8月12日
2日目の朝のひかり。晴でよかった。軽井沢では夜中にすごい雨が降っても
朝になると晴れてくることがよくあります。今回も2日目だったか3日目が
そうでした。
着いた日には隣の叔母の顔を見ただけで、あとは会わない方がいい状態になり、一日だけでも変化が多く
周りで世話をする人はどんなに大変なのかと思います。翌日は会えそうだということで、午前にベランダで
お茶ができました。おいしいケーキをごちそうになりました。
どこにも出かけられないいとこはここのベランダでお茶を飲んで鳥が見れたら幸せと言っていました。
ウィークデーは彼女もリモートで仕事をしているのでそういう時間は取れません。それに加えて
今だけホームから来ている認知が進んでいる叔母の面倒を看なくてはいけないので、その一時も目を
離せない状況は想像を絶します。
それでも叔母は自分でも不安定なのがわかるのか、懐かしい人にあっても昔のことを忘れているので
話せないとか、外に出ても方向感覚がなく恐いと話していました。あと小動物とか見える幻覚もあり
脳の病気というのは怖いものだと思いました。調子がいい時は自分のおかしさがわかるのですが、
状態が悪いと冷静でいられなくなるようです。
一言に認知と言ってもいろいろあり、脳が委縮するとただ忘れているだけならいいのですが、幻覚が出て
不安になったり、攻撃的になったり別の人格が出てくるようになると対応するのが難しくなってきます。
いとこ夫婦はバードウォッチングが好きなので、四季を通して軽井沢に住んでいるといろいろな
場面に出会うと話していました。
シジュウカラの言葉についても初めて聞きました。鳴き声で通信手段を持っているとのことで
ある時、アオゲラが作った木の穴の中に巣を作ったカラ類の鳥が巣の中にヘビが忍び込んだ時に
近くにいたあらゆるカラ類の鳥が来て大騒ぎしたことがあったと話してくれました。
ヘビが来たと伝える鳴き声があるとのことです。
気の弱いリスは上からヤマガラか何かにつつかれてから、庭に姿をあまり見せなくなったのですって。
何か物語が書けそうな自然の中の暮らしです。
この日もおいしいコーヒーをいただきながら、あの鳴き声はなにかしらと聞くとイカルだと教えてくれました。
前に来た時もイカルの鳴き声は聞きましたが、普段聞かないので覚えていませんでした。メジロも水を飲みに
きていました。
鳴き声だけでコサメビタキも来ていたようですが、見ることはできませんでした。
叔母をご主人に少しだけ見てもらって、近くにレンゲショウマを見にいとこと歩きました。
レンゲショウマの所でいとこは戻り、私はテニスコートの方を回るいつもの散歩道を
まわってみました。別荘が建て替わっていたり、少しずつ変化しています。
美智子さまと緒方貞子さんの友情に南原のテニスコートでテニスをされていたことが書かれて
いました。娘が小さいころいとこの子供とこのグランドの近くにいたら、黒塗りの車が通りすぎ
当時の天皇・皇后陛下が窓を開けて手を振ったと話していたことを思い出しました。
緒方さんの別荘はここから近く、散歩で見に行ったこともありました。
私が小学生低学年の頃、祖父が祖母が体が弱いので夏を過ごすために軽井沢の別荘を借りました。
たしか前田多門さんの別荘で前田多門は私の大好きな神谷美恵子さんやパスカル研究の前田陽一氏の父でもあります。
南原テニスコートの近くで借りたのは1年だけでしたが、祖父がまだ木が小さな高原の土地を買って、そこに別荘を
建てたのが始まりです。そのころ別荘地からスケッチした祖父の水彩画がまだ残っています。
市村記念館にも開発の歴史が展示してありましたが、軽井沢は植林して別荘地にしていたのですね。
いとこの一人は小さいころ、南原のサマー・スクールに通っていました。南原のグランドは会員制になって
だいぶ前からメンバーだけしか入れなくなっています。
午後いとこがスイカを持ってきてくれました。
夕方からはリモートワークをしているいとこのベランダで飲んだり、食べたり。いとこが来ることを
知らなかったので家から一人でも食べれる食材を持ってきていたので、簡単に作れるパエリアを作って
持って行きました。いとこが買い物に行くので冷凍のシーフードだけ買ってきてもらって入れました。
11時くらいまで飲んだりしていましたが、介護で息抜きができない隣のいとこが、途中少しだけ
抜けて一緒に昔話をしたり、リモートで仕事ができるため昨年叔母を家で看取ったいとこの話を聞いたり・・
ちょうど十三夜の月が木々の間から見えました。
毎年この家には華奢な叔母が一人で来ていました。今でも部屋の中にいるような気がします。
いとこは両親の写真を飾っていました。
祖父がこんな場所を残してくれたことに感謝です。久しぶりに会ういとこたちと話す時間が取れました。
Aug.12 2022 Karuizawa