昨日 ー12ー 免疫チェックポイント阻害薬について触れましたが、この種の新薬についてこちらの本
の「はじめに」のなかで高橋医師が「第4の治療法」として紹介し、本文中にも詳細に述べておられます。
最初に高橋医師の「はじめに」から、
p3「がんの標準治療である手術、放射線、抗がん剤の精度も技術も向上しており、以前には助からなかった病態の人でも命が救われているのは確かです。
最近は第4の治療法として、人体に備わっている免疫機構を利用してがんを退治するチェックポイント阻害薬が登場し、世界中で注目されています」
次にこの本での該当部分を紹介しておきます。
p63〜64〝 ごく最近、脚光を浴びるようになった薬として、「免疫チェックポイント阻害薬」があります。がん細胞はもともと宿主の体のなかの細胞ですが、遺伝子が変異するとそれをもとにできるタンパク質が異物とみなされることがあります。そうなると、体に備わった免疫系ががん細胞を攻撃して排除しようとしますが、がん細胞はその攻撃から逃れるためのしくみをもっているのです。そのしくみを壊し、免疫ががん細胞をやっつけるようにするのが、この薬です。
免疫が働きすぎると、自分の体を攻撃してしまうので、体にはそれを防ぐためのチェックポイントが備わっています。がんはこのチェックポイント機能を利用することにより、免疫の働きを抑えています。そこで、チェックポイント機能を無効化する薬を使えば、がん細胞を排除することができると考えられます。免疫チェックポイント阻害薬はこのコンセプトで開発された薬で、やはり抗体医薬の一種です。この薬は、分子標的薬と違って、効く人は限られますが長く効くという特徴があります。ただし、チェックポイント機能を無効化すると、免疫反応が過剰になるので、甲状腺機能不全などの副作用が起こることがあります。〟
そして高橋医師の本文から、ここでは「免疫チェックポイント阻害薬」についてご自分の経験も踏まえて紹介されています。
p55 標準治療以外での治療法の可能性
標準治療を受けても効果を得られず、がんが進行してしまった患者さんの多くが次に選択するのが、標準治療以外の方法です。
中でも最近は、がんの3大療法に次いで「第4の治療法」として注目されている「がん免疫療法」を受けている患者さんが増えています。特に「免疫チェックポイント阻害剤」は世界中で期待が高まっており、有望視されています。
免疫療法はその名の通り、私たちの体に本来備わっている免疫システムを利用して体内の異物(がんやウイルス、細菌など)を排除する療法です。
免疫に関わる細胞は白血球と樹状細胞ですが、白血球には単球、好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球があります。特にリンパ球には T細胞や B細胞、 NK細胞などいろいろな種類があります。これらのどの細胞を活性化してがんを撃退するかで作用は異なります。代表的なところでは、CTL 療法(細胞障害性 リンパ球療法)、 TIL 療法(腫瘍浸潤リンパ球療法)、DC療法(樹状細胞療法)、NK細胞療法などがあります。
これらの多くは患者さんの体内からいずれかの免疫細胞を採取し、それを体外で活性化した後、培養して数を増やして再び体内に戻すという方法がとられています。
私自身も大学院時代には免疫療法の研究に関わっていた経験があります。当時は、「活性化リンパ球移入療法」という免疫療法を日本大学医学部附属板橋病院で行っており、その治療に携わっていました。
対象疾患は、主として癌ではなく肉腫でした。これは標準治療の確立が難しい疾患で、中には免疫療法の効果で延命できていると考えられる症例がいくつかあったものの、なかなか良好な結果を得ることは困難な状況でした。
この経験から私は、やはりエビデンスのある標準治療が最も効果的な治療法であると信じていました。
あれから免疫療法の研究も進んでおり、個々の医療機関では効果を上げているようですがエビデンスは確立されておらず、標準治療に並ぶものは登場していませんでした。
それが近年、エビデンスのある免疫療法として、一部のがん種では保険適用されたほど成果を上げているのが、免疫チェックポイント阻害剤です。
これでの免疫療法は、がんになるのは免疫力が低下しているからで、免疫力を強化すればがんを排除することができると考え、ここを強化する研究が行われてきました。つまり、アクセルを踏み込むほうに注力していたわけです。
ところが、がん細胞を直接攻撃する能力の高い T細胞に対し、がん細胞がブレーキをかけることで攻撃を逃れていることが、最近の研究で明らかになってきました。
そこで発想を変え、がん細胞がかけているブレーキを解除すれば、T細胞が活性化してがんを攻撃するようになるのではないかという、新たな理論から誕生したのが免疫チェックポイント阻害剤です。つまり、アクセルを踏むのではなく、がん細胞のブレーキを解除するわけです。
これによって実際に、皮膚がんの一種であるメラノーマ(悪性黒色腫)でステージⅣと診断された患者さんが完治し、10年経過しても生存していることが臨床試験により明らかとなりました。
メラノーマは手術で切除できない進行期になると、1年後の生存率は40パーセント未満といわれるほど予後が悪いことで知られていました。そこで、対応が急がれていたため、2014年7月には世界に先駆けて日本が承認しています。その後、肺がんの8割を占める非小細胞肺がんで保険適用が認められました。
しかし、現在のところ進行がんでも劇的な効果が認められた患者さんは20〜30パーセントにとどまり、ほとんどの患者さんが恩恵を受けられるとは言い難い状況にあるといわれています。やはり患者さんの免疫細胞の状態にかなり左右されるようで、単独での使用ではなく、アクセルを踏みつつブレーキを利かせたり、抗がん剤や分子標的薬との併用療法で効果を上げる研究が進められています。
また、従来の免疫療法とは異なり、文字通り「薬」であることは言うまでもありません。それまでの免疫療法のほとんどに副作用が少ないことが特徴として挙げられていました。この免疫チェックポイント阻害剤には化学療法と同様の激しい副作用を伴うことが明らかにされています。
さらに、医療費の問題が批判にさらされています。免疫チェックポイント阻害剤は、従来の抗がん剤と比較してはるかに高額なのです。保険適用対象であれば、高額医療費制度もあるので患者さんの負担は軽減されるといわれていますが、それでもかなりの治療費となり、継続するとなれば経済的に厳しいと思われます。しかも、対象者が増えれば、それだけ医療財政を圧迫することとなり、これもまた大きな問題になっています。
それでも、効果があってがんの進行を食い止め、完治の可能性があるなら試してみるのも一つの方法です。しかし、治る確率が20〜30パーセントとなると、受けるかどうかの決断に悩むところではないでしょうか。