2016.4.24(日)
とねるず229回の例会に参加しました。
関東鉄道常総線 石下(いしげ)駅 10:00集合
この線はだいぶ昔に一度歩いているのだそうですが、私はその頃は参加していませんでした。
石下へは常磐線の取手駅から一日フリー切符(1500円)を買う方がお得・・と聞いていました。
普通に買うと往復で2060円ですが、帰りは一つ先の駅からになりましたので2100円になりました。600円もお得ということですね。
今日歩くところは昨年秋の鬼怒川決壊で被害の大きかったところです。
以前にも歩いた青木さんは、その時のことが思い出されとても気にかかったということでした。
一足先に駅に着いていた青木さんたち数人が、駅の方に聞いたところによると、濁流が押し寄せ、二つあるホームとホームの間が川になってしまった・・ とのことでした。
当然駅舎も水に浸かり、再開まで2週間かかったそうです。 ホントに大変でしたね。
石下駅
駅前をまっすぐ西に進み鬼怒川にかかる石下橋に向かいます。
歩き始めて振り返ったところ(突き当りが石下駅)。 ローカル線ということもあって駅前通りといえどもそうにぎやかというわけではありません。
ですが、駅のすぐ近くに小さな旅館がありました。
旅館の看板も情緒あるものです。
小さな庭にはいろいろな花が咲いていました。
フジ
シラー・ベルビアナ
オカタツナミソウ?
15分ほどで鬼怒川にかかる石下橋に着きました。
お会いした方に聞くと、決壊した個所はこここから上流1kか2k先のようでした。
このあたりでは、土手に近い少し高いところは被害はなく、土手下の道一つ隔てて少し低くなっているところは被害が大きかったとのこと。
石下駅はその少し低いところにあたるようです。
まだまだ川原には流木などが溜まっていたりして、工事が進められていました。
上流に向かって土手を歩きました。
からし菜の花は今を盛りと咲き誇っています。
土手にはかわいい花がたくさん咲いています。
土手のすぐ下にあったこちらの家は先ほどの方の話によると被害がなかった家かもしれません。
土手から少し離れたところにフジの花が見えました。
少し行き過ぎてから土手を下りて行ってみると、興正寺というお寺の裏手でした。
フジの花を近くで見ると、今が5分咲きというところ。
せっかくなので表にまわってみました。
りっぱな山門です。
大きな木造の仁王像がこれまたすばらしい・・・。
山門前の石造
興正寺の沿革を記した説明板を読むと、なんと明徳4年(1393)の開山ということですから600年以上もの歴史ある寺院なのです。
山門前の大きな木(エノキ?)などもそれを象徴していますね。
改めて山門をくぐって中に戻ると・・・
左手にツツジ山が再現されています。
その奥が本堂。
本堂の前に狛犬がいますが、豊川稲荷も祀られているとのことでしたが、私は見落としました。
本堂の右手にはこれまたりっぱな宝殿もあります。
宝殿の右手には「道を求める若き日の道元禅師」の銅像がありました。
平日でも関東一円から参拝に訪れる人々が後を絶たない・・・ ということですから、りっぱな山門やや堂宇、大きな樹木も頷けます。
表門にまわったのは私だけでしたので、これらを見られた私は「いいもの見ちゃった!」と嬉しくなりました。
その分他の人たちをお待たせしてしまいましたが・・・。
もう一度土手に上がり、ミャンマーで亡くなった日本兵を祀るミャンマー式ストゥーパのある寺院まで歩くことにしました。
その途中で見かけたジミーな花。名前はわからないのですが、よく見るととてもかわいいのです。
これはスイバ(スカンポ)。
土手一面に広がっています。
土手から少し奥に入ったところに、シャガの群生が見えました。
このあたりの土手から見える家も被害はなかったのでしょうか? 土手から離れるほど低くなっているのがわかります。
急に土手の舗装がなくなりこんな道に・・。 この方が趣があっていいですけれどね。
途中でストゥーパが見え、道なりに進んだのですが、昔歩いたことのある人が言うには、ストゥーパのある寺院の左手に出るはずが、いつのまにかその寺院からかなり離れた右手の方に立っていました。
あのシャガの咲いていた道をそのまま奥(左)に進めばよかったようです。
でも誰一人、戻ってその寺院に行こう!という人はおらず、いつの間にかこの近くにあるらしいお団子やさんの話になり、そちらに向かって一目散に歩き出していました。
あとで思うに、このあたりか、その少し上流が、決壊した場所だったかもしれません。
確かめないままに、石下駅に戻る方向に歩くと、まもなくみんなの言うお団子やさんに着きました。
ここでは、先ほどの興正寺のフジよりもさらに豪華なフジの花をみることができました。
この方がゆたかやさんの創業者のゆたかさん。かつてとねるずに参加していた方の同級生だそうです。それが縁で前回の歩きの時も寄ったのだそう。
ご主人の話によると、ここも道一本隔てた低いところにあたり、被害は大変なものだったそうです。 土砂の片付けもボランティアの方々のおかげで早くに片付き、2ヶ月で開店できたそうです。
昼食も藤棚の下で摂らせて頂きました。
記念撮影も藤棚の下で。
お弁当も食べ、お団子も食べ、おいしいお茶も頂き、お腹も心も満足、満足。
ゆっくり休んで、午後は石下駅の一つ先、たまむら に出ることにしました。
田んぼにはまだ水は入っていませんでしたが、こんなすてきな道を進みました。 これぞカントリーウォーク!
途中の家で見たムべの花。
何せゆっくり歩くので30分以上は歩いたでしょうか・・・
たまむら駅の近くに原宿天満宮がありました。
それほど大きな神社ではありませんが、拝殿も立派なものでした。
ここから駅までは5分とかからなかったと思います。
無人の駅舎で待つこと5、6分、1両だけのかわいい電車がやってきました。(写真は乗換駅の守谷駅で撮ったもの)
お団子やさんに着く手前でこんなマンホールのふたを見つけました。お城の図柄です。
一緒に歩いていた方が、歴史資料館?がお城の形・・・と教えて下さいました。 (もしかしたら常総市地域交流センター豊田城という建物かもしれません)
そういえば、興正寺の説明板に、石下城主・太郎正家が落雷で七堂伽藍が焼けてしまった興正寺の再建を助縁した・・・と書いてありましたので、かつてはお城があったのですね。
そのお城(を模した建物)が電車から見えました・・・。 でも写真に撮るのは至難の業!
来るときより帰りの電車の方がのどかな田園風景を楽しめました。
それぞれ、乗り換え駅で解散となり、帰途につきました。
とねるず229回の例会に参加しました。
関東鉄道常総線 石下(いしげ)駅 10:00集合
この線はだいぶ昔に一度歩いているのだそうですが、私はその頃は参加していませんでした。
石下へは常磐線の取手駅から一日フリー切符(1500円)を買う方がお得・・と聞いていました。
普通に買うと往復で2060円ですが、帰りは一つ先の駅からになりましたので2100円になりました。600円もお得ということですね。
今日歩くところは昨年秋の鬼怒川決壊で被害の大きかったところです。
以前にも歩いた青木さんは、その時のことが思い出されとても気にかかったということでした。
一足先に駅に着いていた青木さんたち数人が、駅の方に聞いたところによると、濁流が押し寄せ、二つあるホームとホームの間が川になってしまった・・ とのことでした。
当然駅舎も水に浸かり、再開まで2週間かかったそうです。 ホントに大変でしたね。
石下駅
駅前をまっすぐ西に進み鬼怒川にかかる石下橋に向かいます。
歩き始めて振り返ったところ(突き当りが石下駅)。 ローカル線ということもあって駅前通りといえどもそうにぎやかというわけではありません。
ですが、駅のすぐ近くに小さな旅館がありました。
旅館の看板も情緒あるものです。
小さな庭にはいろいろな花が咲いていました。
フジ
シラー・ベルビアナ
オカタツナミソウ?
15分ほどで鬼怒川にかかる石下橋に着きました。
お会いした方に聞くと、決壊した個所はこここから上流1kか2k先のようでした。
このあたりでは、土手に近い少し高いところは被害はなく、土手下の道一つ隔てて少し低くなっているところは被害が大きかったとのこと。
石下駅はその少し低いところにあたるようです。
まだまだ川原には流木などが溜まっていたりして、工事が進められていました。
上流に向かって土手を歩きました。
からし菜の花は今を盛りと咲き誇っています。
土手にはかわいい花がたくさん咲いています。
土手のすぐ下にあったこちらの家は先ほどの方の話によると被害がなかった家かもしれません。
土手から少し離れたところにフジの花が見えました。
少し行き過ぎてから土手を下りて行ってみると、興正寺というお寺の裏手でした。
フジの花を近くで見ると、今が5分咲きというところ。
せっかくなので表にまわってみました。
りっぱな山門です。
大きな木造の仁王像がこれまたすばらしい・・・。
山門前の石造
興正寺の沿革を記した説明板を読むと、なんと明徳4年(1393)の開山ということですから600年以上もの歴史ある寺院なのです。
山門前の大きな木(エノキ?)などもそれを象徴していますね。
改めて山門をくぐって中に戻ると・・・
左手にツツジ山が再現されています。
その奥が本堂。
本堂の前に狛犬がいますが、豊川稲荷も祀られているとのことでしたが、私は見落としました。
本堂の右手にはこれまたりっぱな宝殿もあります。
宝殿の右手には「道を求める若き日の道元禅師」の銅像がありました。
平日でも関東一円から参拝に訪れる人々が後を絶たない・・・ ということですから、りっぱな山門やや堂宇、大きな樹木も頷けます。
表門にまわったのは私だけでしたので、これらを見られた私は「いいもの見ちゃった!」と嬉しくなりました。
その分他の人たちをお待たせしてしまいましたが・・・。
もう一度土手に上がり、ミャンマーで亡くなった日本兵を祀るミャンマー式ストゥーパのある寺院まで歩くことにしました。
その途中で見かけたジミーな花。名前はわからないのですが、よく見るととてもかわいいのです。
これはスイバ(スカンポ)。
土手一面に広がっています。
土手から少し奥に入ったところに、シャガの群生が見えました。
このあたりの土手から見える家も被害はなかったのでしょうか? 土手から離れるほど低くなっているのがわかります。
急に土手の舗装がなくなりこんな道に・・。 この方が趣があっていいですけれどね。
途中でストゥーパが見え、道なりに進んだのですが、昔歩いたことのある人が言うには、ストゥーパのある寺院の左手に出るはずが、いつのまにかその寺院からかなり離れた右手の方に立っていました。
あのシャガの咲いていた道をそのまま奥(左)に進めばよかったようです。
でも誰一人、戻ってその寺院に行こう!という人はおらず、いつの間にかこの近くにあるらしいお団子やさんの話になり、そちらに向かって一目散に歩き出していました。
あとで思うに、このあたりか、その少し上流が、決壊した場所だったかもしれません。
確かめないままに、石下駅に戻る方向に歩くと、まもなくみんなの言うお団子やさんに着きました。
ここでは、先ほどの興正寺のフジよりもさらに豪華なフジの花をみることができました。
この方がゆたかやさんの創業者のゆたかさん。かつてとねるずに参加していた方の同級生だそうです。それが縁で前回の歩きの時も寄ったのだそう。
ご主人の話によると、ここも道一本隔てた低いところにあたり、被害は大変なものだったそうです。 土砂の片付けもボランティアの方々のおかげで早くに片付き、2ヶ月で開店できたそうです。
昼食も藤棚の下で摂らせて頂きました。
記念撮影も藤棚の下で。
お弁当も食べ、お団子も食べ、おいしいお茶も頂き、お腹も心も満足、満足。
ゆっくり休んで、午後は石下駅の一つ先、たまむら に出ることにしました。
田んぼにはまだ水は入っていませんでしたが、こんなすてきな道を進みました。 これぞカントリーウォーク!
途中の家で見たムべの花。
何せゆっくり歩くので30分以上は歩いたでしょうか・・・
たまむら駅の近くに原宿天満宮がありました。
それほど大きな神社ではありませんが、拝殿も立派なものでした。
ここから駅までは5分とかからなかったと思います。
無人の駅舎で待つこと5、6分、1両だけのかわいい電車がやってきました。(写真は乗換駅の守谷駅で撮ったもの)
お団子やさんに着く手前でこんなマンホールのふたを見つけました。お城の図柄です。
一緒に歩いていた方が、歴史資料館?がお城の形・・・と教えて下さいました。 (もしかしたら常総市地域交流センター豊田城という建物かもしれません)
そういえば、興正寺の説明板に、石下城主・太郎正家が落雷で七堂伽藍が焼けてしまった興正寺の再建を助縁した・・・と書いてありましたので、かつてはお城があったのですね。
そのお城(を模した建物)が電車から見えました・・・。 でも写真に撮るのは至難の業!
来るときより帰りの電車の方がのどかな田園風景を楽しめました。
それぞれ、乗り換え駅で解散となり、帰途につきました。