「週刊新潮」に寄稿した書評です。
岡本 仁『ぼくの酒場地図』
平凡社 2530円
飲む酒の「種類」によって酔い方に違いがあると著者は書く。同様に飲む「場所」で味わいは大きく異なるはずだ。本書には北から南まで120軒近い酒場が登場する。古いレコードを聴きながら飲む、北海道・北見の「ロック座」。東京の「神田まつや」では日本酒の後に蕎麦だ。著者にとって酒を出す店はすべて酒場である。一昨年の『ぼくのコーヒー地図』と併せて、贅沢な日本地図の完成だ。
小倉紀蔵:編著『比較文明学の50人』
筑摩書房 2420円
異なる文明を比較・分析し、各々の特徴や相互作用などを探るのが比較文明学だ。多面的に文明を理解しようとする試みでもある。本書には鋭敏な比較文明的感覚を持つ日本の重要人物50人が並ぶ。そのラインナップがユニークだ。福澤諭吉、和辻哲郎、梅棹忠夫などはもちろん、本居宣長、法然、日蓮、夏目漱石や三島由紀夫も対象となっている。この国の「知」を新たな視点で読み直していく意欲作だ。
森崎めぐみ
『芸能界を変える~たった一人から始まった働き方改革』
岩波新書 1034円
どこか華やかなイメージのある芸能界。しかし本書を読むと、働く人たちにとってかなり過酷な「職場」であることがわかる。トイレの設置が義務化していない。LGBTQへの配慮は希薄。食事の時間や場所どころか、食事そのものが提供されない現場も多い。さらに長時間労働も常態化している。俳優である著者が声を挙げ、公的機関にも働きかけることで進めてきた「改革」の同時進行ドキュメントだ。
山田裕樹『文芸編集者、作家と闘う』
光文社 2750円
大学を卒業した著者が集英社に入ったのは1977年だ。文芸部に配属され、80~90年代の活字の世界で大奮闘する。向き合った作家は筒井康隆、北方謙三、椎名誠、船戸与一、佐藤正午、東野圭吾など。中でも40年以上にわたる北方との並走は本書の白眉だ。また「プロット(物語の筋)と文体」「時間と視点」といった作品の評価軸が興味深い。日本のエンタテインメント小説の極私的現代史だ。
(週刊新潮 2025年2月6日号)