本のサイト「シミルボン」に、以下のコラムを寄稿しました。
「家族」をキーワードに、
「昭和」の姿を浮き彫りにする
「昭和」の姿を浮き彫りにする
昭和天皇の弟・三笠宮さま、俳優の平幹二朗さん、アニメ「ドラえもん」のスネ夫の声で知られる声優の肝付兼太さん。
10月、いくつもの訃報があった。いずれも、どこか「昭和」という時代を思わせる方々だ。
「回想」はもういい。昭和を「歴史」に。・・・という凄みのある文句が本の帯(それも背中)に入っていた。関川夏央さんの『家族の昭和』(新潮社)である。
昭和を象徴するいくつかの「作品」を、「家族」をキーワードに解析し、「昭和」の姿を浮き彫りにする。素材となるのは、向田邦子『父の詫び状』、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』、幸田文『流れる』、そして鎌田敏夫脚本のドラマ『金曜日の妻たちへ』である。
向田作品や『流れる』が並んでいるのは不思議ではなかったが、『君たちはどう生きるか』と『金曜日の妻たちへ』(それもパート3「恋に落ちて」が軸)が登場したのは意外だった。
『君たち・・・』を読んだ最初は中学生のころだったが、主人公のコペル君は同じ中学生といっても、まったく違う。これが書かれた昭和12年当時の中学校とはもちろん旧制中学であり、すでにエリートの一員だ。ちなみに、関川さんによれば、コペル君が通っていたのは「おそらく大塚の高等師範付属中学」、現在の筑波大付属である。
コペル君が銀座のデパートの屋上から、下の道を行く人や車の流れを眺めながら「自分を見つめる、もう一人の自分」を意識するくだりは、中学生だった私をどきりとさせた。確かに、初めて出会った「哲学小説」だったのだ。
関川さんの文章を読みながら、あらためて、これが「東京地生えの中流上層と上流、そういう家庭に育った少年たちの目をとおしてえがかれた」物語だったことを知った。また、この小説と吉野源三郎から発して、丸山真男、鶴見俊輔、さらに堀辰雄にまで言及していくところが関川さんの著作の醍醐味だ。
そして、鎌田さんの『金妻』。舞台は昭和の末期であり、同じ元号とは思えないほど社会状況が変わっている。登場人物たちを見る関川さんの視線も、どこか厳しい。「(ドラマの男女たちは)平和と退屈ゆえに「過去をひきずる快楽」に身を委ねているだけではないかとも思われる」と書いている。もしかしたら、この辺りの時代を嫌いなのではないか、などと勝手に想像したりして。
文芸表現を「歴史」として読み解きたいという希望が、かねてからある。・・・そう関川さんは言う。そこには向田ドラマや『金妻』のような映像作品も入るそうだ。おかげで、これまでに出ているドラマに関する評論とは、かなり違った刺激を受け、発見も、思うことも、たくさんあった。関川さんに感謝である。
(シミルボン 2016.10.30)