碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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書評した本: 『トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業』ほか

2016年11月28日 | 書評した本たち



「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。

梶山三郎 
『トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業』

講談社 1,836円

初めて目にする著者だが、覆面作家だ。実は現役の経済記者だという。梶山三郎という名前は、梶山季之と城山三郎のミックスではないかと勝手に想像している。

梶山には新車開発の裏側と産業スパイの活動を描いた出世作『黒の試走車』があり、城山にも本田技研の海外進出をモチーフにした小説『勇者は語らず』がある。ペンネームには、敬愛する先輩たちに負けない作品をという自負が込められているようだ。

物語の舞台は、世界トップクラスの自動車メーカーである「トヨトミ自動車」。主人公の武田剛平は、経理のプロとして仕事に徹したため、上層部から「融通の利かない危険人物」として嫌われ、左遷される。海外で実績を残した後、本社に復帰。やがて社長の地位を得ると、様々な改革を断行していく。しかし、「ビジネスは戦争だ」が口癖の武田を、創業家の逆襲が待っていた。

本書が実在の企業や人物をモデルとした小説であることは明白だ。「トヨトミ自動車」は、やはりあの巨大自動車会社なのだろう。希代のサラリーマン社長「武田剛平」と創業者の孫で後に社長となる「豊臣統一(とういち)」も著者は、実在の人物と読めるように書いている。

小説であり、架空の人物であることは承知しているが、それでも豊臣統一に対する著者の目は厳しい。卓越した経営能力と輝かしい血統の両方を持った人物など、そうはいない。

だが、国の経済全体にまで影響を及ぼす企業のトップとして、「この人物でいいのか」と思わせる危うさが統一にはあるのだ。トヨトミ自動車がリーマンショックにリコール運動と創業以来の危機に見舞われる中、社長自ら公聴会で答弁する場面など、読んでいて冷や汗が出る。

本書は自動車産業史ともいえる背景を踏まえ、著者が記者として得た情報と知見を投入した企業小説の力作だ。また、巨大企業を形作っているのも人であることを痛感させてくれる、リアルな人間ドラマである。


加藤典洋 『言葉の降る日』
岩波書店 2,160円

登場するのは太宰治、坂口安吾、三島由紀夫、吉本隆明、鶴見俊輔など。いずれも著者の核となる部分に影響を与えた文学者や思想家たちだ。彼らの言葉と行動が静かに提示しているものとは何なのか。「自分と世界のあいだをつなぐ手がかり」だと著者は言う。

(週刊新潮 2016年11月24日号)