市に寄贈され、それを修復したものです。
身分の高い武士の宿泊施設として貞享4年(1687)に本陣を命ぜられたとのこと。
家族の暮らす部分の土間の天井の梁の素晴らしいこと。
神棚もりっぱです。
槍掛けなどという物もあります。
18分ほどのビデオを見せていただきました。(以下4枚の写真はビデオの映像から)
もともとは醤油醸造を行っていたそう。
明治以降郵便業務も行っていたという名残りのガラス戸は今も残っています。
かなり傷んでいたものをほとんど裸状態にし改修したという過程もよくわかりました。
屋根葺き、障子、襖なども新しく作り替えたそうです。
裏山には9代将軍徳川斉昭(なりあき)が江戸の屋敷から届けたという歌碑があります。
本陣を後に八坂神社に向かいました。
八坂神社
奥の本殿はネットでおおわれていましたがすきまから写真をとりました。 彫り物がすばらしいです。
ここから隣にある図書館に寄ってトイレをお借りし、利根川の河原に出ました。
河原はきれいに整備され、種を蒔いて育てたらしい小さな花が一面に咲いていました。
黄色い花はキンポウゲ(ウマノアシガタ)かな?
青い花はムラサキサギゴケのようです。
ちょうど昼食時間でしたので、柳の木の下の日陰で昼食を摂りました。
昼食後、渡し船に乗ろう・・・ ということになり・・・。
気持ちのいい河川敷を歩いて渡し場まで。
小堀と書いて オオホリ と読む 小堀(オオホリ)の渡し です。
船内
デッキに出る人はライフジャケットをつけなければいけません。
一部の人は5分ほど先の渡し場でおりましたが一部は戻るような形で対岸に渡る・・と二手に別れました。
私は駅に戻る組で朝の取手駅に戻ることにしました。
駅近くで芸大生の作品をみつけました。
こちらはおしゃれなカフェの外観。
でも私たちはここには入らず、駅の隣の別のコーヒーショップでお茶を飲んで解散しました。
カントリーウォーク とねるず の歩きに参加しました。
集合は 常磐線 取手駅 10:00
駅の西口に集合しました。
歩くのは駅の東側のため市民ギャラリーになっている地下通路を通って東口にまわります。 素晴らしいスケッチ(模写?)の数々。
商店前の鉢植えがかわいい・・・ 花はボロニヤ
最初に寄ったのは駅から歩いて5分ほどのところにある由緒ありそうな寺。
長禅寺 この階段を上ります。
創建は文歴元年(1234)平将門公以来の守り本尊である11面観音像を安置するために観音堂を建立したことに始まり、再建は宝暦13年(1763)だそうです。
正面は三世堂(さんせどう)と呼ばれる立派な建物。 現在、過去、未来の3000仏が安置されているそうです。
外観は2層ですが中は3層になっていてサザエ堂方式になっているそう、公開日にしか入れない。
中を覗くとこんなふうになっていました。
振り返ると、今くぐってきた山門・・と思ったのですが、それは鐘楼門でした。
左隣の建物が本堂のようで、向かって右手には大黒天像があります。
左にはこちらの像
奥に木彫りらしい像が見えます。 まさか外に出しっぱなしとは思えないのですが・・・。
さくらはもうすっかり散っていましたが、シャガやウツギなどが可憐に咲いていました。
ウツギ
そう広くはない敷地内に他にもたくさんの建物があります。 説明などは特になく詳しくはわかりませんでした。
帰りは車のあがってこられる裏の坂道を下りました。
その先、こんな細い道を進んで広い通りに出ました。
旧取手宿本陣は染野家から市に寄贈され、それを修復したものです。
身分の高い武士の宿泊施設として貞享4年(1687)に本陣を命ぜられたとのこと。
家族の暮らす部分の土間の天井の梁の素晴らしいこと。
神棚もりっぱです。
槍掛けなどという物もあります。
18分ほどのビデオを見せていただきました。(以下4枚の写真はビデオの映像から)
もともとは醤油醸造を行っていたそう。
明治以降郵便業務も行っていたという名残りのガラス戸は今も残っています。
かなり傷んでいたものをほとんど裸状態にし改修したという過程もよくわかりました。
屋根葺き、障子、襖なども新しく作り替えたそうです。
裏山には9代将軍徳川斉昭(なりあき)が江戸の屋敷から届けたという歌碑があります。
本陣を後に八坂神社に向かいました。
八坂神社
奥の本殿はネットでおおわれていましたがすきまから写真をとりました。 彫り物がすばらしいです。
ここから隣にある図書館に寄ってトイレをお借りし、利根川の河原に出ました。
河原はきれいに整備され、種を蒔いて育てたらしい小さな花が一面に咲いていました。
黄色い花はキンポウゲ(ウマノアシガタ)かな?
青い花はムラサキサギゴケのようです。
ちょうど昼食時間でしたので、柳の木の下の日陰で昼食を摂りました。
昼食後、渡し船に乗ろう・・・ ということになり・・・。
気持ちのいい河川敷を歩いて渡し場まで。
小堀と書いて オオホリ と読む 小堀(オオホリ)の渡し です。
船内
デッキに出る人はライフジャケットをつけなければいけません。
一部の人は5分ほど先の渡し場でおりましたが一部は戻るような形で対岸に渡る・・と二手に別れました。
私は駅に戻る組で朝の取手駅に戻ることにしました。
駅近くで芸大生の作品をみつけました。
こちらはおしゃれなカフェの外観。
でも私たちはここには入らず、駅の隣の別のコーヒーショップでお茶を飲んで解散しました。