「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
井田真木子 『井田真木子と女子プロレスの時代』
イースト・プレス 3240円
新卒で入社したのが早川書房だった。神田多町の本社がまだ木造社屋の頃だ。ハギワラという声の大きい同期がいて、後に“音楽評論家・萩原健太”になる。
また翌年の新人の中にイダさんという物静かな女性がいた。間もなく私が退職したため、彼女のフルネームが井田真木子だと知るのは10年後、1991年に『プロレス少女伝説』が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した時だ。
『プロレス・・』には3人の女子プロレスラーが登場する。柔道から転身してきた神取忍。中国未帰還者三世の天田麗文。そしてアメリカ人のデブラ・ミシェリーだ。それぞれの尋常ではない半生と女子プロレスの世界を垣間見せてくれる、ルポルタージュの秀作だった。だが、ここには長与千種がいない。
本書では、『プロレス・・』に至るまでの軌跡を辿ることができる。85年からの4年間、専門誌「Deluxeプロレス」に書いた選手へのインタビュー、エッセイ、試合レポートなど、女子プロレスに関する膨大な記事が収められている。
中でも圧巻なのは長与千種へのインタビュー群だ。ライオネス飛鳥とのタッグチーム「クラッシュギャルズ」は、80年代後半に一大女子プロレスブームを巻き起こした。当時トップスターだった長与が、自身やプロレスについてこれほど率直に語ったものはない。
ある時は逆に長与が問いかける。「長与千種って、どんなレスラーなん?(中略)あたしは、どんなあたしなん?ねえ」。井田は、「私に答える義務があるわね」と言い、「長与千種は、観客を、単なる観客のままでおわらせないのね。(中略)観客にも血を流すことを要求するレスラー」だと答えている。取材対象者との絶妙な距離感が生んだ言葉だ。
2001年3月に、44歳で急逝した井田真木子。間もなく没後15年、この分厚く重たい一冊と共に、伝説のフリーライターが甦る。
東野圭吾 『人魚の眠る家』
幻冬舎 1728円
離婚の危機に直面していた夫婦を悲劇が襲う。溺れた娘が脳死状態に陥ったのだ。どのような処置を、どこまで行うのか。迫られる究極の選択。かけがえのない存在である娘と共に、母親は驚くべき道へと踏み込む。作家デビュー30周年記念にふさわしい問題作だ。
西堂行人 『[証言]日本のアングラ~演劇革命の旗手たち』
作品社 2808円
アングラ演劇が興ったのは1960年代後半だ。その担い手は徒手空拳の素人たちだった。唐十郎、鈴木忠志、佐藤信、そして寺山修司に別役実。きらめく才能が、それぞれの「集団」を率いて大暴れした。7人との対話と2本の論考で甦る、演劇が熱かった時代。
林 壮一 『間違いだらけの少年サッカー~残念な指導者と親が未来を潰す』
光文社新書 842円
最近ラグビーが注目されているが、裾野の広さではサッカーに敵わない。しかし著者は強い危機感を持つ。サッカー少年を育てる“よき指導者”の不在と、我が子だけに目を向ける親の存在だ。各地の優れた指導者に会い、再生へのヒントを探る。鍵はメンタルにあり。
(週刊新潮 2015.12.24号)