11月28日 思い立って井の頭へ。友人に話を聞いてもらいたいのと、カメラを
教えてもらいたくて・・
まさかここでこんなにすばらしい秋に出会えるなんて思ってもみませんでした。
9月の京都を載せようと準備していたのですが、急遽 井の頭の秋ハイライトです。
水面に浮かぶ秋・秋・秋
井の頭を知り尽くした友人は、この辺にカワセミがいるかも・・と言うと
ほんとうにカワセミがいた!
橋を渡り、この辺にオシドリがいるというのだけれど・・いない。
弁天様の先の橋の所でとうとうオシドリ発見!
なんと井の頭で見る初めのてのオシドリ・・
池の端にいたオシドリがどんどん中央の橋のほうに移動して
私たちもそれを追っていくと
なんと木の上にオシドリが・・
ちょっと若そうな感じがする。
ジャンプして下に降りると
橋のすぐ近くを大サービスで泳いでいきます。
私の会いたかったおしどりにこんなに近くで会うことができて
なんとラッキーだったのでしょう!
友人は「秋を十分楽しめると、冬が暖かくすごせそうな気がして・・・」と言っていました。
ほんとうに秋を充分楽しんでいると冬もがんばれそう・・・
武蔵野の秋だね。京都や奈良に負けない・・こんなにすてきな秋が
身近にあったなんて。
紅葉とカワセミとオシドリとおしゃべりと・・
カメラはISOを上げたりAVモードで絞りを調節したりもういろいろで何がなんだか・・
70-300ですごく楽しみました。(あや子さんありがとう)
何より紅葉がすばらしかったです。カワセミとおしどりはちょうどそこへ行った
わずかな時間にいてくれてありがとう・・オシドリさんは大サービスでした。
これはラッキーとしかいいようがありません。
秋の空気を満喫しました。心に残る秋の一日でした。
Nov.28, Inokashira Park
秋が深まっていくように
人生も深まっていくよう・・
生きていくのはシンプルなようでもあるが
easyではない・・
人は死ぬ力を持っているとは立花隆の言葉・・他の言い方をすれば
死ぬまで生きることができる。
昨日はヴァン・クライバーンコンクールのプロセスをTVでやっていたけど
驚くようなコンテストなのです。
人間はたった一人でこの世界にやってくる・・
JINのせりふの中から・・
今日は久々に両親に会いたいとも思ったけれど
風邪っぽくなっているのでうつしてはいけないと思い
取りやめにして、娘がお天気がいいから散歩に誘ってくれて
新宿御苑に行くことにした。カンレンボクの実を撮ってみたいと思って。
70-300mmの練習で、今回は他のレンズを持っていくのは
やめることにした。
このレンズはとても便利なもので遠景の景色が撮れるのが嬉しい。
今までは135mmと最初についていた17-85mm取り替えて撮らないと
景色が撮れなかった。写真の幅が広がったかも知れません。
相変わらず鳥はボケてしまうのですが。
タムケヤマモミジにまた会いました。
昨年はもっと早い時期でしたのでいろいろな色でしたが
今回はほとんど紅葉していました。
下の池のもみじは東京の中でもきれいなものだと思います。
京都以外できれいなもみじがあるなんて思っていなかった。
近くにも輝いているものはきっとみつかる。
自然の中を歩いていると、天国はここにあると思ってしまいます。
もうペーパーホワイトが咲く季節になったのね。
中の池の近くのタムケヤマモミジ
寒椿はさざんかと椿をかけて作ると知って納得した。
ラクウショウの紅葉はすばらしい。
カンレンボク
Nov.23, Shinjuku Gyoen National Garden
駒井邸でゆっくり過ごしたあと、またタクシーで四条大宮近くの
ジオデシック京都アトリエまで。町屋をアトリエブティックにしたというので
ぜひ立ち寄りたいと思っていました。こちらも金、土、日のみ公開です。
前回の京都出張の折、時間があれば寄ろうと思っていたのですがデザイナーが東京で
用事があり戻らなくてはならなくなりました。
現在京都造形大で教えていらっしゃるとのことで東京と行ったり来たりの生活で
ワンちゃんたちも車での移動にはすっかり慣れているようです。
この右の路地を入った突き当たりの町屋が京都ブティックです。
左端のネコちゃんがいるところを突き抜けると、町家ワールドが広がっています。
ショップや事務所となっていました。この大きな家がこの辺の大家さんだそうです。
ワンコたちが迎えてくれました。
美しいものがいっぱい・・・
隣の部屋で出してもらいたくて泣いていたイプゥがお許しが出て
やってきました。
お客さんが大好きなヴィヨンも大喜び・・
帰りに町家リノベーションタウンを見て、黄昏の西本願寺前を通って
京都駅まで歩きました。
長い奈良・京都ピンポイント一日旅行の終わりです。
Nov.7, Kyoto
ジオデシック京都アトリエまで。町屋をアトリエブティックにしたというので
ぜひ立ち寄りたいと思っていました。こちらも金、土、日のみ公開です。
前回の京都出張の折、時間があれば寄ろうと思っていたのですがデザイナーが東京で
用事があり戻らなくてはならなくなりました。
現在京都造形大で教えていらっしゃるとのことで東京と行ったり来たりの生活で
ワンちゃんたちも車での移動にはすっかり慣れているようです。
この右の路地を入った突き当たりの町屋が京都ブティックです。
左端のネコちゃんがいるところを突き抜けると、町家ワールドが広がっています。
ショップや事務所となっていました。この大きな家がこの辺の大家さんだそうです。
ワンコたちが迎えてくれました。
美しいものがいっぱい・・・
隣の部屋で出してもらいたくて泣いていたイプゥがお許しが出て
やってきました。
お客さんが大好きなヴィヨンも大喜び・・
帰りに町家リノベーションタウンを見て、黄昏の西本願寺前を通って
京都駅まで歩きました。
長い奈良・京都ピンポイント一日旅行の終わりです。
Nov.7, Kyoto
奈良で毎年開催される正倉院展・・
今年は京都方面でも見たくなった物があり
行けるかどうわからないけれど、行けたらいいと
計画をして、なんと実行できた日帰り修学旅行。
一度行ってみたかったし、今年は即位20年で
何かいつもと違うような気がして・・
東京でも皇室の名宝展2.が開催されて正倉院御物が
含まれています。
まず一直線に奈良へ向かいました。
新幹線は朝2番です。1番はなんと品川発でした。
チケットを確認に来た車掌さんが
どうぞごゆっくりと言いながら切符を戻して
くれました。
新幹線の窓から富士山が見え始めると
デッキに行って写真を撮りました。
しばらくすると見えなくなって、新幹線も山の中を走って
富士山の周りを走っている感じ・・
イケメンの車掌さんが通りがかり、これからはあまり見えないですよ・・
何分ころが一番近づいて良く見えますと教えてくれました。
これってすごいことですね。
旅の始まりは軽快に滑り出しました。
京都で近鉄に乗り換え、何十年ぶりに奈良に降り立つ。
大和・・なんとおおらかな響きでしょう。
鹿せんべいを売っているお店の横にいたしかが面白かったのですが
写真を撮っている時間がありません。
博物館へまっしぐらです。
国立博物館前の下下味(かがみ)亭も建て直してカフェのようになってしまっていた。
(以前は炊き込みご飯のおひつを囲んで知らない人同士一緒に食事を
するに和食屋さんでした。)
初めての一人旅が奈良で、通っていたアトリエの友人に伝説の日吉館を紹介してもらい
航空地図を片手に明日香を歩き、奈良の町中の寺を散策した。
日吉館ではまったくの他人と同部屋だし、食事もいくつかの部屋でまとめて
であった人たちと話しながら・・大学生や研究者が多かった・・
同宿の大学生達と夜中の東大寺に行ったり、白豪寺あたりを歩いていたら日吉館
で手伝いをしているならが好きな女性が散歩しているのにあったり・・
2度目に行った時は秋篠寺に歩いていこうとして、足に靴連れができて痛そうにしていたら
見ず知らずの人が手当てしてくれるといって勤め先の幼稚園か保育園に行ってバンドエイドとか
持ってきてバスに乗るように教えてくれました。
修学旅行以来また室生寺にも行きました。バスも数本しか出ていなくて
行った人も数人・・一人旅の主婦やフランス人の女の子がいました。
1回目に行った時は聖徳太子になんとなく引かれてゆかりの寺を巡り
飛鳥も行ったことがないので歩いた。「古寺巡礼」や東山魁夷の「唐招提寺への道」や
矢内原伊作の「古寺思索の旅」などを事前に読んで、唐招提寺では
音楽を聴くように寺の中を回り楽しんだことが思い出される。
白洲正子の「かくれ里」も読んだが、すでに本のおかげか有名になって
かくれ里ではなくなっていた。
これなら京都で食事ができそうと近鉄奈良線に急ぎました。
行き道に撮れなかった稲と宇治川を撮ろうと思いましたが
宇治川はカメラを出そうとしているうちに通り過ぎました。
これを見てウォルト・ディズニーの「ファンタジア」魔法使いの弟子の
ほうきを想い出してしまいました。
正倉院展より
当時の奈良や唐やペルシャの香りを
光明皇后直筆の楽毅論写し。
当時はすべて写しで伝わっていました。
光明皇后はマザーテレサのような人だったのですね。
琵琶の弦が張ってあるほうです。
琵琶のカバーです。ピンクとブルーの組み合わせがなんとも美しかったです。
鳥の文様が美しいです。
箱の文様です。
なんとも愛らしい・・・
高貴な人しか使えない品。国レベルの・・
宝ですね。
ほかに織物(組みひも的)は現代に通じるモダンさでした。
すべて人間が道具を使って作ったものたちです。
Nov.6 Nara
このポスターと豪華メンバーに魅かれて上野に行ったついでに
シンポジウムに参加しました。どうしようかと思ったところ座席指定との
連絡が来たので行かないと申し訳ないような気になってきました。
動物園で午前からゆっくり過ごしてから3時の鼎談の前に入りました。
これから連携を深めていく理化学研究所と芸大のキックオフという感じで
今後が期待されるものでした。
結局は交差ではなく一緒になって昇華していくものという結論でしたが・・
野依さんの言葉で科学はアンカバーすること現象の解明、芸術は創造することで
まったく違うというのが面白かった。
私は科学者は文学者より文学者で哲学者より哲学者らしく神を感じる人と
思ったことがあります。雪の研究家中谷宇吉郎を知ったときです。
科学はロマンティックであると・・
やんちゃな感じのする利根川氏は論文ですばらしいものの形容詞は
beautifulと言うのだと紹介してくれました。 It's beatutiful !
科学は何百年の積み重ねである。
TVのJin1回目途中から見て同じような言葉に出会いました。
現代は過去の人々の積み重ねでけっして当たり前でないと言うこと。
Jinのオープニングで江戸時代の風景がそのまま現代に変わっていくのが
すごく面白い。現代のアーティストで江戸時代と現代を同時に同じキャンパスに
描く人がいてONLY YESTERDAYかと思ったり・・
人間が道具を発見していっても、その道具がなくてもできなくてはいけない。
利根川氏は今脳科学をしていて感動のメカニズムを研究していて
ほとんどわかっていると言っていました。
野依さんに脳科学至上主義とたしなめられていましたが・・
芸大の学長さんはなじみのない人でしたが、今の学生は3年で就活で
大学の4年間では真実を極めてほしいと言っていました。
今の教育はすごく現実的で高校のころからキャリアガイダンスで
ずいぶん時代も変わったと思っていましたが、それはいいことだとも
思います。でも学生時代はプロセスを学ぶまたとない機会です。
就職と結びついた勉強をするのか、自分を形成することに努力するのが
いいのか、両方あるのかなんて考えてしまいます。
でもとにかく何を勉強したいか、何に興味があるのかですね。
利根川さんの話で人間が他の種と飛躍的に違うのはコミュニケーション能力
の発達ということでした。
科学者の使命は少しでも人間が滅びる時間を遅らすこと。
ダーウィンの説では人間も滅びることになる。
いろいろな話がミックスして言いたい放題・・
途中で芸大の学生によるモーツァルトのディベルティメントの演奏もあり
まぁ良かったかしらね。
帰りは大雑把な地図を頭に入れてイナムラ・ショウゾウへ
私の後ろには同じプログラムを持った人がいました。
桃林堂ってこんなところにあったのだね。
岡埜榮泉もあったし、昭和の初めのような喫茶店もあったり
なんて面白い界隈でしょう・・ 長い塀には江戸の名残も・・
面白い時代の中を歩いているような錯覚も覚えます。
ここを曲がるのかなと思えるところにちょうど交番があったので
確認したら大当たり・・聞く人も多いのか答えなれた警官でした。
店の前には列ができていました。
落ち着いたでも雰囲気のあるお店・・パリのどこかに雰囲気が似ているので
お店をここに出したとどこかで見ました。
待っていると寒いせいかホットチョコレートを出してくれました。
ショコラ・・
お目当てのシェフお任せ焼き菓子は売り切れで、生菓子を買って
帰りました。
今9周年記念でおみやげにマカロンをくれます。
1個がボンボンのように包んであります。
家に持って帰って
最高のマロンミルフィーユ
やっぱり上野は文化があって面白い場所です。
いまさら思うのですが、動物園があってコンサートホール、美術館、博物館
寄席まで。何かを学べる一大ゾーンです。
Nov.7 Ueno
めげずに運命を受け入れながら頑張るしかないかと
思いました。やっぱりかけがえのないたった一人の人なのかななんて今さら
思ったりします。
少し前に見たNHKのアーガイブ。現在の主人公のインタヴューを交え
再放送が行われました。
今でもホスピスを訪れて、会合を持ったりしているとのことでした。
ご主人が亡くなられた時のことを今でも想い出すと震えがくるようだと
おっしゃっていました。錯覚ではなく確かに何か暖かいものに包まれた
とのことです。
------------------------------------------------------------------
誰にも必ずやってくる大切な人との永遠の別れ。
その死をどう受け入れていくのかは、残された者の後の人生を大きく左右する。
そんな重いテーマに向き合ったNHKスペシャル「愛する命を送るとき~ある夫婦のホスピス絵日記~」
は、2000年に放送された際に大きな反響を呼んだ。
ガンのため41歳の若さで亡くなった河辺龍一さん。その最期を看取った妻・貴子さん。
2人の心の起伏が、番組を見た人に「いつか訪れる別れ」について深く考えるきっかけを与えたのである。
今、妻の貴子さんは、多くの人に、大切な人との別れを少しでも幸せに迎えてほしいと、自らの経験を
語る活動を続けている。
番組に描かれた夫婦の別れと、その後の貴子さんの人生を見つめることで、大切な人の死、
そして残された者の生の意味を考える。
ゲスト:鎌田實さん(諏訪中央病院名誉院長)、藤井美和さん(関西学院大学准教授)/キャスター:桜井洋子アナウンサー
■NHKスペシャル「愛する命を送るとき ~ある夫婦のホスピス絵日記~」2000年2月4日放送
1998年2月、東京都小金井市の桜町病院聖ヨハネホスピスで、41歳の末期がん患者・河辺龍一さんが亡くなった。入院してから71日目のことだった。この間、妻の貴子さんは、日々の出来事を絵日記にまとめ、病室のドアに貼り出し続けた。夫婦一緒に過ごせる時間を、より確かに生きるための試みだった。
この絵日記を頼りに、夫婦の心の葛藤と救いを描く。
放送:10月24日(土)午前10時05分〜11時25分(80分)
思いました。やっぱりかけがえのないたった一人の人なのかななんて今さら
思ったりします。
少し前に見たNHKのアーガイブ。現在の主人公のインタヴューを交え
再放送が行われました。
今でもホスピスを訪れて、会合を持ったりしているとのことでした。
ご主人が亡くなられた時のことを今でも想い出すと震えがくるようだと
おっしゃっていました。錯覚ではなく確かに何か暖かいものに包まれた
とのことです。
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誰にも必ずやってくる大切な人との永遠の別れ。
その死をどう受け入れていくのかは、残された者の後の人生を大きく左右する。
そんな重いテーマに向き合ったNHKスペシャル「愛する命を送るとき~ある夫婦のホスピス絵日記~」
は、2000年に放送された際に大きな反響を呼んだ。
ガンのため41歳の若さで亡くなった河辺龍一さん。その最期を看取った妻・貴子さん。
2人の心の起伏が、番組を見た人に「いつか訪れる別れ」について深く考えるきっかけを与えたのである。
今、妻の貴子さんは、多くの人に、大切な人との別れを少しでも幸せに迎えてほしいと、自らの経験を
語る活動を続けている。
番組に描かれた夫婦の別れと、その後の貴子さんの人生を見つめることで、大切な人の死、
そして残された者の生の意味を考える。
ゲスト:鎌田實さん(諏訪中央病院名誉院長)、藤井美和さん(関西学院大学准教授)/キャスター:桜井洋子アナウンサー
■NHKスペシャル「愛する命を送るとき ~ある夫婦のホスピス絵日記~」2000年2月4日放送
1998年2月、東京都小金井市の桜町病院聖ヨハネホスピスで、41歳の末期がん患者・河辺龍一さんが亡くなった。入院してから71日目のことだった。この間、妻の貴子さんは、日々の出来事を絵日記にまとめ、病室のドアに貼り出し続けた。夫婦一緒に過ごせる時間を、より確かに生きるための試みだった。
この絵日記を頼りに、夫婦の心の葛藤と救いを描く。
放送:10月24日(土)午前10時05分〜11時25分(80分)