碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

「あまちゃん」再放送  魅力あふれる脚本・演出・演者

2023年04月24日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

<Media NOW!>

「あまちゃん」再放送 

魅力あふれる脚本・演出・演者

 

今月からNHKBSプレミアムとBS4Kで、連続テレビ小説(以下、朝ドラ)「あまちゃん」の再放送が始まった。

最初の放送は2013年の4~9月。当時、新聞や雑誌で特集が組まれ、ネットでも連日話題になった。

放送終了後には、寂しさや喪失感で落ち込む「あま(ちゃん)ロス症候群」なる言葉まで生まれた。今回の再放送で人気が再燃している。このドラマの魅力を探ってみたい。

まず、朝ドラはヒロインが自立していく「職業ドラマ」が一般的である。過去に法律家や編集者はあったが、天野アキ(能年玲奈、現在はのん)のアイドルは前代未聞。

だが、アイドルを「人を元気にする仕事」と考えれば納得がいく。特に「地元アイドル」という設定は秀逸だ。

次に、設定は2008年からの4年間だが、アキの母・春子(小泉今日子)の若き日(演じるのは有村架純)を描くことで、視聴者は異なる時代の二つの青春物語を堪能できた。

80年代の音楽やファッションは知っている人には懐かしく、知らない人には新鮮で家族や友人とのコミュニケーションの材料となった。

また、大友良英による明るく元気でどこか懐かしいテーマ曲がドラマ全体を象徴している。

随所に挿入される伴奏曲は登場人物の心情を繊細に語っていた。「潮騒のメモリー」などの劇中歌がフィクションの世界から飛び出して街中に流れたのも画期的だった。

加えて、「じぇじぇじぇ!」をはじめ、名セリフの連発も人気の要因の一つだ。

1970~80年代のポップスを指して「分かるやつだけ、分かりゃいい」。奇策を繰り出すプロデューサーへの苦言「普通にやって、普通に売れるもん作りなさいよ」。

宮藤官九郎の脚本の特色は密度とテンポの物語展開だけではない。登場人物が発する言葉に熱があるのだ。

また、これほど多くの舞台俳優を起用した朝ドラはなかっただろう。

渡辺えり、木野花、松尾スズキは演出も手掛ける実力派だ。吹越満、荒川良々なども舞台人である。目の前の観客の心を捉える彼らの存在感が、物語を人間味あふれるものにしている。

ドラマづくりは脚本・演出・演者の総力戦だ。「あまちゃん」は上記のような要素を統合したことで、毎回1度は笑って泣けるまれな朝ドラになった。

今回、初めて見る人には驚きがあり、かつて見た人にはうれしい再発見がある。放送10周年記念にふさわしい、半年間にわたる視聴者プレゼントだ。

(毎日新聞 2023.04.22夕刊)


佳作ドラマ「リバーサルオーケストラ」音楽と音楽家への敬意ふんだん

2023年03月26日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

佳作ドラマ「リバーサルオーケストラ」 

音楽と音楽家への敬意ふんだん

 

桜が咲き、冬ドラマにも幕が下りた。印象に残った作品を振り返ってみたい。

まず、「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系)というドラマ史に残りそうな傑作が生まれたことに拍手だ。何度も生き直すヒロイン(安藤サクラ)を通じ、「一度きりの人生」のいとおしさを伝えたバカリズムの脚本が見事だった。

今期は「星降る夜に」(テレビ朝日系)の大石静、「夕暮れに、手をつなぐ」(TBS系)の北川悦吏子といったベテラン脚本家が登板した。だが両作とも強い吸引力があったとはいえない。

「星降る」の産婦人科医(吉高由里子)と聴覚を持たない遺品整理士(北村匠海)。「夕暮れ」でファッションデザイナーとなるヒロイン(広瀬すず)と音楽家の青年(永瀬廉)。

彼らは物語の中での実体化が不十分で、恋愛も仕事も脚本家の「都合」だけで動かされているように見えたのが残念だ。

一方、意外な佳作もあった。久しぶりに登場した音楽ドラマ「リバーサルオーケストラ」(日本テレビ系)だ。リハーサルならぬ「リバーサル」とは逆転や反転を意味する。

元天才バイオリニスト・谷岡初音(門脇麦)が、優秀だが毒舌家の指揮者・常葉朝陽(田中圭)と共に地方の崖っぷちオーケストラを再生する物語だった。

脚本はNHK朝ドラ「エール」や吉高主演「最愛」(TBS系)などを手掛けた清水友佳子だ。

初音には、自分の演奏活動が家族に犠牲を強いていると思い込み、表舞台から消えた過去がある。欧州で活躍していた朝陽は、市長の父(生瀬勝久)から強引に地元オーケストラの再建を任される。

門脇と田中が、硬軟自在の演技でそんな訳アリの2人を造形していた。

しかも、ヒロインがバイオリニストとして復活することだけでなく、地方オーケストラという集団とメンバーたちの“生きる道”を探るストーリーになっている点が秀逸だった。

さらに注目したいのは、このドラマがクラシック音楽を大切に扱っていることだ。

音楽担当としてNHKEテレ「クラシックTV」などに出演のピアニスト、清塚信也が参加しており、クラシックファン以外の視聴者も親しめる作りになっていた。

またドラマの中の児玉交響楽団の演奏は、神奈川フィルハーモニー管弦楽団によるものだ。

初音が初めて楽団と一緒に演奏したロッシーニ「ウィリアム・テル」序曲から、最終回でのチャイコフスキー「交響曲第5番」まで、十分な聴き応えがあった。

全体として作り手側の「音楽と音楽家への敬意」が感じられたことを高く評価したい。

(毎日新聞 2023.03.25夕刊)


「ブラッシュアップライフ」時間軸自在に バカリズムも進化

2023年02月19日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

「ブラッシュアップライフ」 

時間軸自在に バカリズムも進化

 

人生は一度きりだ。「あの時、こうすればよかった」と思っても過去は変えられない。だが、もし生き直すことが可能だったらどうだろう。未来が分かっていれば、運命の分岐点での選択も違ってくるはず。安藤サクラ主演「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系)は、そんな“やり直し人生”のドラマである。

まず設定が秀逸だ。ヒロインの近藤麻美(安藤)は突然の交通事故で死亡。気がつくと奇妙な空間にいて、案内人の男(バカリズム)から「来世ではオオアリクイ」だと告げられる。抵抗した麻美は「今世をやり直す」ことを選ぶ。ただし以前の人生よりも何かしら「徳を積む」必要があった。

誕生から社会人へと至る「2周目の人生」を歩み始める麻美。保育園で女性保育士と園児の父親との不倫を阻止したり、売れないミュージシャンという未来が待ち受ける同級生(染谷将太)を救おうとしたりする。

人生に修正を施すため、周囲に悟られることなく善行に励む様子が何ともおかしい。また幼なじみ(夏帆と木南晴夏)とのレディーストークも、ユーモラスでリアルな言葉の連射と軽快なテンポが心地いい。そんな麻美のやり直し人生は既に4周目。職業も変化する飽きさせない展開は、バカリズムによるオリジナル脚本だ。

バカリズムが初めて脚本を手掛けた連続ドラマは、2014年秋の「素敵な選TAXI」(関西テレビ制作・フジテレビ系)だった。タイトルの「せんタクシー」は「選択肢」を意味している。

トラブルを抱えた人物が偶然乗ったタクシー。それは過去に戻れるタイムマシンだった。運転手役は竹野内豊。乗客の話をじっくりと聞き、彼らを「人生の分岐点」まで連れて行ってくれる。

たとえば駆け落ちする勇気がなかった過去を悔いる民宿の主人(仲村トオル)、不倫相手である社長と嫌な別れ方をした秘書(木村文乃)などが乗車する。彼らは問題の分岐点まで戻って新たな選択をするのだが、何事もうまく運ぶわけではない。バカリズムの脚本はひねりが利いており、よくできた連作短編集のようなドラマだった。

第1作と最新作に共通するのは、「時間」を最大限に活用した脚本だ。時間軸の操作は見る側を捉えて離さない謎を生み出す。自分の意図に合わせて時間を操ることは脚本家の特権の一つだ。だが、そのSF的世界観にリアリティーを与えるのは容易ではない。

ヒロインの人生だけでなく、バカリズムの脚本術もまたブラッシュアップされているのだ。

(毎日新聞「週刊テレビ評」 2023.02.18 夕刊)


ドラマ「エルピス」の挑戦  冤罪事件扱う制作者らの覚悟

2022年11月28日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

ドラマ「エルピス」の挑戦 

冤罪事件扱う制作者らの覚悟

 

今期のドラマの話題作というだけでなく、今年を代表する一本になるかもしれない。長澤まさみ主演「エルピス―希望、あるいは災い―」(カンテレ制作、フジテレビ系)である。

主人公の浅川恵那(長澤)は報道番組の人気アナウンサーだった。しかし、恋愛スキャンダルが発覚して左遷される。現在は、ゆるい情報バラエティー番組のコーナー担当という「冷や飯」状態だ。

そんな浅川が若手ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)と共に、最高裁で死刑が確定した少女連続殺人事件の独自取材を始める。

容疑者の松本良夫(片岡正二郎)は「冤罪(えんざい)」ではないかと浅川は疑う。局の上層部に企画を却下されたにもかかわらず、取材をまとめたVTRを生放送中に無断で流す。

処分を覚悟していた浅川だったが、視聴率が上がったことで上層部は手のひら返しに。続編を制作する許可が下り、浅川らは見えない闇に包まれた事件にますます深入りしていく。

このドラマ、何よりも「冤罪事件」を扱っていることに驚かされる。冤罪は、警察だけでなく、検察や裁判所の大失態でもある。

同時に、メディアが自ら真相を明らかにすることをせず、警察の発表をそのまま流したのであれば、それは冤罪に加担したことになる。テレビ局が自分たちにも批判の矛先が向きかねないリスクがある中で、こうしたテーマのドラマを作るには覚悟が必要だ。

その意味で、プロデューサーの佐野亜裕美や脚本の渡辺あやの意思を感じるのが、エンドロールで紹介される9冊の参考文献だ。しかも5冊が「足利事件」に関するものである点に注目したい。

足利事件が発生したのは1990年5月12日。栃木県足利市内のパチンコ店で当時4歳の幼女が行方不明となり、翌朝、市内の渡良瀬川河川敷で遺体で発見された。幼稚園のバス運転手だった菅家利和さんが有罪判決を受けて服役。その後、DNA型が真犯人のものと一致しないことが判明し、無罪が確定した。

たとえば、清水潔著「殺人犯はそこにいる―隠蔽(いんぺい)された北関東連続幼女誘拐殺人事件―」。自己防衛のために警察がいかにうそをつくか。また警察に情報操作されるメディア側の実態も克明に描かれている。

このドラマでは、現実の冤罪事件に対する制作陣の視点がさまざまな形で反映されていくはずだ。そこには、テレビを含むメディアが「何をして、何をしなかったか」の問題も含まれる。ドラマだからこそできるスリリングな挑戦だ。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.11.26夕刊)


日曜劇場「アトムの童」 同時代性と巧みな人物造形

2022年10月24日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

日曜劇場「アトムの童」 

同時代性と巧みな人物造形

 

日曜劇場「アトムの童(こ)」(TBS系)がスタートした。天才ゲーム開発者の安積那由他(あづみなゆた)(山崎賢人)が、興津晃彦(オダギリジョー)の率いる巨大IT企業に挑む物語だ。

6年前、那由他が「ジョン・ドゥ(名無しの権兵衛)」の名で発表したゲームは大人気となったが、その一作だけでゲームの世界から姿を消し現在は自動車整備工場で働いている。

一方、銀行員・富永海(岸井ゆきの)の実家である老舗メーカー「アトム玩具」は、時代に取り残され経営危機に陥っていた。

海の父・繁雄(風間杜夫)が病に倒れたため、海は継承を決意、ゲーム制作に乗り出そうとする。第1話では那由他と海の出会いと、ゲーム開発が始まるまでが描かれた。

まず注目したいのはゲーム業界を舞台にしたことだ。「半沢直樹」の金融界や「ドラゴン桜」の教育界も興味深かったが、ひと味違う“同時代性”を感じさせると言っていい。不況下でも活気がある業界なので、「創造」と「ビジネス」を織り込めそうだ。

日曜劇場の主人公として20代の人物が設定されるのは、2020年の竹内涼真主演「テセウスの船」から10作ぶりとなる。長年の日曜劇場ファンだけでなく、より幅広い層を取り込もうという狙いだろう。

山崎が連ドラの主演を務めるのは18年の「グッド・ドクター」(フジテレビ系)以来だが、那由他の自制心によるクールさと内面のナイーブさの表現など、俳優として各段に進化している。演技力に定評のある岸井との相乗効果も期待が大きい。

また、オダギリジョーの起用が成功している。興津役の予定だった香川照之からのスライドらしいが、元々オダギリだったのではないかと思わせるほどだ。インターネットビジネスの覇者という「役柄」と、次世代のヒール(悪役)という「役割」の両方が見事にハマっているからだ。

脚本は「この恋あたためますか」(TBS系)などを手掛けた神森万里江のオリジナル。それぞれの経歴を感じさせる人物造形とセリフが光る。たとえば火事でアトム玩具の社屋を失った繁雄が言う。

「おもちゃなんかなくたって、世の中は困らねえ。でも、あればわくわくするし、笑顔になる。俺たちはそういうものに人生を懸けてきたんだからよ。下向いて立ち止まっちゃダメだろう」

繁雄だけでなく、那由他にも通じる「ものづくり」のプライド。ドラマの制作陣にとっては、このセリフの中の「おもちゃ」が、「テレビ」や「ドラマ」に置き換えられていてもおかしくない。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.10.22)

 


「ちむどんどん」愛せなかった困った人物たち

2022年09月19日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

「ちむどんどん」最終盤だけど… 

愛せなかった困った人物たち

 

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「ちむどんどん」の最終回が近づいてきた。この時期になると通常、「もう見られなくなる」と惜しんだり、ロス(喪失感)を心配したりする声が高まってくるものだ。

だが今回は様子が違っている。放送開始直後から酷評で、半年近くが過ぎた現在も収まらないままなのだ。なぜ、こんな事態になったのか。

このドラマの主な問題点は二つある。ストーリーと人物設定だ。まずストーリーだが、ご都合主義的な展開が随所に見られた。

たとえば、ほぼ手ぶらで沖縄から上京した主人公の暢子(黒島結菜)。たまたま知り合ったのが沖縄県人会の会長(片岡鶴太郎)だ。自宅に泊めてくれた上に、紹介された沖縄料理店が暢子のバイト先兼下宿先となっていく。

それだけではない。会長は銀座の一流レストランへの就職まで世話してくれるのだ。これに限らず、本来なら紆余(うよ)曲折を経てたどり着くはずなのに、あまりに簡単に到達するため、見る側は応援する気持ちが薄れていった。

次の問題点は登場人物のキャラクターだ。暢子は一貫して自分勝手で、思ったことをTPOを無視して大声で口にする。

明るく前向きなヒロイン像は定番だが、彼女の場合は「真っすぐな性格」の範囲を超えている。非常識で無遠慮な人に見えてしまい、共感できなかった。

また、ことあるごとに「ちむどんどんする!」とタイトルコールのように叫ぶのも押しつけがましい。

そしてもう一人、困った人物がいた。暢子の兄、「ニーニー」こと賢秀(竜星涼)だ。真面目に働かない。暴力事件を起こす。一獲千金を狙って詐欺に引っかかる。かと思うと、自身も詐欺まがいの行為に手を染める。

さらに周囲から借金をしたまま消えるのが常で、その度に尻ぬぐいをするのは家族だ。時々、「甘やかし過ぎだろう」と文句を言いたくなった。

過去にも朝ドラには何人もの「ダメ男」が登場した。近年では「おちょやん」(2020年度)のヒロイン・千代(杉咲花)の父親、テルヲ(トータス松本)が娘を売り飛ばした。

「カムカムエヴリバディ」(21年度)の安子(上白石萌音)の兄、算太(濱田岳)も妹の大事な貯金を持ち逃げしている。

朝ドラのダメ男たちはヒロインの人生を揺さぶる大きな要素だが、賢秀のダメさは度を越しており、見る側にストレスさえ感じさせたのだ。

沖縄復帰50年という節目の作品だったが、復帰後の沖縄の変化などはほとんど描かれなかった。次回作に期待しつつ、物語の最後を見届けたい。

(毎日新聞夕刊 2022.09.17)

 


異色の警察劇「初恋の悪魔」後半どう展開 坂元脚本に期待

2022年08月14日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

異色の警察劇「初恋の悪魔」 

後半どう展開 坂元脚本に期待

 

ドラマの脚本には、大きく2種類ある。小説や漫画といった原作を脚色したものと、原作のないオリジナルだ。

この夏、放送開始前から話題を集めたオリジナル作品が「初恋の悪魔」(日本テレビ系)だ。

脚本は「カルテット」(TBS系)や「大豆田とわ子と三人の元夫」(カンテレ制作・フジテレビ系)などを手掛けた坂元裕二。ベテランのヒットメーカーであり、名前で観客を呼べる書き手の一人と言っていい。

この「初恋の悪魔」、実にユニークな警察ドラマである。何しろ主人公たちは警察署に勤務していながら、捜査も尋問も逮捕もできないのだ。それでいて真相にたどり着いてしまうのが、このドラマの特色。

仕事としてではなく、純粋に真実が知りたくて集まるメンバーは4人。

停職処分中の刑事・鈴之介(林遣都)、総務課の悠日(はるひ)(仲野太賀)、会計課の琉夏(るか)(柄本佑)、そして生活安全課の刑事・星砂(せすな)(松岡茉優)。いずれもいっぷう変わった性格の持ち主ばかりだ。

表立っての捜査活動などはできない。そこで、こっそり入手した捜査資料のコピーや、自分たちで集めた情報を持ち寄って鈴之介の家に集合する。通称「自宅捜査会議」だ。

彼らは用意した事件現場の模型の中に入り(もちろんバーチャルで)、各自の「考察」を披露していく。異論、反論の応酬風景は、坂元らしい巧みなセリフのキャッチボールだ。

その結果、事件当日、そこで何があったかの結論に至る。確かにこれまでにない設定で、誰もが納得できる展開とは言えないかもしれない。

扱われるのは、病院で起きた事故か、自殺か、殺人なのかが不明な患者の死であったり、スーパーでの万引き事件の真相だったりする。

しかし毎回の見せ場である、バーチャル空間での解決劇に、違和感を覚える視聴者は少なくないのではないか。

ドラマの中の4人はこの特殊な状況を楽しんでいるようだが、視聴者にはどこか「置いてけぼり感」がつきまとう。本来、見る側も考察や推理を一緒に楽しみたいのだ。

とはいえ、坂元の脚本である。このままで終わってほしくない。何より、超が付くほどクセのあるキャラクターの4人の「履歴」が気になる。オリジナルドラマだから、彼らの過去を知っているのは作者だけだ。

かつての出来事と各人が内部に抱える「闇」の部分が、事件の真相究明とは別の物語を生んでいくはずだ。むしろ坂元が描きたいのは、そちらのほうかもしれない。後半の展開に期待したい。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.08.13)


再出発描く2本の夏ドラマ 気になる若くない「新人」たち

2022年07月10日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

再出発描く2本の夏ドラマ 

気になる若くない「新人」たち

 

各局で「夏ドラマ」が始まった。その中で気になる「新人」が2人いる。新人俳優ではない。それまでのキャリアを捨て、新天地で初めての仕事に就いた登場人物のことだ。2人とも既に若者ではないという点で共通している。

1人目は日曜劇場「オールドルーキー」(TBS系)の主人公、新町亮太郎(綾野剛)だ。37歳の元サッカー日本代表選手。J3のチームに所属し代表への復帰を目指していたが、突然チームが解散となり、引退を余儀なくされる。ハローワークで紹介された仕事にトライするが、うまくいかない。

そんな新町を拾ってくれたのが「スポーツマネジメント」の専門会社だ。有望なアスリートのために練習環境を整え、宣伝活動やCM契約などをフォローする。慣れない仕事に戸惑う新町だが、マネジメントという仕事の面白さを少しずつ理解していく。何より、スポーツ選手の気持ちを理解できる点が強みだ。

新町にとって最大の課題は、忘れられない過去の栄光と、捨てきれないサッカーへの未練だろう。それは一般社会とも重なる。かつての肩書や実績にこだわる人間ほど、転職先で浮いてしまうことが多い。倒産やリストラなどで、余儀なく転職した「新人」のケーススタディーとして、彼の今後を注視していきたい。

そしてもう1人の新人が、「ユニコーンに乗って」(同)の小鳥智志(西島秀俊)だ。48歳の元銀行マン。ヒロインの成川佐奈(永野芽郁)がCEOを務める教育系IT企業に転職してきた。誰もが平等に学べる場を作りたいという佐奈の理念に共感したからだ。

新町とは違い、小鳥は自らの意思で銀行を辞め、未知の世界に飛び込んできた。しかし若者ばかりの会社では、即戦力とは言えないおじさんはお荷物扱いとなる。また仕事以前のコミュニケーションも容易ではない。今後、世代間ギャップや異なる価値観が物語に起伏を生んでいくはずだ。

若き女性経営者と、転職してきて彼女の部下となる中年男の物語は、米映画「マイ・インターン」(2015年)を想起させる。アン・ハサウェイが社長を務める通販会社で採用されたのが、ロバート・デニーロだ。当初は異質だったおじさんが徐々に存在感を増し、女性社長との信頼関係が生まれる。小鳥もまた、いい意味で周囲を変えていくのではないだろうか。

元スター選手のプライドと情けなさをバランスよく演じる綾野。常識とユーモアを併せ持つ中年男をひょうひょうと演じる西島。やはり2人の新人から目が離せない。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.07.09 夕刊)

 


「マイファミリー」武器はIT、誘拐犯との戦い

2022年06月07日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

「マイファミリー」 

武器はIT、誘拐犯との戦い

 

日曜劇場「マイファミリー」(TBS系)の主人公、鳴沢温人(二宮和也)はオンラインゲーム会社の社長。妻の未知留(多部未華子)、娘の友果と3人で暮らしていた。

ある日、友果が誘拐されるが、温人が自力での救出に成功する。黒岩勉のオリジナル脚本が本領を発揮するのはここからだ。

次に友果の事件で力を貸してくれた弁護士の三輪(賀来賢人)の娘、優月が誘拐されてしまう。その優月もまた無事に取り戻せたが、今度はネットサービス企業を率いる阿久津(松本幸四郎)の娘、実咲までがさらわれる。

知り合い同士の娘が連続して誘拐されたわけで、犯人は彼らに関係がある人物の可能性があった。結局、自分の娘を誘拐されたままの元刑事、東堂(濱田岳)が告白。だが、彼も謎の「黒幕」に操られている一人だった。

これまで、日曜劇場では年に1本は犯罪ドラマ系が放送されてきた。一昨年には「テセウスの船」。昨年は「天国と地獄~サイコな2人~」があった。

どちらも最終回まで目が離せない展開だったが、“大きな仕掛け”があったことでも共通している。「テセウス」ではタイムスリップ、「天国と地獄」では人格の入れ替わりだ。これを「非現実的だ」と退けるかどうかで評価が左右された。

さて、今期の「マイファミリー」だが、過去2作のようなトリッキーな設定はない。代わりに物語を駆動しているのがスマホという万能ツールであり、ネットやITに関する知識と技術だ。

加害者である犯人も、被害者である温人たちも、これらを武器にして戦ってきた。同時に誘拐犯と「警察抜き」で直接向き合うことも可能にしている。その意味で極めて今日的な犯罪ドラマと言えるのだ。

さらに、タイトルにもあるように、キーワードが「ファミリー(家族)」なのも今日的と言えるだろう。ここ数年のコロナ禍の中で、私たちはそれまで当たり前の存在だった家族の大切さを思い知った。

温人も三輪も誘拐事件に遭遇したことで、改めて家族に目を向けるようになった。その是非はともかく、「家族のためなら何でもする」という思いはドラマを見る側の中にもあり、温人たちへの共感を支えている。

物語の今後だが、当然のことながら黒幕の特定と目的の解明が最大のポイントとなる。わなに落ち、警察に身柄を押さえられてしまった温人。また、これまで事件の捜査を邪魔されてきた刑事、葛城(玉木宏)の猛追も気になる。

果たして両者はどんな真相にたどり着くのか。今回も最後の最後まで気が抜けない。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.06.04)


上総謀殺「鎌倉殿の13人」義時に暗い炎 小栗旬が名演

2022年05月02日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

上総謀殺「鎌倉殿の13人」 

義時に暗い炎 小栗旬が名演

 

17日のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は熱かった。描かれたのは、坂東武士の中心的人物で、有力な御家人でもあった上総広常(佐藤浩市)の死。

源頼朝(大泉洋)への不満から御家人たちの反乱が起こる。北条義時(小栗旬)は上総に、この企てに加担するよう依頼していた。やがて反乱が頓挫した時、頼朝は「全員を許す」の言葉を翻し、上総一人に責任を負わせる。完全なる「みせしめ」だ。

この回、三谷幸喜の脚本がさえていた。まず側近たちとの会議。頼朝が上総の処分を告げる。「最初に思いついたのは、おぬし(大江広元)であったな」「鎌倉殿でございます」「(笑って)わしであった」。

もちろん義時は知らなかった。「承服できませぬ!」「では誰ならいい。(反乱者の名簿を手に)この中で死んでいい御家人の名前を挙げてみよ!」と頼朝の残酷な言葉が続く。

義時は親友の三浦義村(山本耕史)に相談する。だが、義村は「わかっているくせに。(俺に)止めてほしかったんだ。上総のところに行かない口実が欲しかったんだ。頼朝に似てきているぜ」と冷静だ。

御家人たちが呼び集められた大広間。その一隅で梶原景時(中村獅童)とすごろく遊びをする上総。突然、景時が斬りつける。逃げ惑う上総。何度も太刀を浴びせる景時。他の者と同様、義時もじっとしているしかなかった。

上総の驚き、悔しさ、悲しみが佐藤浩市の渾身(こんしん)の演技によって伝わってくる。「お前も知っていたのか」という義時への疑い。義時の沈黙と涙。悟った上総。ついに立ち上がる義時だったが、頼朝は「来れば、お前も斬る!」と一喝する。どこまでも冷徹だ。

全てが終わり、立ったまま向き合う頼朝と義時。2人の顔のアップ。義時が膝を屈する。「わしに逆らう者は何人も許さん。肝に銘じよ!」と頼朝。顔を伏せ、涙を拭おうとしない義時。その目の奥には見たことのない暗い炎が揺れていた。小栗の名演技だ。

思えば、これまでの義時は「巻き込まれた男」だった。元々、武士らしい野心や功名心、出世欲や支配欲とは無縁にもかかわらず、北条の家に、坂東武士に、流刑人として現れた頼朝に、さらには歴史という大波に巻き込まれて生きてきた。

しかし上総の死をきっかけに、「巻き込まれた男」から「巻き込む男」へと、徐々に変貌を遂げていくのではないか。

想像をたくましくすれば、今後訪れる「頼朝の死」に関与してもおかしくない。ドラマ前半の山場の一つに立ち会い、そんなことを思った。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.04.30夕刊)


岡田恵和脚本「ファイトソング」 不器用な生き方へのエール

2022年03月27日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

岡田恵和脚本「ファイトソング」

不器用な生き方へのエール

 

冬ドラマが続々とエンディングを迎えている。今期は「ミステリと言う勿れ」(フジテレビ系)が大いに話題となったが、隠れた佳作も存在した。たとえば「ファイトソング」(TBS系)だ。

注目ポイントは2つあった。まず、岡田恵和によるオリジナル脚本であること。もうひとつは、ヒロインが民放ドラマ初主演の清原果耶だったことだ。

児童養護施設で育った花枝(清原)は、空手の有力選手だったが挫折。しかも聴神経腫瘍で数カ月後の失聴を宣告されてしまう。そんな花枝が出会ったのが、自分の大好きな楽曲を手掛けたミュージシャン、芦田(間宮祥太朗)だ。

当時、どん底状態だった芦田はマネジャーから「恋愛でもして人の気持ちを知りなさい」と言われ、花枝に交際を申し込む。耳が不自由になる前の「思い出づくり」を決意する花枝。互いに期間限定の「恋愛もどき」のはずだった。

脚本の岡田は物語を大仰なエピソードで飾らず、2人のキャラクターと日常をじっくりと見せていく。その積み重ねが見る側の共感を呼びこんでいった。

また同じ施設で育った慎吾(菊池風磨)が花枝を好きで、その慎吾をやはり施設仲間の凛(藤原さくら)が好きだったりするのだ。

自分の恋ごころにブレーキをかける2人の姿がいじらしい。それがドラマ全体に漂う、もどかしさと切なさを倍加させていた。そして何より、登場人物たちに共通の不器用な生き方を見つめる、岡田の眼差しが温かい。

最終回、岡田が仕掛けたのは、互いに自分の思いを語る約8分間の長丁場だ。すでに音が聴こえなくなった花枝のために、芦田は音声を文字化していく。

「恋って、しなきゃいけないものではなくて。でも、やっぱり、人が人を好きになるのは素敵なことだと思う/自分が好きな人が、自分を好きになってくれるなんて、それはもう奇跡みたいなもので/俺は待ってる、花枝が俺を必要だと思ってくれるまで/今までで今日が一番好きです」

この静かで熱い言葉を受けて、花枝も本音を伝える。恋をすることで相手に甘え、弱くなっていく自分が怖いというのだ。さらに芦田が創り出す音楽を、自分は聴くことができない悲しさも。

もともと“ピュア度”の高い清原だが、今回のような「生きづらさを抱えたヒロイン」は最適解。病を背負ったこと、人を好きになったことで成長していく一人の女性を丹念に演じていた。

それはまた女優・清原果耶の成長のプロセスでもあり、見る側として立ち会えたことは小さな幸運だ。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.03.26)

 

 

 


「カムカムエヴリバディ ひなた編」女優・川栄李奈の進化と挑戦

2022年02月20日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

「カムカムエヴリバディ ひなた編」 

女優・川栄李奈の進化と挑戦

 

連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(NHK)が第3部の「ひなた編」に入り、これまで以上に吸引力を増している。何より川栄李奈が演じる大月ひなたが気になって仕方ないのだ。

天真らんまんなひなた。その明るさは見ていてホッとする。だが、地道な努力は苦手で、壁にぶつかれば、すぐにくじける。ヘタレと言ってもいいくらいだ。

しかも何を考えているのか、よく分からない。前向きな主人公の「成長物語」とか、「自立物語」といったイメージの強い朝ドラで、こんなにボーッとした感じの無防備なヒロインは珍しい。いや、だからこそ見る側は応援したくなってくる。

思えば、本作と同じように藤本有紀が脚本を手掛けた朝ドラ「ちりとてちん」もそうだった。主人公の和田喜代美(貫地谷しほり)は、見ていて歯がゆくなるほどネガティブ思考で、これまたボーッとしていたものだ。

藤本には、いわば「アンチ朝ドラヒロイン」を造形したいという意思があるのかもしれない。ご都合主義ではない分、生身の人間、リアルな女性像が現出する。突出した能力もさることながら、自分が好きなものがあることの幸せが示された。喜代美の場合は「落語」であり、ひなたにとっては「時代劇」だ。

川栄の演技にも注目すべきだろう。ひなたの生き生きとした喜怒哀楽は、役柄の中に自分を浸透させていく、川栄ならではの業だ。それは2018年のNHK広島開局90年ドラマ「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国2018」でも発揮されていた。

舞台は敗戦から10年後、1955年の広島だ。23歳の皆実(川栄)は事務員として働いている。同僚の青年が思いを寄せるが、素直に受け入れることができない。それは皆実が被爆者だったからだ。

家族を含め多くの人が犠牲となったのに、自分が生き延びてしまったことへの後ろめたさ。やがて自身も原爆症を発症するのではないかという恐怖心。

皆実が幸せを感じたり、何かを美しいと思ったりした瞬間、彼女の中で原爆投下直後の光景がよみがえる。皆実の独白によれば、「お前の住む世界はここではないと誰かが私を責め続けている」のだ。この難役に川栄は自然体で臨んでいた。

あれから4年。さらに進化した「女優・川栄李奈」がここにいる。祖母の安子(上白石萌音)とも、母のるい(深津絵里)とも異なるキャラクターのひなた。しかし、芯の強さなどが継承されているのは確かだ。

過去は現在につながっており、道をひらく人たちがいたからこそ今の自分がある。そんなことを思わせてくれる、女性3世代・100年の物語だ。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.02.19 夕刊)

 


「鎌倉殿の13人」 「超訳」のセリフが笑いと親近感

2022年01月16日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

「鎌倉殿の13人」 

「超訳」のセリフが笑いと親近感

 

笑った、笑った。NHKの大河ドラマで、こんなに笑ったのは初めてかもしれない。9日から始まった「鎌倉殿の13人」だ。

このドラマ、乱暴に言えば「よく知らない時代の、あまり知らない人たちの物語」である。大河でおなじみの戦国でも幕末でもない中世の鎌倉時代。主人公は鎌倉幕府を創設した源頼朝でも、その有名な弟である義経でもない北条義時。つい「それって誰?」と聞き返したくなる。

しかし、この「義時、Who?」こそ、脚本家・三谷幸喜の狙いだろう。三谷が過去に手掛けた「新選組!」や「真田丸」に登場したのは歴史上の有名人ばかり。「近藤勇はこんな男じゃない」「真田幸村を誤解している」などと外野がうるさかったはずだ。

その点、皆が知らない時代、知らない人物はいい。書き手としての自由度が違う。史実の引力に負けない「予測不能」の物語が可能になる。

それにしても、初回の三谷は見事だった。どんな人たちによる、どんな物語なのかを、しっかり宣言していたのだ。出だしの基調は北条家のホームドラマである。主人公の義時(小栗旬)は、わがまま勝手な家族に振り回される、心優しき次男坊といった役柄だ。

父の時政(坂東弥十郎)は突然の再婚宣言。兄の宗時(片岡愛之助)は平家憎さで暴走。姉の政子(小池栄子)は流罪人である頼朝(大泉洋)に猛アタック。義時は彼らをなだめたりすかしたりしながら、北条家が危機に陥らないようにと奔走する。その高度な「調整能力」の導く先が、鎌倉幕府の二代目執権ではなかったか。

しかも北条家の面々が、それぞれに笑えるキャラクターなのだ。早すぎる再婚を家族から問われた父は「さみしかったんだよ~」と甘える。頼朝を助けるという犯罪的行為を父に告げられない兄は、「お前、言っといてくれ」と弟に押しつけようとする。それを聞いて、「これだよ!」とあきれる弟。まるで現代のホームドラマの雰囲気だが、親近感を増幅させている一因は彼らが話す言葉だ。

今回の大河のセリフ、現代語訳というより三谷流「超訳」と呼びたい。言語学的正確さではなく、生き生きとした会話を大事にした英断だ。おかげで俳優たちは、演じる人物が持つ「おかしみ」を含め、微妙なニュアンスも表現することができる。

さて見る側の心構えだが、歴史の知識や番組情報をあまり仕入れないことが望ましい。真っさらな状態で予測不能の展開を楽しむのが一番だ。先が読めないという意味で、義時たちが生きた時代は現代にもしっかり通じている。

(毎日新聞 2022.01.15夕刊)


大胆アレンジ「日本沈没」  国民を守る 主人公の信念

2021年10月25日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

大胆アレンジ「日本沈没」 

国民を守る 主人公の信念

日曜劇場「日本沈没-希望のひと-」(TBS系)は大胆なドラマだ。何より主人公が環境省の役人、天海啓示(小栗旬)であることに驚いた。深海潜水艇の操縦士、小野寺俊夫ではないのだ。

1973年に出た小松左京の原作小説はもちろん、映画やドラマも主人公は当然のように小野寺だった。ちなみに小野寺役は、73年の映画が藤岡弘(当時)。74年のドラマ(TBS系)は村野武範。そして2006年の2度目の映画化では草なぎ剛が演じていた。

原作のある映画やドラマが、ストーリーや登場人物についてさまざまなアレンジを行うのは普通のことかもしれない。しかし、主人公を原作とは全く別の人物にしてしまうのは異例の処置である。なぜなら、主人公の人物像は物語全体の構造に関わるからだ。

つまり主人公の変更は、原作通りでは描けない物語に挑む決断ということになる。見えてくるのは国家的危機に際して「誰が国民を守るのか?」というテーマだ。

ドラマの設定は小説から約50年後の2023年。田所博士(香川照之)はいるものの、丹波哲郎が演じた篤実な首相も、島田正吾が扮(ふん)した政財界の黒幕もいない。

脅威のタイプは異なるが、同様のテーマを描いた作品に映画「シン・ゴジラ」(16年)がある。主人公は政権党の衆議院議員で内閣官房副長官だった矢口蘭堂(長谷川博己)。抜群の統率力を発揮してゴジラに対処していった。

一方、天海は環境省所属の官僚だ。矢口のように直接、国を動かすことはできない。可能な限りの手段を使って為政者たちに働きかけていくが、そこに「もどかしさ」を感じるのは天海だけではない。見る側も同じだ。

しかし、このドラマ独特の現実感がそこにある。国と国民の間に立つ者としての天海。

未曽有の危機の到来を隠そうとする人たちに向かって言う。「確かに関東沈没はこの国にとって不都合極まりない話だ。だからといって、その議論に蓋(ふた)をしていいわけがない!」。

また、そんな天海を抑え込もうとする者にも、「私は今、日本の未来の話をしてるんです!」と一歩も引かない。

この場面を見ていて、18年3月に森友学園問題の公文書改ざんを苦に自死した、近畿財務局職員・赤木俊夫さんの言葉を思い出した。

妻・雅子さんの手記によれば、生前の俊夫さんは「私の雇用主は日本国民なんですよ。その国民のために仕事ができる国家公務員に誇りを持っています」と知人に語っていたそうだ。

守るべきは「国」ではなく「国民」。そう信じて動こうとする天海を応援したくなってくる。

(毎日新聞 2021.10.23 東京夕刊)


最終回迎えた「ハコヅメ」永野×戸田が最高のペア

2021年09月20日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

  最終回迎えた「ハコヅメ」 

永野×戸田が最高のペア

 

警察が舞台のドラマは主人公が刑事であることが多い。しかも、ほぼ男性の刑事だ。その意味で、先日最終回を迎えた「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」(日本テレビ系)は新鮮だった。ハコヅメ(交番勤務)の女性警察官、藤聖子(戸田恵梨香)と川合麻依(永野芽郁)の物語だったからだ。

まず2人のキャラクターが秀逸で、藤は刑事課の元エース。パワフルな上に仕事は完璧だ。一方の川合は警察学校を出たばかり。安定した生活を求めての公務員志望だから、勤務についた途端、「もう辞めよう」と思ってしまう。そんな困った新人が、藤と組んだことで変わっていく。このドラマの軸の一つは川合の成長物語だ。

しかも、ドラマ全体が肩の力の抜けたユーモアに包まれていた。藤の強さを「マウンテンメスゴリラ」とからかう同僚たち。川合のことを指す「ナチュラルボーン・ヘタレ」、「無名のゆるキャラ感」といったセリフ。警察署内に漂う「おっさん臭」に困った2人、息を止めてアヒル声で話す抱腹絶倒のシーンなど、脚本の根本ノンジの遊び心がさえる。

川合は藤に憧れるだけでなく、心から信頼し、何でも学んでいく。その真っすぐな気持ちは藤にも伝わり、この後輩を鍛えつつ可愛がる。しかしドラマの終盤では、そんな絆が揺らぎそうになった。

初回からずっと謎だった、藤が交番勤務を望んだ本当の理由。そこには、藤や源誠二(三浦翔平)と同期の女性警察官、桜しおり(徳永えり)が関係していた。3年前、桜はひき逃げされ、一命はとりとめたものの、休職したままリハビリに励んでいる。藤が犯人だと考えたのは、桜に執着していた謎の男、通称「守護天使」。事件後に姿を消した彼をおびき出すため、藤は桜によく似た川合を囮(おとり)にしようとペアを組んだのだ。

それを知った川合の心は乱れる。だが、「後悔している」と謝罪する藤に向かって川合が言った。「藤さんが後悔しているなら、その何倍も、ペアを組んで良かったって思ってもらえるような警察官になってみせます!」

このドラマで、永野はコメディーとシリアスの絶妙なバランスによる出色の演技を見せた。そこには硬軟自在のスタンスで受けとめる戸田の存在があった。戸田の胸を借りて、のびのびと跳ね回る永野が、藤の背中を追って成長する川合と重なって見えてきた。

今も連載が続く原作漫画には、遠い将来、川合が県警初の女性警察学校長になる場面が登場する。いや、そこまで先の話でなくてもいい。最高の「たたかうぺア」の今後を、ぜひ見てみたい。

(毎日新聞 2021.09.18夕刊)